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偶然の打開策

 針に導かれるまま、俺たち二人は足を動かし続けている。

 

 僅かな光で見える周囲は、どれだけ歩こうが依然微塵の変化すらも目に入らない。

 果たしてこれが、こんな馬鹿らしい選択が正解だったのか。二人で決めた進路にも関わらず、俺の胸の中にこびり付く不安は段々と膨れてしまっている。


 何もなくとも、疑心でびくつきそうになる心と体。

 隣で歩く狩屋(かりや)に悟られないよう、表に出ないよう懸命に抑えながら前を向く。


 ……駄目だ落ち着け。決めたことを正解だと信じるのも、冒険者には必要なことだろうが。


「……あっ。ああぁ成程なぁ……」

「……どうした?」

「いやな? 今思い出したんだけどさあ。昔やってたゲームにこんな攻略方があったなーってな」


 徐々に大きくなってきた恐怖に耐えていたとき、狩屋(かりや)はふとよくわからないことを呟いた。

 

「……ゲ、ゲームって?」

「ん? ああ……子供の頃にやってたアクションゲーでさ? そん中のクソ迷宮(ダンジョン)があったんだよ」


 少しでも恐怖を誤魔化せるならと、いつもなら乗らない狩屋(かりや)のどうでもいい話に興味を示す。

 狩屋(かりや)はそんな俺に対し、意外そうに顔を向けた後に言葉を続けていく。


「クリア率が約十パーセント。完全ランダムのクソゲーとか言われていて、ネットで調べても碌に攻略方なんてなかったんだ」

「……ふーん」

「けどさ。あるときそのゲームの動画を出していた奴が、やけくそでコンパスの赤い針の方にだけ進んでさ、それで歴代でも最短ってくらいに早くクリアしちまったんだよ!」


 ……なんだそれ。んなのはそれこそ偶然、或いは動画なら編集の賜物ってだけじゃねえのか?


「それでじゃあ試してみようって、ガキの頃に放り投げたゲームをやり直したんだ。するとどうだ? 嫌になるほど難しかったクソゲーが、たったの一回で攻略出来ちまったんだ!」

「へー」


 興が乗ったのか、狩屋(かりや)はそれはそれは同意が欲しそうに熱弁してくる。

 成程、確かに今の状況と似ていることは否定できない。

 ……まあゲームと違って、これが俺たちにとっての正解かはわからないのだが辛いところだけどな。

 

「……ま、今の人間に思いつく仕掛けが、昔の人間に思いつかないわけがないってことか」


 人の思考とは巡るもの。欲望とは受け継がれていくものだ。

 例え時代は違えど、形成される文化は異なれども。

 より優れた今のためにと、人が根源的に求める物にそこまでの差はない。それは長い歴史が証明していることだ。


 きっと、この迷宮(ダンジョン)だってその例から外れやしないはずだ。

 とはいってもどんな意図で造られたのか。それは未だ謎に包まれており、髭を生やした学者や趣味人共が無限に討論を続けていることなんだけどな。


迷宮(ダンジョン)って何なんだろうなぁ?」

「……さあな。それよりも、気は緩めるなよ」


 話しすぎて気が緩みかけたので、これではいけないと、自省の意味も込めて警戒し直す。

 ……まあ、どうでもいい話が出来て少しだけ楽にはなった。

 もしかしたら取っ掛かりはどうでも良くて、あまりに取り繕えてない俺に気を遣ってくれたのかもしれない。……違う気はするけどな。

 

 ともあれ、少しだけ足が軽くなったのは間違いない。

 頬が緩みそうになるのを堪え、それでも胸の中に感謝を抱きながら歩を進める。


 その会話を皮切りに、時々軽く談笑し、互いに声を掛け合いながら探索を続けていく。

 ほんの僅かだが、それでも少しずつずれていく指針。

 どこかも定かではない十字路に差し掛かったところで、方位磁石の赤い針は完全に右を指し示した。


「曲がるぞ」

「りょ!」


 導かれるままに進路を変え、更に奥へ奥へと進み続けようとした。

 だがその歩みは、三歩も経たないうちに遮られる。急速に向きを変えた、気まぐれな赤い針によって。


「──ああ? ちょい待て」

 

