十、春来
次に皇帝に会ったのは、七日後のことだった。
その間にあったことを、書いていきたいと思う。
まず、疑いが晴れた雪朱様は解放された。
「莉莉!本っ当にありがとう!」
涙ながらに抱き着いてきた雪朱様を、私は受け止める。
「白のことも、本当に……ありがとう」
そうなのだ。春妃に飼われていた白(もはや黒だが)も雪朱様と再会した。
「にゃ~ん」
甘えたような声をさして、雪朱様にすり寄る白は、ゴロゴロと喉を鳴らしている。
今度こそ親愛の意味だろう。
津津は、相変わらず私の周りをうろちょろしている。
「失礼な!莉莉がいなくなったとき、桃妃と夏妃に助けを求めたのは僕だぞ!」
そのことは、本当に感謝している。おかげで、あのとき春宮に皇帝と宮兵が来てくれた。
「僕、もう怖いものないかも」
あまり調子に乗っていると、いつか痛い目を見るかもしれない。
「莉莉に言われたくないよ!」
肝に銘じておこう。
桃妃と夏妃は、皇帝に相談しにいってくれたらしい。
「あたしは、別に。妃として後宮の平和維持は務めだから……」
「莉莉さんのこと、華那もすっごく心配していたんですよお」
「結結!!」
「へふふ。華那、痛いれふ~」
彼女たちには改めてお礼をしに行かなければならないだろう。
「それにしても、莉莉が陛下と知り合いだったなんてね」
「そうですね~。妃としてはライバルが増えそうです」
会いにいった帰り、何やら彼女たちがにやにやとこちらを見ていたが、なんだったのだろうか。
最後に春妃と大柄な宦官だが、今は投獄されているという。皇太后はあくまで無関係を貫いているが、完璧な彼女が初めてぼろを出したと国中で噂されているらしい。
そうして、最後。私と皇帝のことだ。
七日後、いつもの部屋に行くと彼は私を待っていた。
多分、会えるのはこれで最後だろう。
私は雪朱様のことや最近の後宮のことなど他愛もないことを話した。
前回、春妃の宮では女官の恰好をしていたから、正体はバレているかもしれない。でも、そんなことは、もうどうでもよかった。どちらにせよ、私は一介の女官なのだから。
皇帝は頷いて静かに話を聞いていた。
夜更け、もう話すことがなくなってしまった時、私は別れの時間が近づいてきているのを感じていた。
「もう……行かなければなりません」
私は言って立ち上がった。その袖が緩く引かれる。
「!」
「行くな」
皇帝が私の袖をつかんでいた。満月に照らされて、彼の顔が見える。
真剣な目をしていた。
そんな表情の彼は、冷たく、熱く、少し、怖い。
命令しない彼の、初めての命令。
「は……」
私は頭が混乱する。
この逢瀬は、期限付きのものだ。事件が解決した今、わたしが彼の隣にいられる理由は何もない。
私と彼は生きる世界が違う人だ。
自分を強く律する。
きっとここで断ったら、皇帝は「そっか」というだろう。そして、「冗談だよ」と言って悪戯っぽく笑うんだ。
それきり私と二度と会わない。
そんなことまでわかる。
私はまた日常に戻れるだろう。
わかっている。
――それでも
「はい。私は、お傍にいます」
あの日、誓ったんだ。この人を守ると。
ひとりぼっちの皇帝の支えになりたいと、そう思ったんだ。
「李!」
私の言葉を聞いて、皇帝は私を抱きしめた。
「君が、君が好きだ」
皇帝は甘く、優しく囁いた。偽りだらけの関係だったけれど、噓から出た真もあるのかもしれない。
私は思わず笑顔になる。
「私も、貴方が好きです」
「そうは、いいましたが!これはどういうことなんですか!?」
更に一か月後、私は皇帝に詰め寄っていた。
「皇帝が新しく妃を娶っただけだよ。李は祝福してくれると思ったんだけどな」
皇帝は陽だまりの猫のように笑う。
「だからって、こんな」
「新しい妃は、元春妃の家の傍流でね。平民に嫁いでいたところの娘なんだ」
なんて人だ。そこまで調べていたなんて。
「知っています。でも、女官を春妃にするだなんて」
私が怒って跳ねるたびに、薄青の衣がゆれる。
皇帝はそんな私を抱きしめた。
「よろしくね。春妃。
――文莉莉さん」
「っ~!」
神政国の皇帝は、猫を飼っているという。茶色の毛並みをした、はねっかえりの小柄な猫。
これは、呪いと後宮、そして恋の物語だ。