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五、茶会

「皇帝陛下は、どうして私の言葉を信じて下さったのですか?」

彼はにこりと笑って言い放った。


「その髪色が気にいったんだ」



「髪色……?」


翌日、水たまりに映った自分の顔を見て、私はひとり呟いた。私の髪色は母と同じ茶色である。黒髪が多いこの神月国では少し珍しいが、そう少ない色でもない。それこそ妃にもこの髪色は数人いる。東の区画の主、春妃もこの色であるという。雪妃様が言っていた。


「茶色……」


先ほどから引っ掛かっている。最近この色をどこかで見たような気がするが、思い出せないのだ。


今日は南区画に来た。ここらへんで猫を飼っている妃を探そうと思ったのだ。猫鬼に使われたのは雪朱様の猫とよく似た、別の猫ではないか、そう考えたのである。


猫を飼っている妃に会って、後宮の猫事情を聞きだすのだ。ちなみに今は女官服である。


「!」


考え込んでいると、視界の端で何かが動いた気がした。


私は動いたほうに体を向け、構える。


廊下の横は小さな庭のようになっている。そこの柏の木があきらかに揺れたのだ。


「何者だ?」


私が問うと、呼応するように木がゆさゆさと揺れた。


「そこの人~助けてくれませんかぁ?」


なんだか気の抜けるような声がして、私の肩の力がぬける。どうやら誰かが木に引っ掛かっていたようだ。化け猫のことといい最近は不思議なことばかりおこる。


「ちょっと待っていてくれ」


私は、廊下の欄干をひらりと飛び越え、庭に向かう。そう大きい木でもなかったため、難なく登れた。


「大丈夫か?」


「すごいなぁ~」


木の上では、呑気そうな少女が引っ掛かっていた。小脇にかかえて木から降りる。タンっと小気味よい音を立てておりると、少女がぱちぱちと不揃いな拍手をした。


愛らしい顔立ちをした少女だ。金色の髪には淡い色の桃花の飾りがついている。せっかくの柔らかそうな衣は、ひっかけたのかぼろぼろである。


少女はそんなことは気にせずに頭を下げた。


「ありがとうございます~私、とっても困っていたんです。


――あれ、この前も助けてくれた人じゃないですかぁ?」


よく見ると、彼女は見たことがある。大事な式典前に簪を失くしてしまった彼女だ。簪探しを手伝って雪朱様に怒られてしまった、あの時の。


どうやら彼女は「うっかり」な性分らしい。私は思わず苦笑する。


「礼には及ばない。でも何であんなところに」


「ああ~それは」


少女は懐から大事そうに何かをとりだす。それは


「にゃあ~」


小さな三毛猫だった。


「これは……」


「へくしゅっ。友達の猫なんです。はくっしゅ。遊びに来たら、偶然木にひっかかっているのを見つけて~。へくしっ」


助けようとして、自分も引っ掛かってしまった、とのことだった。


それはそうと


「くしゃみが出ているようだが、大丈夫か?」


私はヒョイと猫を預かった。猫は耳だけをぴくぴく動かした。以前本で読んだことがある。特定のものに対して、くしゃみをしてしまう体質があると。


もしかしたら彼女もそうなのかもしれない。猫に反応して、くしゃみをしてしまう体質。


その旨を伝える。


「へくしっ、ありがとうございます~ここに来るといつもこうなんです~」


「……友達には悪いが、次は君の部屋で会ったほうが良いかもな」


くしゃみだけで済めば良いが、体質は下手をすると生死にも関わるらしい。私がそう言うと、少女は少し顔を暗くした。


「でもですね~私のいる宮の近くでもくしゃみが出ることがあるんですよお」


ふと、私は気づいた。彼女がくしゃみをしてしまうということは、そこに猫がいるということではないか。


「いつから、くしゃみが出るんだ?」


歩きながら少女に尋ねる。


「三月前からですかね~今もよくします」


三か月前。事件の少し前だ。


もう少し踏み込んで聞いてみる。


「……えーと、貴女の名前は」


「申し遅れましたぁ。わたし、桃妃の花結結と申します~」


え⁉


私は今までの不敬な言葉使いを思い出して青くなる。


彼女は、西区の四の妃、桃妃であった。




「本当に、私がここにいてよろしいでしょうか」


冷や汗をかきながら私は言った。周りの女官の視線が痛い。目の前には美しい器に継がれたお茶と甜點おやつがならんでいる。大変美味しそうな月餅だが、妃二人に囲まれていては、喉を通るものも通らない。


「いえ~。莉莉さんは、私の恩人ですから」


桃妃がひらひらと手を振る。私は彼女とその友人の夏妃に、お茶に招待されたのだ。


そう、夏妃。


夏妃だ。


なんと南の区画の主である、夏妃が目の前にいるのだ。


式典以外で初めて見る夏妃は眦に紅をさした気の強そうな少女であった。皇帝の年齢を鑑みてか、後宮の年齢層は比較的低めだ。


漆黒の髪は大きく結われ、赤を基調とした衣には金の刺繍がされている。赤は夏妃だけの色で、本当の真紅は彼女しか身につけることを許されない。随従を従えて茶会の席に彼女が現れたとき、私は間抜けな顔をしていただろう。


