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不安はいくらでも

 こつこつと音を立てながら、足を踏み外さないように慎重に階段を降りていく。

 

 もう十分ほど歩いただろうか。

 依然として変わらない景色。光もなければ壁もなく、ただ直進しろと言われている気さえしてくる。

 先ほどまでの迷路もそうだが、迷宮(ダンジョン)というのはこういう場所なのだろうか。

 

「……なあ。迷宮(ダンジョン)って怪物って出てこねえのかな?」


 似たようなことでも考えていたのだろうか、狩屋も俺の内心とそう変わらないことを口に出してくる。


「……さっきも似たようなことを言ってたな。もしかして不満なのか?」

「いんや? けどさぁ、やっぱ拍子抜けって感じなだけさ」


 ……拍子抜け、か。

 置かれている状況を理解していないわけでもあるまいに、随分と楽観的な意見だな。

 

「別に油断とかじゃねえんだ。ただ、冒生(ぼうせい)になっていつも剣だの魔法だのってやってるからな。やっぱり戦いが多いんかなーって考えちまってたんだ」


 こいつの言い分もわからなくはない。むしろ冒険者、ひいては迷宮(ダンジョン)に対しての一般認識として、大多数がこの様な認識だと思う。

 

 冒険者になりたいと願う子供は多く、けれどその実態を知るものはごく一部の人間のみ。

 迷宮(ダンジョン)保護法と銘打たれた法律が、ただでさえ不明瞭な内情を更に覆い隠し、世に曝されることを阻んでいるのだ。


 何とも理解しがたい制度ではある。

 けれど父と母も──冒険者である二人も、この法に関して聞いた時は言葉を濁して誤魔化された。


 何があるというのだ。何を知られたくないというのだ。

 ……いや、よそう。こんなのは今考えることではなく、学者共に任せれておけば良いことだ。


「そうは言うが、お前が持ってんのは木刀じゃねえか。それじゃあ俺より付加魔法(エンチャ)出来ても保たないぞ」

「……それを言われちまうとなぁ。……あー、やっぱ俺も中学んときに帯剣資格取っときゃなー」


 狩屋(かりや)は後悔をそのまま乗せるように、大きなため息を漏らす。

 確かに中学でも取ろうと思えば取れなくないが、別に急いで取るようなものでもない。

 俺は師匠から譲り受けるのに必要だから取らされたけど、狩屋(かりや)みたいに得物を決めあぐねているのなら、別に養成校に入ってからでも遅くはない資格だ。


 現に帯剣にしろ帯槍にしろ、武器を所持するための資格を持ってないAクラスの奴もいる。Cクラスならなおさら、俺の他に二人しか持っていなかったはずだ。

 ……まあ前者に限っては、そういう奴の大半は魔法に特化していたりするけどな。


「……じゃあ帰ったら勉強だな。見てやるから頑張ることだ」

「うへー。そりゃしんでぇ……けどまあ、いっちょやったらぁ!!」


 意気軒昂(いきけんこう)と己を鼓舞する狩屋(かりや)に、少しだけ頬が緩んでしまう。

 

 ……帰ってから、か。

 そうだな。俺もお前も、やるべきこととやりたいことがいっぱいだもんな。


 再び弱気になりそうだった心に力を入れるよう、手に持つ懐中電灯を強く握りしめる。

 先を照らす丸い光が少し震えるが気にすることではない。

 とにかく先へ、いい加減先へ辿り着かないかと願いながら、ゆっくりと着実に俺たちは進む。


「……お、おおっ!!」


 ──そしてついに、待ち望んだ階段の終わりが見えてくる。

 最初に声を上げたのは、変化に驚くだけの俺ではなく、見えた瞬間に走り出した狩屋(かりや)の方だった。

 

