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誘いの扉

 木々の生い茂る緑の山。都会から少し離れているとはいえ、街灯の一つすらない自然の場所。

 その中にぽっかりと空いた空間で、俺と狩屋(かりや)は互いに剣を持ちながら向かいあっていた。

 

「もらったぁ──!!」


 野太い声とともに振り降ろされる一太刀。

 俺は手に持つ鞘の付いた剣を合わせ、向けられる力を逃がすように滑らせる。

 

 決まったと思ったのだろう、直前まで勝ちを確信した喜色を浮かべていた狩屋(かりや)

 

 けれど残念。それではあまりに単調で、勢いだけしか能のない猪戦法。

 それでは対処は容易。俺でなくとも、ちょっと剣技を囓った人間であれば如何様にでも払うことが出来るくらいの大振りだ。

 

 ……まあそれでも、完全に素人だった頃よりは格段にましにはなっている。

 俺とこいつの身体能力に大差はない。

 だからこいつに技術が伴えば、そう遠くないうちに追い抜かれてしまうのだろうとすら思ってしまう。


「……はい詰み。これで確か、連勝百日目だったか?」


 目の前の原石に少しの嫉妬を抱きながら、剣を弾き喉元に切っ先を突きつける。

 観念したように手を上げて降伏する狩屋(かりや)。今日はここで終わりだと、剣を下げ腰に戻る。

  

 ……惜しいもんだ。

 後はこんな状況でも勝ちを諦めない貪欲さでもあれば、俺なんぞを置いていけるくらいには伸びると思うんだけどな。


 俺としては、この往生際からもっと足掻く気持ちを持って欲しいと思ってしまう。

 こいつは例えAクラスには届かなくとも、二年の振り分けではBクラスには行けるかもしれないくらいに素質を秘めているのだから。

 

「いやー負けた負けた! 途中までいけるって思ってたんだけどなぁ」

「阿呆め、露骨な誘いに乗りすぎだ。それじゃ学期末は補修だぞ?」


 どさりと地面に尻を付けながら、心底嫌そうに顔を歪める狩屋(かりや)

 

 斧や槍など、別に剣でなくてもいい。

 けれど一つは近接武器の腕を磨かなくては、実技試験で落とされるのは必至だと考えている。

 

 まあ武器なんて使えたとしても、魔力による肉体強化もままならない俺等が、試験を通ることはほとんどないだろう。 

 だがそれでも、億分の一であるもしもを拾うために、出来る事は増やしておくに越したことはない。

 例え冒険者になれなくとも、冒険者補助の仕事や大学進学の一部学科で使う機会があるかもしれない。長いこれからを考えれば、幼い頃の夢に敗れても停まっていい理由にはならないのだから。


「……それにしても、よくこんな場所見つけたな。立ち入り禁止だったりしないか?」

「いんやぁ? 一応ネットで見てみたけんど、全然普通の観光地。ま、ちょいと道から外れてるけど」


 それは果たしてそどうなのだろうと不安になるが、考えても仕方ないし頭を振って考えごと思考から放り捨てる。

 ま、最悪違反でも俺たちはまだ未成年。迷宮(ダンジョン)に無断で進入したわけでもないし、そこまで重い罪にはならないだろうと高を括っておく。


「……試験かぁ。なあ、高峯(たかみね)は来年Bに上がれると思う?」

「無理だろうな。知ってるだろ? 俺の魔法力(マギリック)


 否定の後にため息を吐けば、いつの間にか寝転んでいた狩屋(かりや)が申し訳なさそうに謝ってきた。

 別に謝罪が欲しいわけじゃない。ただ自分の素養の無さに悲しくなってしまっただけだ。


 魔法力(マギリック)。それは三力の中で最も残酷な、ほとんど人間が持つ魔法の力の総称。

 魔力量の計測と実践によるの総合で成績をつけられるこの科目は、他の必要能力──差が顕著とされる身体能力(フィジカル)よりも素質が強く出てしまう。


 ──俺の魔力量はほとんど僅か。一般よりも少し多い狩屋(かりや)と違って、軽い魔法を三つも使えばほとんどガス欠になってしまう程度しかない。

 恐らく今年の学生の一番魔力に恵まれていない自信がある量。正直入学試験だって、残りの二つが上手く嵌まって辛うじて合格できただけのラッキーでここまで来てしまっただけに過ぎない。


 魔法力(マギリック)迷宮(ダンジョン)攻略を本分とする、冒険者にとってなくてはならないもの。

 だから俺のあだ名は魔力なし(ノンマギ)。魔力もないのに冒険者になろうとした大馬鹿者には、これ以上なくお似合いの蔑称ってわけだ。


 基本的に、魔力量が伸びるのは第二次成長期までとされており、程度はあるがその後にほとんど増えることはないと、どこかで読んだことがある。

 

 例外はあるにはある。突然伸びだす突然変異型か、地獄に身を置いて鍛えることかのどっちかだ。

 ただし前者は宝くじより低い確率とされており、限りなく期待薄。後者は教科書に載るくらいの遙か昔──冒険者資格がなくても迷宮(ダンジョン)に入れた時代や、戦争などの命の危機を常に感じる場にまれに起きる覚醒の類。つまりはどちらも理屈じゃなく、誰にも見えない運命の悪戯(いたずら)でしか起きえないのだ。