母が昔言っていた。「偉い人は怖い人よ」と、だから私は権力に弱い。


「ふにゃぁ~」


茶会の席に夏妃が座ると、三毛猫がそこにすりよった。そのまま夏妃の女官に回収される。桃妃の体質のことを私が伝えたから、その配慮であろう。


夏妃は口をきっと結んでいたが、こほんと咳払いをしてから話し出した。


「莉莉、といったかしら。あたしからも礼を言うわ。大公を助けてくれてありがとう」


夏妃は真正面から、こちらを見る。印象的な黒い目で見つめられると、心臓が跳ねる思いだ。


しかし、「大公」とはあの三毛猫のことか。ずいぶんまた立派な名前である。


「しかも、結結は二回も助けられたのでしょう?こんなお茶じゃ足りないくらい」


「い、いえ、そんな大したことはしておりません」


私が慌てると、桃妃がのんびりとした声をあげた。


「えへへ~。助けられちゃいました」


「結結!」


夏妃がきつい眼差しで桃妃をにらむ。


「どうして得意げなのよ。貴女も妃の端くれなのだから、しゃんとしなさいと……」


「あわわ。華那、すとっぷ。莉莉さんの前ですよぉ~」


「そうやって話をそらそうとしても無駄」


異国風の言葉を使う金髪の桃妃と、神月国有数の名家の子女である夏妃。不思議な組み合わせだ。


「……お二人はご友人なのですか?」


私がそう尋ねると


「違うわ」


「そうですよ~」


真逆の答えが返ってきた。どうやら二人は仲良しなようだ。なんだか雪朱様のことを思い出してしまった。


雪朱様のために誓ったではないか。必ず真犯人を見つけてみせます、と。


私は決意を改めて口を開いた。権力に怖気づいている場合ではない。


「あの。ひとつお願いがあるのですが」


「何かしら?一つくらいなら、よろしくてよ」


「なんですか~?」


二人が、各々の形で答えてくれる。


「この後宮で猫を飼っている方を教えてほしいのです」


「「猫?」」


「だめでしょうか?」


虚を突かれたような顔を夏妃がする。


「そんなことは言ってないじゃない。でも、猫、猫ねぇ……」


怪訝そうな顔をした後、夏妃は指をおり始めた。


丁寧に教えてくれる。


「あたしと、西の菊妃と葛妃、北の雪妃、東はいないわね。あとはうちの区画の……ねえ、これ女官も入るのかしら?結構な数になるけれど」


「はい出来れば」


「莉莉、だったかしら。貴女物好きね」


夏妃が呆れたような表情になる。ここ神月国では、猫は国獣として大切にされている。ゆえに飼っている妃も多く、猫鬼が禁忌とされているのだ。


夏妃がお茶を飲みながら、女官から宦官まで更に詳しく飼い主を挙げていく。


「華那は、猫好きですからね~。詳しいですよぉ」


桃妃は月餅を食べて足をぷらぷらさせていた。その間にも夏妃はつらつらと言い連ねていく。


「……のところの宦官とあとは鵜妃のところの女官。そうね。これで全部よ」


全てを聞き終えた私の中に、ふと疑問が生まれた。


「先ほどから気になっていたのですが、何故東には猫がいないのですか?」


夏妃があげた妃にも、女官にも、宦官にも、東区画で猫を飼っている者はいなかった。


夏妃はちらりと東の方を見やって答える。


「東はね、春妃が猫嫌いなのよ」


「何故お嫌いかはわからないんですけどね~。向こうは猫禁止なんですよぉ~」


桃妃がそう続ける。


猫好きがいれば、猫嫌いもいるだろう。しかし区画ごと猫を禁じるとは、よっぽどだ。


私が考え込んでいると、夏妃は場を切り替えるようにこちらを扇で指した。


瞳の奥に好奇心が見える。


「貴女の質問には答えたわ。そろそろ、こっちも聞きたいのだけれど」


「私も気になります~莉莉さんって何者なんですか~?」


「な、何者?」


二人は顔を見合わせた。


「だって~」


「ねえ」


「さっきの身のこなしに、そつのない所作、普通の女官じゃありませんよぉ~」


私は面食らう。体術は多少自覚していたが、所作など考えたこともなかった。


「母が礼儀に厳しい人ではありましたが……」


「だったら、お母さまがどこかのご令嬢だったのかもね」


「わたし、きになりますよ~。もしかして……」


女三人、かしましく茶会は進む。


気づいたころには夕方になっていた。


「そろそろお暇しなくては」


桃妃と夏妃に別れを告げると二人はにこやかに応じてくれた。


「ぐっばい、莉莉~。わたしと華那とまた遊んでくださいねぇ。華那の猫好きリスト、あれ、お友達候補リストなんですよ~」


夏妃が小さく悲鳴をあげて桃妃に詰め寄る。


「ちょっと結結!余計なこと言わないでよ」


「あ!華那そんなに近づくとくしゃみが……へくちっ」


どうやら、夏妃の服に猫の毛がついていたようだ。


最後まで元気な二人だ。くしゃみも……


くしゃみ?


私を違和感がおそう。今日聞いた話はどこか矛盾していた。


どこだ。どこが矛盾していた?


頭を使うのは苦手だが、頑張るしかない。




帰り道、思考を整理する。


猫にくしゃみをしてしまう体質の桃妃は、東区画に宮がある。


東区画は猫嫌いの春妃が治めているはずだ。


しかし、桃妃は三月前からくしゃみが出るという。


「ここがおかしい」


【誰かが、東区画で隠れて猫を飼っていた?】


謎が解けたら、また次の謎だ。三月前ということは、猫鬼事件との関連もあるかもしれない。


次に皇帝に会ったとき、彼に相談してみるか。



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