「よっと、着いたーっ!! いんやー長かったぁー!!」


 狩屋(かりや)は最後数段を飛び降り、しっかりと着地してから高らかに終わりを宣言する。

 ほとんど暗闇で危ないと思いつつも、ようやく訪れた到着に俺も足が早くなってしまう。

 転げ落ちないよう、けれど逸る気持ちのまま、俺も狩屋(かりや)の立つ場所に辿り着く。


「……ここで終わりか。特になにがあるわけでもないな」

「んだなー。ま、けどいいじゃねえか! とりあえずはゴールってことで!!」


 やりきった感を出しながら足で地面を叩く狩屋(かりや)を尻目に、俺は何かあるかと腕を上げ、懐中電灯の光で周囲を照らしていく。


 周りはそこまで広いわけではなく、進めるような奥行きもなければ扉の一つも見当たらない。

 ここへ入ったときと同じようにどこかに仕掛けがあるのか。ひとまずそれを確かめようと、ゆっくりと壁へと近づいていく。


「……あっ? んだこれ……?」

「お? どうしたどうしたぁ……??」


 俺が疑問を持っていると、狩屋(かりや)も側まで寄ってくる。

 光の先──壁にわかりやすく描かれているのは、どこかで見たことある八つの図形のようなものだった。


「お? これって確か、あの行き止まりにあったあれだろ?」

「……そう、だな。……うん、多分間違いない」


 メモした紙を取り出し見比べながら、狩屋(かりや)の推測が間違いでないのを確認する。

 そこまで絵が上手くないから断定は出来ないが、描いてきた八つの図形は必ずどれかに一致している。

 

 ……くそっ。こんなにすぐ使うなら、描くだけじゃなくて写真に撮っとけば良かった。


 考えて行動したつもりが、結果として事態を難しくしていることに嫌気が差してくる。

 自分の浅知恵が正確な事実を曖昧にしてしまっている。

 これでちょっとでも間違っていたなら俺のせいで道が閉ざされる。そうなれば狩屋(かりや)も死ぬ、俺も自業自得じゃ済まされない。


 ……落ち着け、落ち着け俺。まだ何も終わっちゃいない、そう悲観することはない。


「……出っ張っている。多分最初の部屋と同じだ」


 大きく深呼吸をして整えてから、精一杯の平常さを保ちながら、指で壁をなぞっていく。

 

 最初の部屋、あの扉を開いた大仕掛けと同じ。──つまり、押さなければ何かが動くこともない。

 逆に言ってしまえば、やはりこれを押さねば先へは進めないということ。それも今回は一つではなく、八つの中から選んで押さなくてはいけないのだ。


 ……間違えたらどうなるか。容易に予想は付くが、考えたくもないことだ。


「んー。さっぱりだなぁ、いっそ適当に押してみるかぁ?」

「……それは最後の手段だな。まあ、この分だとそうなりそうだけど」


 紙と壁に視線を見比べ続けながら、全く見えてこない答えに諦めが出始めてくる。

 そもそもこれが絵や図形なのか、それすら俺には理解できない。

 これがもし古代の文字であるとしたら、まず読めなければ解読なんて論外、お話にもならないことだ。


 この場で法則性を見つけ出す、なんて馬鹿げたことは不可能なことだ。

 そもそも古代文字は苦手科目。仮に得意だとしても学生程度の知識量ではまず無理難題でしかない。

 こんな状況でそれを可能なのは大学で専攻している学者、それか言語系の“固有(スキル)”を持つ奴くらいだろう。


「ちょいと貸してみ? 俺が見りゃあ何か分かるかもよ」

「……あんのかね、ほらっ」


 とはいっても自分ではお手上げなので、半分投げやりに紙を狩屋(かりや)へ手渡す。

 

 狩屋(かりや)が紙を凝視している間、水を取り出し渇いた喉を潤していく。

 少し(ぬる)くなった水だが、そのおかげで却って飲みやすい。

 けれど、ああ、これが最後の一口。元々半分しかなかったからよく保った方だと思うが、それでも俺の水分はなくなってしまった。


 ひしゃげるペットボトルを捨てようと思ったが、まだ何かに使えるかもと鞄に放り込む。

 菓子も残り少し。一食分誤魔化せるかどうかといったくらいしかない。

 鞄も随分と軽くなったものだ。……この重みが残りの命だと思ってしまえば、いよいよ死が近いのだと悟らざるを得ない。

 

 ……休憩スポットなんてなるわけないよな、はあっ。


「……ん? んん??」


 もう少し経てば死神の足音でも聞こえてきそうだと、少しとち狂ったことを考えていると、狩屋(かりや)がおもむろに声をうねらせる。さては俺の絵が下手すぎて変にでもなったか。