「けどよぉ。お前の強さならBの連中には勝てんだろ? なのに魔力一つでこうも見下されるなんて、そんなの可笑しいじゃんかよぉ」


 俺の話なのに、俺よりも悔しそうに呟く狩屋(かりや)

 こいつだって魔法力(マギリック)こそが迷宮(ダンジョン)攻略に最も必要だと分かっているはず。……それでもこう言ってくれるのだから、やはりこいつは良い奴だ。


「……ま、喧嘩の腕だけで冒険者になれるわけじゃねえ。お前の大嫌いな筆記もあるしな」


 あえて筆記に触れれば、狩屋(かりや)は苦い物でも食べたように口を歪めてしまう。

 素直な奴だと軽く笑いながら、少し屈んで彼に手を差し出す。

 狩屋(かりや)は俺と同じように笑みを浮かべながら、俺の手を取り立ち上がった。

 

「さて、そろそろ帰ろうぜ。今日もお前の驕りだからな」

「ちぇー。まあ仕方ねえ、今日も緩めてやるよ、財布の紐をなぁ!」


 ……よく言うよ、わざわざ緩めるほどの金など持ってないだろうに。


 狩屋(かりや)は軽く(もも)を叩いた後に木刀を拾い、木に立て掛けていた鞄を取りに行く。

 今日は少し安い牛肉コロッケにしてやろうと、今日の褒美について考えながら剣を腰に戻す。

 

 空を見れば色は黒に染まっており、腕に付いた時計の短針は八、そして長針は九を指している。

 どうやら少し熱中しすぎたらしい。……これは帰ってすぐに課題に取りかからなくちゃな。


「おまたー。んじゃあ帰ろうぜー」


 山なりに放り投げられた鞄を掴みながら、歩き出した狩屋(かりや)に付いていこうとした。


 ──そのときだった。


「……あっ?」


 唐突に感じた違和感に、思わず声を漏らしてしまう。

 この一歩で感じたのは、こつりと足に響く感触。

 直前まで踏んでいた土とは全く違う。まるで石の上を踏みしめたような固さがあった。


 小さな小石を踏んづけたわけでもないのは予想出来る。

 でこぼことしてるわけではないし、この周辺は訓練の際に何度も通り過ぎたので、そこに何かが埋まっていないのもとっくに知っている。

 

 ──じゃあ俺の足裏は、一体何に置かれたのだろうか。


 携帯に灯りを灯し、足下に翳しながらゆっくりと首を下へ向けていく。

 そこにあったのは案の定土ではなく、鉄板のように平らで固く、上の空にも泣けない黒の地面だった。

 

「ん? どうしたんたかみ──」


 足の止まった俺に気付いたのか、振り返って怪訝な顔でこちらを見る狩屋(かりや)

 言うよりも見た方が早いと、指で下を示し狩屋(かりや)の視線を誘導する。

 首を捻るも、素直に視線を指指す方向に向け──そして今の俺と同様の驚愕を顔に貼り付けた。


「な、なんだこりゃ……。こんなのあったか?」

「知らねえよ。ともかく、ここから離れ──」


 とっととここから離れようと、そう提案しようとした瞬間。

 まるで俺たちを逃がさないと言わんばかりに、足下の床は突如として姿を消してしまう。

 

 ふわりと、一瞬のみ感じる浮遊感。

 そして直後、体は重力に従い、光のない闇へと勢いよく吸い込まれていく。


 先ほどまで立っていたであろう穴の出口が、瞬きよりも早く届かなくなる。

 咄嗟に左手を伸ばすも無意味。何も掴むことは叶わず、やがて外は点のように小さくなってしまう。


「な、何だよこれ……!?」

「──知るかよ!!」


 突然すぎる落下に思考が定まらない中、それでも反射だけで狩屋(かりや)へ声を振り絞る。

 

 何が、いや、どうすればいい。

 落ちているということは、いずれどこかに辿り着くということ。

 

 落ち始めてもう何秒経った。

 こんなに落下していては、下が海だとしても五体の粉砕を避けられないはずだ。

 死への恐怖が一気に膨れあがる。いつ来るか分からない浮遊の終わりを前に、碌に考えることも出来やしない。

 

 ──怖い。誰か、誰でも良いから助けてくれ!!


 あまりの恐怖にパニックを通り越し、意識を手放してしまいそうになる。

 けれどそれすら許さないと、破裂しそうな感情に追い打ちを駆けるように体を何かが包み込む。

 

 生暖かく、けれど実体のない不確かな抱擁。

 まるで霊にでも取り憑かれたようだと、欠片程度に残っていた思考がそんな風だと感じる。

 奇怪な感触は落下を上塗りにしていき、手足の先端、やがては全身を覆い尽くす。


「おいっ!! ──いっ!!」


 誰かの声が遠ざかっていく。意識は急速に潰えていく。

 けれど抗うほどの気力はもう俺にはなく、抜け落ちる力と共に瞼を閉じるのみ。

 

 ──嗚呼、どうかこれが死神の手でないようにと。そんなことしか祈ることしか出来なかった。

 

 

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