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終わりない物語達~毎日をループしていたい少女の願望~

作者: 夜霧ランプ

 一.水上ユイサの日々

 皿の上のトーストをじっと眺め、この焼き色は昨日と同じだろうかと考える。いつもと同じテーブルの上に並んでいるのは、暖かいハムエッグと緑黄色野菜のサラダ、そして何故かスープではなく味噌汁。

 自分用の水色の箸で、沈殿している具を掻き混ぜ、口に含む。豆腐とわかめの浮いたそれは、いつもと同じ温度だった。

「ユイサ。早く食べちゃいなさい」と、声をかけてくる母親の、決して明るくはない声のトーンも、いつもと同じだった。

 味はよく分からない。いつも通りに咀嚼して、嚥下して、出された食事を食べ終わると箸をおく。

「ごちそうさま」と、無感情に呟き、髪の長い女の子は、今の声はいつもと同じだっただろうかと考える。

 自室で中学の制服に着替え、ハイソックスを履いて鏡の前で髪を整える。いつもと同じ顔の自分が見つめ返してくる。前髪は所謂「ぱっつん」で、後ろ髪は黒い髪どめでポニーテールにする。髪型を変えたい? と考えて、それはひどく恐ろしい事のような気がした。

 昨日のうちに用意しておいた教科書の入っているリュックサックを担ぎ、玄関でスニーカーを履く。

「いってきます」と、誰にも聞こえないくらいの声で言って、玄関を出る。

 桜の花びらが散りばめられたアスファルトの上を、無感情に歩く。先週まで咲いていた桜が散っていると言う変化にユイサは気づかない。ユイサには、「家から学校までは無心に歩く」と言う癖がついていたからだ。

 毎日同じだね、と、唯一の友人は言う。ユイサも、毎日は同じだと思っていた。むしろ、同じで無ければならないのだと思っていた。世界は確かにループしていると、ユイサは信じていた。

 雨が降ったら、それは「雨が降る日」のループであり、雪が降ったら、それは「雪の降る日」のループ。何事もない日があったら、それは「普通の日」のループ。

 今日は、何のループだろう、と思いながら、花弁の絨毯を踏みしめて行く。

 ユイサは学校に弁当を持って行かない。売店で買う高栄養クッキーも、毎日同じグレープフルーツ味だ。味は三種類あったが、チーズ味とチョコレート味は選ばない。何故だろう、とユイサは考えた。いつの間にか、ユイサの周りには「毎日が同じでなければならないルール」が存在して、そのルールから外れる事は「悪い事」であり、いつもと同じではない日は「悪い日」だった。

 ユイサには、一人だけ、毎日一緒に話す友達が居る。名前は吉屋ミミ。その子は、髪型や、話題や、表情や、テストの成績等々、毎日どこか違ったが、ユイサはそれを「毎日どこかが違うループ」だと思っていた。

 ミミは「毎日どこかを違えなきゃならないルール」を持っていて、そのルールに従っているのだとユイサは思った。

「ユイサ。これ、あげる」と言って、突然ミミがプレゼントをくれた。それは、薄い紙のような、固形石鹸の香りがする物だった。

「何、これ?」と聞くと、「紙石鹸。それを手に挟んだまま水で手を洗うと、普通の石鹸で洗ったみたいになるの」と、ミミは言う。

 ミミの、今日の「いつもと違うループ」は、私にプレゼントをくれる事か。そう思って、「ありがとう」と答えた。別のループを恐れるユイサだったが、ミミの「毎日違うループ」に巻き込まれるのは、いつもの事だ。


 二.志雄ツムグの日々

 〆切が迫っている。何の〆切かって言ったら、部活の「月間文芸部誌」に間に合わせるための原稿の執筆〆切だ。一年の頃に興味本位で入った文芸部で、毎月毎月、月末の〆切を恐れていた。

 中学生と言う、割と想像力が奔放な期間であるので、月頭には楽しく文章が書けない事もないが、中旬を過ぎ、月末が近づくと、月頭に考えていた文章が、「面白くないのではないか」とか、「何処かで読んだような話ではないか」とかの、不安が発生する。