「……どうした?」

「いやなぁ……?? ほらここ、ここ見てみろよ」


 狩屋が訝し気に見比べているので聞いてみると、一枚の紙に指先を合わせてくる。

 丸と四角を合わせ、その中に星形っぽいものを埋め込んだ図形。そこまで上手くないとはいえ、結構綺麗に描けたのだが、何か可笑しな所でもあっただろうか


「……なにかあるか?」

「ここに描かれている星の角は五つだろ? けどさぁ、壁にあるのは六つなんだよ」


 不思議さを隠さずに説明してくる狩屋(かりや)

 何を馬鹿なと、狩屋(かりや)が信じられず、紙と同じ図形に光を当てて確かめてみる。

 

 ……まじだ。星だと思ってたものが、実は星でもねえ別の形だったんだけど。


「……描き間違えか? うそぉ……」

「いや違えだろ。多分別の絵だぜ、これ」


 写し一つすら碌に出来ないのかと、自らの醜態で負の螺旋を転げ落ちようとしていた俺を、狩屋(かりや)はばっさりと否定する。

 別の絵、別の絵かぁ。そう言われても自信ないなぁ……、なんせ俺が描いたものだし。


「ほらっ、他の奴もちょっとだけ違うのがあるだろ? だから多分、上にあったのとは違う形だぜ」

「……そうかなぁ」

「そうだぜ! だから気を落とすなよ、なっ?」


 心の中に隕石でも降ってきたんじゃないかってくらい気持ちがへこんでしまう。

 流石に落ち込みが漏れてしまったのか、狩屋(かりや)は俺の肩に手を置き慰めてきた。

 

 ……嗚呼、実に情けない。もっとしっかりしろよ、俺。


「……悪い。ちょいネガってた」


 心配ないと狩屋(かりや)に告げ、軽く息を吸ってから、顎に手を当てながら脳を動かしてく。

 八つの図形のようなもの。見直してみれば、確かにその中で四つ──つまり半分は形に僅かな違いがある。

 

 だがそれだけ。壁にヒントや文章らしきものが書かれているわけでもなく、今ある情報でこれ以上の進展は望めない。 

 

 これが文字だとして、内容を読めるわけでもない。

 これが絵だったとしても、その意味を読み取れるわけでもない。


 ──つまりは詰み。物理的にも情報的にも、俺たちにはここが行き止まりで限界。

 

「……どうしろってんだ」


 結論は実に簡潔。だがそこに辿り着いて一層、焦燥は積もり続けていく。

 止まるわけにはいかない。けれど進む方法はわからない。

 

 仮に形が違うのを押すとして、どれから先に押すのが正解なのか。

 見つけた順番なのか、それともこれ自体が数字のように順序を示しているのか。──或いはどちらでもなく、合っているものだけを押さなくてはいけないのかもしれない。


 失敗すればどうなるかわからないと、先の悲劇への想像が恐怖を助長させていく。

 扉を探していたときと同じように、全身を冷や汗が流れるのがわかる。

 もう余計な水分を消費してはいけないのはわかっている。けれどそれでも、不確かな恐れが黒い煤となり、心にへばりついて離れない。


「──い、おい──ね?」


 どうする、どうすればいい。

 こじつけでもいい。だから何か、どうかそれらしい答えに辿り着くために何をすれば──。


「おい、高峯(たかみね)っ!!」

「──っ」


 袋小路に呑み込まれ、頭を掻き毟りたくなるほど思考を加速させようとして。

 とち狂った思考を展開しようとしたとき、狩屋(かりや)は俺の肩を掴んで揺らし、大声で俺を名を叫んだ。

 渦の中で回り続けていた思考が釣り上げられる。何も見えなかった視界に色が帰ってくる。


「……狩屋(かりや)

「大丈夫かよお前!? すっげー体調悪そうだぜ!?」


 ……心配かけてしまった。まったく、いよいよ取り繕うことすら出来なくなったか。


「……大丈夫、大丈夫だ。気にすんな」

「んなこと言ったってほっとけねえよぉ。お前さっきから変だぜ?」


 心底労りを込めた口調。たったそれだけで、俺がこいつにどれだけ心配をかけていたのか分かってしまう。

 自分すら碌に保ててない俺と他人を気遣える狩屋(かりや)