 狩屋(かりや)を片腕で制止し、改めて方位磁石の針を確かめてみる。

 暗さ故の見間違いなどではない。やはり進もうとしていた方向ではなく、斜め右を指し示していた。


「どうしたよ? 何かあった?」

「針がおかしい。なんだこれ、……壁を示しているのか?」


 そこに扉があるわけでもなく、周辺が周りと違うということもない。

 それでも針は一点を示すのみ。

 何ら事態は好転していないが、方位磁石を頼りに進める限界には着いたのかもしれない。


「周辺を探ってみよう。隠し扉でもあるかもしれない」

「おっけー。最速で見つけてやるぜ!」


 針が示しているはずの近辺を、手分けして調べ始める。

 

 何かはあるはず。──否、何かなければ無駄骨になってしまう。

 無意味に終わればまた振り出し、そうなれば心はぽっきりとへし折れてしまう。

 狩屋(かりや)であれば再起できるかもしれないが、弱い俺はでは立ち上がれない。だからなんとしても、何か一つでも後に続くものを見つけ出さなくては。


 落ち着くように心がけながらも、逸る気持ちが視線を動かしていく。

 最初の部屋にあったような凹凸はないか。実はどこかの壁が扉になっていないだろうか。

 ほんの少しでもいい。何か、何かないだろうか──。


「お、おーい高峯(たかみね)!! ちょいと来てくれー!!」


 ただ懸命に、無我夢中で五感を凝らしながら探していると、狩屋(かりや)の大声が廊下に響く。

 聞こえた限り、声は沈んでいない。なら、悪い知らせではないはずだ。

 

 少しの駆け足で角を曲がり、狩屋(かりや)の近くまで辿り着く。


「何だよ。何か見つけたのか?」

「一応な。ちょっとここ、叩いてみろよ」


 狩屋(かりや)は目の前の壁に軽く手を打ち付け、俺にも試してみるよう言ってくる。

 一体何だと疑問に思いつつも、狩屋(かりや)の言に従い軽く音を鳴らしてみるが、返ってきたのは何の変哲もない小さな音だけ。それ以外になにかあるわけでもない。


「……何だ、何も無いじゃないか」

「一見するとそうとしか思えないだろ? けどこっちを叩けば、ほらっ!」


 狩屋(かりや)は楽しげに笑った後、五メートルほど離れて壁を小突く。

 耳に届くのは先ほどと何ら変わりない音。残念ながら狩屋(かりや)の言いたいことを、俺が察することが出来なかった。


「……一緒に聞こえるけど、何か違うのか?」

「わからんかぁ。実は返ってくる音がちぃ-っとだけ違えんだよ。最初の方がなんかこう、少し軽い感じでさぁー?」


 自信満々に説明してくれた狩屋(かりや)だが、何度叩き直してもぴんとはこない。

 確かに、言われてみればそんな感じもしなくはない。

 だが、狩屋(かりや)の人並み外れた聴覚でようやく拾える程度の違いを、俺がまともに捉えられるわけがなかった。


 少し考えた後、狩屋(かりや)に向かい側の壁を確かめるよう頼む。

 二つ返事で了承してくれた狩屋(かりや)は反対側まで走り、壁に耳を当てながら壁を叩いた。

 

 違うということは、どちらかが普通ではないということ。

 今狩屋(かりや)が聞いている音が、どちらかと一緒の音であれば僥倖。該当しなかった方に、この迷宮(ダンジョン)攻略の鍵があるはずだ。


 緊張の中、一縷の望みに賭けながら、じっと狩屋(かりや)の答えを待ち続ける。


「……うーん、やっぱり最初の音だけが違えなぁ。高峯(たかみね)よぉ。多分そこだけだぜ、違うの!」


 俺の後ろを指差しながら戻ってきた狩屋(かりや)

 ここだけが違うか。針も丁度この壁をを指しているし、やはりここに何かがあるはずだ。


 触れた感触や材質の違いなど、どんなものでも構わない。

 今度は少しずつ、手に入れた餌を舐め回す獣のよう、狭い範囲を重点的に探っていく。

 

 狩屋(かりや)も今は口を開くことはなく、互いが黙々と体を動かしている。

 会話は必要ない、考えは一緒のはず。次に交わす言葉は発見という勝利の活路で充分だ。


 上から下へ、左から右へ。

 壁を撫でる手をゆっくりと動かし続け、そしてほんの小さな凹みに指が引っかかる。


「……あっ?」


 指が二本ほど引っかかる程度の小さな穴。けれどそれは、紛れもなく他と異なる異常だ。

 目印のために俺たちが付けた傷以外、まるで誰かが手入れをしていると思ってしまうくらいには、罅も欠けもなかった壁。そこにいきなり現れた

 