 その不安のせいで、毎月ギリギリまで書き直したり、一度出来上がった文章を〆切間際に「没」にしたりしていた。

 部活の部長に、「原稿は?」と聞かれて、「没案ならあるんですけど…」と言って、一度グチャグチャにした原稿を見せると、訂正箇所の指摘や「此処をこうしたら?」等のアドバイスがもらえ、その言葉を聞くと、ようやくこの文章はこの形で良いんだと言う安心感を得られる。

 今月も、苦難の第三週が来た。今週中に原稿を提出して、来週中に製本の作業をして、部誌は図書室に陳列される。

 せめて、異世界転生物とかが「ジャンルの範疇」だったら良いんだけどな、とツムグは思っていた。世で流行っている「王道」のジャンルは、顧問の好みにより「校風に合わない」として、執筆して良いジャンルからは除外されていた。

 顧問の指導によると、「この部活は、『文学』に触れるためにあるんだ。漫画のような物語は、別の所で書きなさい」と言う。

 ツムグが自分の作品に自信が持てないのも、部長から助言をもらえないと「文学のルール」から外れるんじゃないかと言う、一種の恐怖によるものだった。

 自分の作品を直接顧問に見られて、「お前は漫画が描きたいのか?」と言って叱責されるのは、プライドが許さない。自分だって、大人達が感嘆をもらす「文学」が書けるはずだと、ツムグはそれなりに信仰していた。

 しかし、部長から添削してもらった原稿を提出しても、顧問はそれを読んで「まぁ良いだろう」と言うだけだ。

 一年生の頃から、毎月、脆弱なプライドを叩きつぶされ続け、部長が変わって、学年が変わって、四月の桜が咲いた頃には、何をどう書いたら良いかも分からない、と言う事態に陥っていた。

 桜も散り終わった第三週目の月曜日。あと五日間で、原稿用紙を最低十五枚埋めないと成らない。今から書くなら、文章量が少なくて、「ジャンル」が読み取りにくい物だ、とツムグは思った。

 ノートを取っているふりをして原稿を書きながら、ふと、隣の席が気になった。自分と同じで、ノートを取るふりをしながら何か別の文章を書いている女子が居る。

「連続する空の底。変わらないまま漂う虚。この胸に心があったら。息をするのも苦しいのだろうか。恐らく。水草を入れない水槽の中で。熱帯魚は溺れて行くのだ」

 その文章を盗み見た時、ぞくっとした。理由は分からない。自分には心がない事を前提として、短い言葉で綴られた、「酸素」の無い世界。

 ツムグは、その文章を読んで、真似をしようかと思った。しかし、彼は反射的にメモ用紙に文章を綴り、隣の女子の席にポイっと投げた。

「部活やってる?」と言う短いメモ。女子からは、その文章の下に返事が書かれて戻ってきた。「No」と書かれている。その下に、さらに返事を書いた。

「文芸部、入らない?」

 しばらく、返事は返って来なかった。授業が終わりかけた時、「Yes」と書かれたメモが戻ってきた。


 三.七尾サイナの日々

 高校に入ってから、サイナは文学少女をやめた。その代わり、自分の好きだった「巷で流行しているジャンル」の小説を書くようになった。その小説は、スマホでウェブサイトに投稿している。

 まだまだ駆け出しの作家の一次創作物なんて、そんなに注目されない。だけど、自分の思い描く世界を自由に文字に出来る世界と言うのは、それまで「顧問の先生のお許し」が無ければ発表できなかった部誌なんかより、ずっと魅力的だった。

 中学時代の友達がそのサイトを見てくれている関係で、ペンネームだけは部誌で使っていた「七尾」の姓を使っている。

 サイナは、部誌時代はサスペンスの続き物を書いていた。その内容が「中学生としてはビックリするくらい猟奇的」だったので、あだ名が「七尾サイコ」になった事もある。

 当時の彼女は、年頃の中学生としてはありがちな事に、ジャック・ザ・リッパーの逸話が好きだった。十九世紀のイギリス、ロンドンで起こった異常な連続殺人。ジャックと名付けられた謎の人物による、人体解剖殺人とも呼べるスプラッタ事件だ。