 正と負の二反、比べれば尚更虫酸が走って仕方ない。……狩屋(かりや)にではなく、どうしようもないほど弱い俺にだけどな。


「……そんなに変か?」

「ああ。上で歩いていたときもそうだったけど、今は流石にスルー出来ねえくらいだぜ?」

「……そうか。……ははっ、隠せていなかったか」

 

 頭を抱え、自分がいかに余裕がなかったかをようやく自覚する。

 自分では取り繕えていると思っていた。だけどまさか、そんな序盤から隠せていなかったとは。

 狩屋(かりや)だって不安はあったはず。それでも俺が余裕の無さを気づけるほど、しっかりと周りが見ていた。


「……凄い奴だよ、お前は」

「ああ?? なに、いきなりどうした?」


 狩屋(かりや)は俺の言葉にきょとんと目を丸くする。

 

「お前は怖がってても臆してはねえ。なのに俺はこの様、お前に心配かけちまうほどに参っちまってる。今だってそうさ。このボタンを押して間違ってたらどうしようって、そう思っちまうと止まらねえ。……ほんと、嫌になるよ」


 決して零してはいけないと、そうわかっていても止まらない弱音。

 けれど、一度口から飛び出してしまえば塞ぎ止めることは出来ない。止めるべきだと分かっていても、士気を下げるだけでしかない余計な言葉が紡がれてしまう。


「……悪ぃ、変なこと言った。忘れてくれ」

「……なあ高峯(たかみね)よぉ。お前は少し勘違いをしているぜ」


 話を切ろうと背中を向けようとした俺に、狩屋(かりや)は優しい口調で話し始める。


高峯(たかみね)、お前は臆してねえと言ってるがそれは違う。俺は正面向くのに必死なだけで、軽口でも立ててなきゃ今頃お前よりメンタル終わってるよ」

「……なんだよ、慰めか?」

「違えって、むしろ褒めてんだ。俺はお前と違って失敗した時なんて怖くて考えられねえ。死にたくないから死ぬかもって危機感を無くして誤魔化してるだけで、これっぽちも強くはねえんだからな」


 狩屋(かりや)はにやけた笑みを浮かべながら、ただただ自分を嘲笑う。

 

「だから悪い。俺はお前に、ちょっと頼りすぎてた」

「……はっ??」


 酷く的外れな謝罪で頭を下げられ、俺は思わず呆けた声を出してしまう。

 

 頼りすぎてた? それは違う、俺がお前を頼っていたんだ。

 だから謝るべきは俺のはず。なのになんで、こいつの方が謝ってくるんだ。


「……違う。頼ってたのは俺の方だ。俺は怖くて、だから最後の決断はいつもお前に任せて──」

「いーや俺の方が頼ってた。適当に出した案を理屈づけさせたり、興味の無かった壁の絵とかお前一人に記録させたりとか──」

「いや俺が──」

「いやー俺の方が──」


 何でか否定してくる狩屋(かりや)に、意固地な狩屋(かりや)に言い返してしまう。

 投げ合う言葉の強さはさながらドッジボール。受けては投げ、その繰り返し。

 

 意味の無い体力の消費だと、そんなことは馬鹿でも分かること。

 だけどその時ばかりは理性などなく、飼い犬の吠え合いのみたいにがむしゃらに言い合うのみだった。


「──はあっ、はあっ」

「──はーあっ」


 無意味な言い合いを続けた後、次第に互いの呼吸は荒げて会話は止まる。

 呼吸を整えながら、同じ湯に息を乱す狩屋(かりや)に目を向け──そして何故か、あまりの馬鹿馬鹿しさに顔を押さえながら笑いが零れてしまう。


「ど、どうした? ついにおかしくなっちまったか?」

「いやなに。こんなくだらないこと言い合えるのに、何を馬鹿みたいに怖がってたんだろうなってさ」


 なおも収まらない笑いに狩屋(かりや)は心配してくれるが、それでも止むことなく阿呆みたいに続いてしまう。

 

 言い合って全部吐き出してしまえば、自分がいかに馬鹿みたいに溜め込んでいたのかよくわかる。

 我ながら似合わない真似をしていた。頭も良くねえくせして、全部考えようとしたからだ。

 

 俺なんて猪とそう変わりない。もっと愚直で単調に突き進んでいくほうが性に合っている。 

 狩屋(かりや)だってバカだけど馬鹿じゃない。一人で全部考察するより、駄弁るつもりで考え合う方がずっと近道だってのに、無駄に背負い込んじまってたよ。


「──よしっ、悩むのはもうやめだ」


 手加減なんて考えず、跡が付きそうなくらいの力で頬を叩いて活を入れる。

 