 不備ではないと本能が告げている。

 劣化で欠けたものではないと、指先の感覚を吟味する脳がそう断言する。


 ──どこまでも続く無限の闇に、まさに今、光というゴールが差し込んできたのだ。


 狩屋(かりや)に報告することすら頭から抜け落ちていた俺は、凹みに置かれる指に力を入れて動かす。

 あれほど口を尖らせ、散々言葉にしてまで身に刻もうとしたはずなのに。

 ようやく訪れた希望の細糸は、自らに流れる欲望を支配し、その導きに抗う事なんて叶わない。

 

 押すわけではない、横には動かない、引くところはないし……ならば上だ。


 更に力を込め、指を力で壁を持ち上げようとしてみる。

 当然と言えば当然なのだが、魔力もなしに指で壁を動かせるわけはなく、ただの力の浪費に終わってしまうのかと──そう思ってしまった。


 けれど現実は想像と違い、変化はいきなり起こる。

 一瞬だけ小さくズレたと思えば、がちゃりと大きな音を立てた後、壁は指を離れ滑らかに上へと昇っていった。


「うおっ!! 何だ何だ、開いたぞ!?」


 いきなり起きた変化に、大きな驚きを見せた狩屋(かりや)

 俺も壁の扉がなくなったことでようやく我に返り、開いた先の景色に視線が合わさる。

 別の部屋があるのではなく、先の見えない下り階段が広がるのみ。

 辿り着いたのは終点(ゴール)ではなく、されど先の続かぬ終着(おわり)でもなかった。

 

 光を向けようと果ては見えず。

 吸い込まれそうな暗闇は、言い表すならば死神の(いざな)い。踏み込めばもう二度と、この暗闇の迷路にすら戻れないだろうと、悲観な想像が勝手に湧き上がってしまう。


「……っ、どうする。進むか?」


 ごくりと唾を飲み込んだ後、意を決して狩屋(かりや)へ問う。

 この階段を進むか、それとも見なかったことにして別の道を探すか。どちらにせよ、ここに留まる選択はない。選べるのは一つ、どう進むかだけだ。

 

 俺には選べない。進もうと口に出そうとするが、喉から先を越えることはなかった。

 

 疲労の蓄積か、それとも取り繕ってきた性根の弱さが滲み出てきただけなのか。

 どちらでもいい。いずれにしても、最初のように俺が決めようと踏み切れない。

 だから狩屋(かりや)に頼んだ。散々仕切ろうとしておいて狩屋(かりや)と目を合わせるしかできない、実に情けなく愚かな有様だった。

 

「もちろん。ほら、行こうぜっ!!」


 だが狩屋(かりや)は──もう一人の探索者は、何の躊躇いもなく先へ進んでしまう。 

 持っている獲物は俺より心許ないただの木刀。なのに俺の竦んだ足とは違い、足を上げしっかりと地を踏みしめている。

 

 きっと冒険者に必要な心ってのは、狩屋(かりや)のように臆さず進めることなのだろう。

 非常時が俺の弱さを剥き出しにする。それと同時に、自分より弱いと思っていた男の強さを見せつけてくる。

 

 分かっていた、そんなことは分かっていたとも。

 俺の根本が冒険者には向いていないのは。魔法力(マギリック)以前に、未知に挑む素養が無いことは、とっくの昔にわかりきったことだった。


 師匠にはそれでもと背を押された。

 今はもう届かない、ただ一人の幼馴染だった少女には反対された。

 両親はきっと、俺のいない所で俺の無謀を泣いているのだろう。


 皆が皆、俺のことより俺を理解していた。

 それでも目を背けたのは俺自身。こんなどうしようもない場所に来て、ようやく向き合える弱さ。


 ──嗚呼、本当に度し難い。俺はどうして、なんでここまでゴミなんだろうな。


「おおーい高峯(たかみね)。どうした?」


 ずっと溜め込んだ感情が決壊する寸前、狩屋(かりや)の声が俺を強引に押しとどめる。

 

 そうだ、なにくだらないこと考えてんだ。

 今は狩屋(あいつ)がいる、生き残るべき友人がいる。だから、俺がへこたれるわけにはいかない。


「──なんでもねえ。あんま一人で進んでんじゃねえよっ」


 潤んで雫の漏れ欠けた目を腕で拭い、両頬を手で軽く弾いてから狩屋(かりや)の元に走る。


 ──大丈夫、俺は強い。今はまだこいつより、強くあらねばならないのだから。

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