「世界の怖い話」と言う、図書館に並んでいた本でジャックの存在を知ったサイナの純情な頭の中は、謎の殺人鬼への興味でいっぱいになった。

 そこで、連続殺人鬼の起こした事件の様子と、その殺人鬼を追うスコットランドヤードの奮闘を、サイナとしては面白おかしく書いたつもりだった。雰囲気を壊すギャグシーンなんて入れないが。

 サイナが感情移入したのは、何より姿を見せない殺人鬼のほうなのだ。ロンドンの闇にたたずむ娼婦達を狙う、その異常な心理と熱意を描写し、刑事達の捜査を掻い潜り、次に誰を殺すのかを謎めかせて綴った。

 当時実在した、ジャックを語る人間がよこした「犯行予告状」の手紙や、ジャックを自称する者の出頭によって捜査があやふやになる所は、リアリティを持たせるために引用した。

 その「猟奇への憧れ」を、三年間十分満喫した後なので、高校二年生になるサイナの書いている物語は、最初はひどく平和な話が多かった。しかし、登場人物の中に、どうしても「闇」を抱えているものが登場する。

 その「闇」を持つ者を、七尾の書く世界の登場人物達は、憧れたり、嫌悪したりする。そのうちに、その物語世界自体が奇妙な方向に捩じれて行って、サイナが思っている以上に「姿の見えない猟奇」の中にもつれ込んで行く。

 文章を書いている間のサイナは、「憑依状態」と言っても良いだろう。人物の呼称と大まかな設定を決めた後は、勝手に登場人物達が文章の中で動き出す。

 書いているサイナにとっても、「この話、どうなっちゃうの?」と思うくらいで、彼女は目の前で繰り広げられる世界を嬉々として見つめた。

 作家は、「物語が面白くなって来たぞ」と思う瞬間に死ぬのが本望だと聞いたが、自分の執筆物の一番の読者として、サイナは書いてる途中に死ぬなんて最低だと思っていた。

 ラストシーンまで書き上げて、全力でこの世界を作り上げたと言う達成感と共に、命尽きたい。

 だって、この物語の結末は、私だって知らないんだから。

 そう思いながら、サイナは学校から帰ってくると、宿題をさっさと片付けては、二十四時になるまでスマホを操作するのだった。


 四.西園寺キリンの日々

 彼は、西園スバルと呼ばれたがる。部活で使っているペンネームだ。教師以外で「キリン」と呼びかけてくる奴には、冷たい視線でにらみを利かせることにしている。

 中学二年の三月に、部活の部長を頼まれた。それ自体は余裕で承諾した。しかし、部長の仕事と言うのは自分の作品を書けば良いだけではない。部員達の作品が「文学の域」を出ていないかどうかを添削して、完成版を顧問に見せて許可をもらい、全員の原稿を揃わせながら、部員と協力して製本作業をする。

 部長になりたてだった時は、製本の段階ギリギリまで原稿ができない部員も居て、製本作業をしながら添削をし、添削をしては顧問に許可をもらいに行き、と、インク除けのエプロンをかけたまま放課後の学校を走り回った事もある。

 インク除けのエプロンが居るのは、顧問の趣味で「謄写版方式」つまり、ガリ版刷りを採用しているからだ。全員の原稿を電子データで受け取って、パソコンで即印刷できたらどれだけ楽か…と、キリン…いや、スバルは思っていた。

 彼が二年生の頃から、毎月第三週の金曜日に前部長から添削を受けていた、筆の遅い奴がいた。話では、月頭から執筆をしているらしいのだが、どうしても〆切が近くなるとその話を「没にしたくなる」と言う、変な癖を持っている下級生だった。

 そいつの添削をしなきゃならんのかと思っていた金曜日に、そいつは涼しい顔で、「出来ました」と言って原稿を持ってきた。内容は、詩文と言うか、青少年っぽい装飾漢字の多いポエムだった。

 スバルとしては、「上手い事、許可を抜けられる道を見つけたか」と思ったが、そいつは同時に「来月から、新入部員入れてもらえますか?」と、言い出した。

 この学校では、部活の途中編入と言うのを基本やってない。運動部と文化部の間に格差が出ないようにしているのだ。しかし、帰宅部からの編入は許可されている。

「その人、帰宅部?」と聞くと、「はい。部活してないって言うから、勧誘しました」と返ってくる。

 その時に入部してきた人物を、スバルは高校生になってからも覚えていた。真っ黒い髪の毛をポニーテールにした、なんか暗そうな女子。死んだように無表情で、図書室を部室にしている文芸部の中でも、最初のうちは「なんとなく居づらそう」にしていた。