 ──おっけい、これでいつもの俺。ようやくマイナスじゃなくてゼロになった。


「ありがとう狩屋(かりや)。結構元気出た」

「そ、そうか。なら良かった、何か俺もすっきりしたしな!」

 

 狩屋(かりや)の笑みに雑な笑い顔で返し、改めて立ちふさがる障害に意識を向け直す。

 謎を解かねば開くことのない仕掛けとおぼしき複数のボタン。

 考えても意味はなく、今ある手がかりを全部使っても答えの先端にすらたどり着けない難問。


 けれど、嗚呼。どうしてか、先ほどまでの圧迫感はもうどこにもない。

 別に自信があるわけでもない。状況も依然手詰まり、無数のはずれから一つを選び抜くことに代わりなどない。──けれどなぜだか、取るべき行動に躊躇いは起きなかった。


「……行くぞ。死ぬ準備は出来たか?」

「──応とも! 盛大に頼むぜ!」


 狩屋(かりや)へ確認してみれば、返ってきたのは混じり気のない肯定一つ。

 だがそれで充分。後ろから感じる信頼に応えるべく、手を動かして壁の絵に手を置く。

 

 これ以上考えたってどうせ無駄。ないものに手を伸ばしても意味はない。

 ならばシンプルに、気付いたとおりに気持ちよく。それで間違いならば、笑顔で謝って二人で死んでやろう。


 狩屋(かりや)の気付いた間違いを、俺たちが見つけた順番通りに押していく。

 一つ、二つ、三つ、……そして四つ目。

 最後の絵を押し終わってすぐ、一歩下がって狩屋の横に立ち、腰の剣に手を掛けながら警戒する。


 ──ガコンッ。


「──なっ」

「あんれぇ?」


 声を漏らしたのが同時だったのか、俺と狩屋(かりや)の驚愕の音は重なった。

 何とも力の抜けた唖然。

 だがそれも仕方ない。目の前で起きた変貌は、それだけ一瞬のことだったからだ。


 ──壁が消えた。比喩ではなく、崩れたわけでも階段前みたいに一方向に吸われたわけでもない。

 まるで最初からそこに無かったかのように、そこにあったはずの壁は姿を消したのだ。


「……正解……いや、はずれ?」

「さあ? 当たりかバッテンかもわからねえなぁ」


 狩屋(かりや)に尋ねてみるが、返されるのは何とも曖昧な返事だけだ。

 

 壁のあった場所には、白い靄がカーテンのように掛かっていて先を拝む事は出来ない。

 ただ奥を見せないがために敷かれた境。……だからこそ、踏み入ることに恐怖を抱くのは当然だろう。


 ──けれど、だから足を止めるかと言えば否である。


 絶望で固まる気は無い。恐怖に呑み込まれるのは、次に何かあってからでも遅くはない。

 だから進もう。共に苦難へ立ち向かうものがいるのだから、ちっぽけな勇気は惜しげも無く振り絞るべきだ。


「……進むぞ。準備は良いか?」

「おう! 次も二人で乗り越えようぜ!」


 差し出された拳に拳を合わせ、決意を新たに白い靄に飛び込んでいく。

 数秒間、視界を濃霧が埋め尽くす。

 何も見えず、何も聞こえず。だがそれでも足は絶えず同じ方向──前へと突き進む。


 ──そして、時間にして役十秒。

 一気に霧は晴れ、懐中電灯の光のみが光源だった世界に、一気に景色が展開された。


「──っ」


 急激に変わる光度の違いに、反射で目を閉じてしまう。

 明るい、明るすぎる。

 まるで外に出たかのような光。そして屋内のはずなのに、何故か鼻をつついてくる草の臭い。


 すぐに周りを確かめたい。いや確かめなければ。

 急ぎながらも、目を潰さないようゆっくりと目を開いていく。


「……はっ?」


 様々な非現実を目の当たりにしてなお、広がる景色に驚愕を隠せない。

 何故なら目の前にあるのは先ほどまでとはあまりに異なる異界。──まるでどこぞの国にでも放り投げられたかのような大自然だったのだから。

 

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