六、大切
「で、李は美しい女人たちと遊んでいた、と」
「違います!情報収集です」
皇帝に相談したところ、ひどい感想が返ってきた。自分の性別に嘘を混ぜて先日のお茶会の話をしたのだ。
「いいよ。李も男の子だ。多少の浮気は許すよ」
「ご冗談を」
私は皇帝に冷ややかな目線を送る。この口説くような台詞にも慣れてきた。
今日も皇帝は、白銀の髪が輝いていて、まるで天女のようである。本人には口が裂けても言えないが……神々が作ったようなその美貌に少し見惚れる。
そして、変化に気づいた。
「……皇帝陛下。貴方、お疲れですね」
「!」
先ほどまで、余裕の笑みを浮かべていた皇帝の表情が一瞬にして消える。そのあと、悪戯がバレた子供のようなバツの悪い顔をした。こうやって見ると、やはり彼は青ざめている。
「――気づかれたのは初めてだ」
「なんで、隠していたんですか」
「だってつけこまれるだろう?」
彼の袖からチラリと腕が見える。腕の痣が濃くなっていた。
まただ。
また、そうやって傷を隠す。猫のように。……母のように。
「そんな、つけこむだなんて」
彼は一体どんな生活を送ってきたのだろう。彼が痛みに悲鳴をあげなくなるまでに、いくつ、傷つけられたのだろう。
私の心の中に怒りとも悲しみともつかない感情が広がっていくのを感じた。
「李?」
そんな私を、皇帝が心配そうに見る。
なんで私の心配をするんだ。大変なのは貴方のほうだろうに。
生きることに執着しない彼のために、一体何ができるだろうか?
私は考えた末、一つの結論に達した。
声を絞り出す。
「私が守ります」
「え?」
私は意を決して、彼の目を見る。
白銀の髪を持つ皇帝。たった15の男の子。
これは私のけじめだ。誓いだ。
「私が陛下をお守りします。呪いだって解呪いたしますし、頭も何度だって撫でて差し上げます」
「急にどうかした?僕なら大丈夫……」
「だから――そんな悲しいことを言わないでください」
彼はポカンと目を丸くした。
私はまっすぐ彼を見つめる。これが私の思いだ。どうか、貴方の痛みを教えて欲しい。出来ることなら、癒したい。そういう、わがままな願い。
皇帝はそんな私を見て、少し顔をゆがめた。眩しいものを見るような、泣き出しそうな、そんな顔をする。
そして、
「李、ごめん」
「!」
全身がぬくもりに包まれる。彼がそっと私を抱きしめていた。
雪朱様にだきしめられたことは何度もあった。でも、それとは違う。
暖かくて、骨ばっていて、緊張する。
耳にかかった銀髪から、甘い、茉莉花の香りがした。
心臓が早鐘をうつ。
「へ、陛下!?」
「僕ね。猫を飼っていたんだ」
そんな私にはお構いなしに皇帝は話を続けた。
抱きしめられているから、彼の顔は見えない。
「星星っていう、茶色の猫」
「茶色の……」
私は、いつか会った化け猫を思い出した。彼は茶虎の猫であった。もしかしたら皇帝の飼い猫だったのかもしれない。
でも、化け猫になったということは。
「母上に、殺されたんだ」
「皇太后に……?」
皇帝の声には感情が乗っていなかった。当たり前のことのように、簡単に。
私には想像もつかない地獄の中を、彼は生きてきたのだろう。
「そのときに決めたんだ。もう大切なものは作らないって」
決めたのになあ。そう言って、彼は私の耳元でため息をついた。頭の重みと温かさが肩に伝わる。
「李は、いなくならないでね」
ささやくような言葉に応えるように、私は彼の背に手をまわした。
「はい。私はお傍におります」
これは、期限つきの逢瀬だ。事件が終わったら、私はただの女官に戻るし、皇帝は妃を娶る。
何故だか今は、そのことを考えたくなかった。