 毎日授業が終わってから、決まった時間に図書室を訪れ、参考資料を探したり、執筆活動をしたりしていた。彼女が書くのは主に叙情詩や叙事詩で、内容は彼女の表情から予測させるもの以上に、暗澹たるものだった。

 タナトスへの憧れとでも言うものを、全く恐れもせずに表現するのだ。普通は、「これは許可が下りない」と言って添削してしまうかもしれないが、この部の伝説の人物である「七尾サイコ」の事を知っていたスバルは、彼女の「死せる世界観」を、添削せずに顧問に見せた。

 顧問はもちろん、その女子を呼び出した。そして、「公募に出展してみないか」と言った。てっきり、中学生らしくないと言ってこってり怒られるのでは…と思っていたスバルは、この、「第二の七尾サイコ」である、水上ユイサと言う人物をしっかり記憶した。

 そして、彼女に、「七尾サイコ」の書いていた文章を見せた。随分読み古されていた部誌を、ユイサは最初は読み流すように読んでいた。しかし、一冊の部誌を読み終わると、「続きは、在りませんか?」と、スバルに聞いてきた。

 その時の水上ユイサの瞳には、一閃の、情熱のようなものがあった気がする、と、スバルは自作の小説を執筆しながら、思い出を振り返るのだ。


 五.飛白アオバの日々

 なんでやねーん。と、アオバは心の中で何度も唱えていた。中学校に上がって、スカート丈を短くするより面白いものがあると言ってクラスメイトから紹介された「文芸部誌」と言う物を読んで、そのレベルの高さに滅茶苦茶ハマったのに、その文芸部に入部してみると、部誌に作品を載せるには、部長からの添削と教師の許可が要ると知ったからだ。

 アオバは、一緒に入部を誘った同級生の男子、ツカサが文句を言ってくるのではないかと思った。

「一緒に、創作活動って言うの、やろうよ!」と、鼻息も荒く誘った部活が、上級生と顧問の「センス」に委ねられている、不自由な場所だと思われたと思って。

 実際、アオバも某アニメのような、わっかりやすいトリックを使った探偵ものが書きたかったのだが、下書きを部長に見せると「犯人この人でしょ」と、隠し伏せているはずの犯人登場の段階で見抜かれた。

 それから、登場人物達の人間関係のエグさとか、人間の深層心理とか、暗くてどうしようもなくて面倒くさい所を徹底的に煮詰めたのだが、トリック登場の段階になると、「普通の氷で心臓は貫けないよ?」とか、「水槽に凶器が入ってるでしょ」とか、ツッコミを食らう。

 西園スバルと名乗る、この底意地の悪い部長に対して、アオバは非常に、はらわたが煮えくりかえる思いを抱えていた。

「なんだよ、あいつ。キリンの癖にー」と、図書室のテーブルに置いたグチャグチャの原稿用紙の上に頭を預けていると、向かいの席に居たツカサが、「上級生の悪口は言わない」と、案外大人しく応えてくる。

「ツカサは、なんか書けた?」と聞くと、同級生は「うーんとね」と言って、自分の書いて来た原稿用紙を取り出す。

 五十枚くらいは書いてあるんじゃないか? と言う、そのちょっとした分厚さに、アオバは引いた。

「何? なんの話を書いたの?」と問いただすと、「俺、エッセイって興味あってさ」と、ツカサは答える。なんでも、家や学校で思いついた「ちょっとした事」をつらつらと書いていたら、いつの間にかこの枚数になったらしい。

 その原稿用紙の束を見せてもらうと、「日本人にとっての味噌汁の必要性」とか、「語呂合わせ記念日の増加による弊害」とか、「蚤の気持ちになる日」とか、「血液型が性格を診断しない事について」とか、アオバの感覚としては、妙なことが書かれていた。

