四、逢瀬
そういうことで、翌日から事件の捜査を始めた。
「莉莉が無事で良かったよ!」
「津津は心配性だな。でもありがとう」
泣きついてきた宦官の津津に礼を言う。彼の男物の服は大変役にたった。
「あの服はもう少し借りさせてくれ」
皇帝は私のことを宦官だと思っている。今後会う時もあの服を着なければならないだろう。
「もういいけどさ。それで、どうやって犯人を見つけるつもりなの?」
「まずは、当時の状況を知りたいと思っている」
私は一月前から後宮に来たから、猫鬼が用意された二月前の様子を知らない。雪朱様に聞きに行きたいが、昨日皇帝から会うなと止められた。
「僕も二月前は、夏宮のほうにいたからなあ」
津津が申し訳なさそうに頭をかいた。
この後宮は、東西南北に区分けされていて、それぞれに春宮、秋宮、夏宮、冬宮と季節に対応した宮がある。
そこの主が、春妃を始めとした四妃である。ちなみに雪朱様の雪妃は、北の区画で冬妃の次の二位だ。
私はその更に更に下、ただの女官である。
「まずは、地道に聞き込みだな」
こちらには、皇帝の書状もある。頑張りあるのみだ!
「何も良い情報が無い……」
5日後皇帝に会った時、私は落ち込んでいた。あれから北の区画で色々と聞き込みをしてみた。
しかし、そこで得られた情報はだいたい似たようなものだったのだ。
「二月前に、雪妃は子猫を飼っていたわ。すごく可愛がっていて……。たしか、白という名前で、耳のほうが少しだけ黒い猫。わざわざ南方から取り寄せたんですって。最近見ないけれど」
と、いうもの。曖昧な情報が確定しただけ。雪朱様が犯人でない証拠や、真犯人の手がかりには程遠い。
「雪朱様が白という猫を飼っていたのは、本当」
猫鬼には、よく懐いた猫が必要だ。他の者が雪朱様の猫を攫って殺したとしても、呪いは成立しない。
ただ……。私は皇帝の痣を思い出す。呪いは確かに成立しているのだ。
駄目だ。思考が行き詰ってきた。
「ここは猫に注目して他に猫を飼っているものがいないか、調査を……」
「あのさ」
「もしくは捜索範囲を他の区画まで広げて……」
「ねえ」
「輸入元の南方も調べなきゃ……」
「李!」
集中して考えていたら、手の下から不満げな声がした。私は我にかえる。
「人をなでているのに、上の空だなんて、良い身分だね」
「申し訳ありません。皇帝陛下」
以前会ったときに約束した通り、皇帝は後宮の一室に秘密裏に来てくれた。
私は今日も男装している。
そして、彼の要望通り、こうして撫でて呪いを癒しているのだが……。
「本当に、私でよろしいのですか?後宮の妃の方々に慰めてもらったほうが」
お渡りを待ち望んだ彼女たちなら、よろこんで皇帝を癒すだろう。そうすると皇帝はにこやかに笑って言った。
「僕は彼女たちを信用できないんだ」
「そんな……」
私は絶句する。柔らかい皇帝の表情に反した棘のある表現に驚いたのだ。
「文官も、武官も、妃も、宦官も、みーんな信用できない」
「そんな、でも」
「うん。信用できる人間がどこかにいるはずだってことも分かってる。でも、僕はそれを見分ける術を知らないんだ」
皇帝は、暗い話はおしまいというように手をたたく。
「だけど、李。この時間限定で、君は信頼しているつもり。だから心して撫でて」
「……はい」
私がなでると皇帝は猫のように水色の瞳を細めた。
「こうしていると、まるで友達が出来たみたいだ」
「友達は、このようなことは致しません」
「じゃあ、母だ」
彼の口から出た、母という言葉にドキリとする。母はいまだに私の心の多くを占めている。皇帝はどうなのだろう。先の皇后は存命だというが。
「母……ですか。私は男ですよ」
「男、なんだ?」
「お、男です」
たじろいだ私に、皇帝は私の頬にそっと手を滑らせた。そして悪戯っぽく笑う。
「では、僕は男色の気があるのかもしれないなあ」
「……あの!」
からかうのもたいがいにしてほしい。先ほど皇帝は言ったではないか。誰も信用していないと。それは私も例外ではないだろう。
勇気をだして、皇帝に聞く。
「皇帝陛下は、どうして私の言葉を信じて下さったのですか?」
私は常々気になっていたのだ。私のような不審者をなぜここまで気にかけてくれるのか。
疑問を込めて皇帝を見る。
彼はにこりと笑って言い放った。
「その髪色が気にいったんだ」