春眠暁を覚えず
「春眠! 起きろ、出番だぜ!」
窓から飛び込んだ白虎の幼獣が、床の主を無遠慮に叩き起こす。
春眠と呼ばれた少女は、布団を抱きしめたまま顔だけを向けて重そうに瞼を開いた。
「あ~……虎ちゃんおはよぉ~……」
「虎ちゃんじゃねぇ! 俺の名前は『暁』だって何度言やぁ覚えんだ!!」
「うんうん、あと五刻だけ寝かせてねぇ……スヤァ……」
話しながらも顔を背け、元通りの体勢で眠りにつこうとする。
「起きろー! おい、起ーきーろーっ!! 五刻なんて寝てたら月のほうが早起きしちまうぞ!?」
「ふふっ、虎ちゃんおもしろぉい……ムニャ……」
「寝んなーっ!! 東部の外れで詐欺師が幅を利かせてる。なんでも法外な値で『仙界への切符』を売りさばいてるそうだ」
「それって都尉のお仕事でしょぉ~?」
「その切符が本物だって言ったら?」
その瞬間、少女のまとう空気が変わった。
気だるさのなかで、鋭く近寄りがたい何かが目を覚ます。
「……は~ぁ、出番かぁ。まだ寝てたいのに……。帰ったら虎ちゃんのもふもふお腹を枕にさせてもらうからね」
少女がのっそりと上体を起こす。
その身体にはすでに外出着を身につけており、着替えの手間さえも省こうという横着さがうかがえる。
眠気に揺らされるようにふらりと立ち上がった少女は、壁に掛かった武器を手に取った。
少女の身長の二倍はあろうかという、三日月刃に棒が生えたような杖である。
「暁だっつってんだろ! ほら、行くぞ!」
「はいは~い」
一人と一頭は、白みはじめた空を目指して窓から飛び出した。