「どれが添削の対象になっても良いように、結構多めに書いたんだ。原稿の規定枚数は三十枚までだからね」と、ツカサは言う。

「あ、ああ。そうかそうか。枚数合わせために、変なこと書いてみたんだ」と、アオバは努めて明るく言ったが、「いや、俺がいつも考えてることだけど」と、ツカサは大真面目だ。

 アオバの頭の中に、宇宙が広がった。ツカサとは幼稚園で出会ってから、十年になる付き合いだが、この人物は別の星から来た人だったっけ? と、そこはかとない疑問が頭を巡る。

「何変な顔してんの?」と、ツカサに聞かれて、アオバは「いや…、うん」と間を置いてから、「あんたが哲学者だったとは思わなくてさ」とお世辞を言って、理解不能な世界が書かれている原稿用紙を返した。

「哲学じゃないよ。哲学するならそれなりの文章を書く。これはあくまで、俺個人のエッセイです」と言って、ツカサは書いてある原稿用紙を受け取り、新しい原稿用紙を取り出す。

 え? まだ書く気? と言う言葉を飲み込んで、アオバはツカサの手元から視線を引きちぎると、自分の理解できる世界に没頭しようと念じ、やはり、わっかりやすいトリックを考え始めた。


 六.氷見ツカサの日々

 文芸部と言う物に入部して、エッセイを書くようになってから、執筆家としてのツカサは「面白い奴」だと思われるようになった。

 しかし、ツカサ本人は外見も行動も普通の人で、本人も特に面白く振舞おうと言う気はない。ペンネームを使ってることもあり、「この文章を書いた人」が、ツカサであると言う事は、部員でも気づいていない人が居る。

 謎の新人エッセイストと、「第二の七尾」と呼ばれる詩人の作品が読める「月間文芸部誌」は、文章が好きな人と、他人の噂が好きな人と、他人の悪口が好きな人には、とても受けていた。

 ツカサが気にかけていたのが、「第二の七尾」と呼ばれてしまっている詩を書く人だ。この人は「如月晴菜」と言うペンネームを使っているので、やはり本人が誰なのかは分からない。

 文章を読む限り、ひどく繊細そうな印象を受ける。悪口が好きな連中に、本人がばれなきゃ良いな、とはツカサも思ってた。

 そんな折、いつも無表情な上級生の女子が目に入った。みんな自分の手元しか観ていない執筆の最中に、ツカサと同じく何となく周りを見て、何かを探すような表情をしている。

 ブスとかキレイとか、そう言う価値判断では分からない、不思議な印象の人だった。

「昨日は今日と同じ日なのだろうか」と、ある月の部誌で、「如月晴菜」は書いていた。

「昨日は今日と同じ日なのだろうか。今日は明日と同じ日なのだろうか。昨日は累積しているのだろうか。明日は無限にあるのだろうか。終わりが来ると繰り返される言葉数。そこから離れることは。何を意味するのだろうか」

 その部誌と同じ刊に書かれているツカサの文章が、「陽炎は見えなくなった」だ。

 夏の熱さから逃れられると同時に、「あやつ等」が居なくなったの気にづいたと書いてある。常に足元を付きまとっていた「黒々とした沼」のような影法師についての描写と、真っ直ぐな道の先で揺らいでいた、透き通った逃げ水の描写。

 ツカサは鼻の下を掻いて、少し不機嫌な顔をした。自分の文章にも、同誌に載っている詩人からの影響はあるらしい。書いてることが以前よりポエティックだし、初期の頃の「なんとなく思ってた感」が薄れてきている。

 何かを必死に探そうとしているような焦燥感と言うか…若者くさいと言うのはこう言う事を言うのか、と、ツカサは不満に思った。しかし、これが文章を書いて行く上での、自分の伸びしろなら仕方ない、と諦めても居た。

 ツカサとアオバが二年生になってから、「如月晴菜」は断筆した。保存用の部誌を読ませてもらうと、「如月晴菜」がこの部に来たのはツカサ達とほぼ同時期らしい。

 同級生の中に、あの詩人が居たのか? と思って、「如月さんは、なんで書くのやめたんですか?」と、ツカサは顧問に聞いてみた。

「あいつは、受験だから」と顧問に言われて、ツカサは「如月晴菜」が、三年生であることを察した。


 七.吉屋ミミの日々

 高校を卒業し、OLと言うものになってから、一年生である。あまり目立ちすぎない、それでもすっぴんより映えて見えるであろう薄化粧をして、オフィスカジュアルに身を包み、戦場に繰り出す。

 フルタイムと残業を、「オフィス用」の顔で乗り切って、家に帰り、ジャージに着替えて、簡単な夕飯を作って食べる。一人暮らしを始めて間もないので、作れるメニューも限りがある。

 何故、私はフルーツキャロットじゃないニンジンを皮つきで炒めたのであろう…と言う、残念な気持ちになりながら、そんなに美味しくもないけど、食べられなくはない野菜炒めを齧る。

 炭酸水だけは、裏切らない爽快さだ。シメには夜中のうどんをすする予定。カップ麺より体には良いだろうと思っているが、深夜に炭水化物を摂る事の引け目もある。

 ミミには、ちょっとした趣味があった。小説投稿サイトを検索する事だ。中学校の頃の同級生が、何かのきっかけで執筆活動をするようになってから、ミミも「読むだけ」くらいは文章の世界に興味が出た。

 執筆活動をするようになった同級生は変わってて、毎日の行動が何時も「数秒と変わらないんじゃないか」と思うくらい規則正しかった。

 ミミとはよく話してくれたが、ほとんど無表情で、いつも規則正しいのに、時々何かを探すような顔で辺りを見回す。

 その理由を聞いてみたら、「昨日と同じかな、と思って」と言っていた。ミミはあまり気にせず、「同じに決まってんじゃーん」と答えていたが、卒業式の日に、その同級生は登校しなかった。

 卒業証書を渡すために、ミミはその子の家に行った。友人は、いつもより少し青ざめた顔で玄関に出てきた。

「卒業おめでとう」と言って、証書の入った黒い筒を差し出すと、友人は無表情なまま、涙腺が壊れたようにボロボロと泣き出した。

 玄関にうずくまった友人は、震えながら「同じ日が来なくなった」と言い、「怖い。怖い」と繰り返した。

 ミミは驚いたが、とっさにその友人の背を撫で、「高校に行けば、また同じ日が来るよ」と声をかけた。しかし、「同じじゃない。全部違う」と言って、友人は泣きじゃくった。

 彼女はその後、心療内科にかかるようになった。

 そんな風に「普通じゃなくなってしまった人」は、もしかしたら元々の友達からも避けられるのかも知れない。そんな風に察したミミは、自分はその友人を裏切らないで居ようと思った。

「いつもと同じ」を望む友人のために、週に一回時間を作って、なるべく同じ場所で話をした。春と秋は公園で、夏の暑い日や、冬の寒い日は、喫茶店に入って。

 友人はミミの変化には寛容で、アクセサリーを身につけたり、メイクをするようになっても、特別「いつもと違う」とは指摘しなかった。

 ミミは、自分がこの友人の「変化する事を受け入れるきっかけ」に成れるかもしれないと思い、大学に行くのをやめて早々に就職を選んだ。

 合計十一時間労働を強いられる過酷な会社ではあったが、幸い労働時間以外はブラックと言う訳でもなく、五日間を乗り越えれば、週休二日が得られる。

 そして、友人の書いた詩文を検索し、毎回ファボる。

「あかつきと呼ばれる日射しが。目の前を覆う。春に花が咲くことを。覚えていただろうか。風が雲を運ぶように。緩やかに流れて行く」

 あかつき、恐らく暁の事。朝の古い呼び方だ。彼女の世界は、少しずつ動き始めている。風が雲を運ぶように。

 ミミはハートの印をぽちっと押した。百万回分くらいの「ファボ」を送るつもりで。そして、「愛してるぜ、ユイサ」と、小さく画面に呼びかけた。まるで、恋人が冗談めかせて告白するみたいに。

土曜日の夕方から夜までの間の、短時間で書いた短編です。

「この世はループしなければならないのだ」と言う、恐怖を抱えていた女の子が、やがて変化する世界を受け入れ、少しずつ歩み始めるまでを書きました。

一度、投稿方法を間違えてしったので、再投稿します。

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