下駄箱に果たし状とは猪口才な。面白い。受けて立とう!ですわ!
ナクロール王立貴族学園──。
私はキール公爵家の三女である、アイネ。いわゆるいじめられっ子だ。
今日は当番の仕事を一人こなしていた。先生へのお届けもの、日誌の記入、教室の戸締まり。
こんな私を待ってくれているものなども馬車にいる執事のクロード(70)くらい。
でも、友人がいないことなどもう慣れた。逆に煩わしくなくてよい。
仕事も終わり、下駄箱へ。内履きを脱いで、靴を取り出そうとして驚いた。
手紙だ──。
不思議に思ってそれを取り出し、中を検める。
『本日放課後、中庭で待つ』
一行の文と署名。そこには我が国の王子であるクリフォードの文字。
来た──!
とうとう来たのだ。
待ちに待ったこの瞬間。
クリフォードからの“果たし状”だ!
私は昔から引っ込み思案で清楚なお嬢さまだった。それを男子たちは面白おかしくいじめたのだ。
持ち物を隠される。足をかけられる。背中にブスの貼り紙をされる。
私は毎日泣いていた。
それを男子たちは笑って見ていたのだ。中でも、王子であるクリフォードは中心人物で、私の体や髪を触ったり抱きついたりしてきた。
つらいつらい毎日だったが、心を入れ替え、体を鍛えることにした。
ロンコン山より武術の達人、ドラゴン・フー老師を招き、心身ともに鍛えたのだ。
才能があってか、私はメキメキ上達し、ある日、いつものようにボディタッチをしてくるクリフォードの手を取り、床に投げつけてやった。
呆然とするクリフォード。王子に手を出したが、咎められることは無かった。彼は転んだと周りに言っただけだったのだ。そりゃあ普段いじめてる私に投げられたとは言えまい。それからだ。私はいじめられなくなった。
だがよほど悔しかったのだろうと見て取れた。クリフォードはいつも遠巻きに顔を赤らめてモジモジしていた。何かを言いたげに。しかし、何を言われても跳ね返せる強い精神と自信があった。
人づてに聞いた話では、クリフォードは城に指南役を呼んで体術や剣術を学んだらしい。おそらくリベンジを狙っているのだろう。
彼はいつものように遠巻きに私に視線を送っていたが近づいて言ってやった。
「なによ。男らしく正々堂々と来なさい」
彼はよほど頭に来たのか真っ赤になっていたが、うめくように答えた。
「お、おう」
それからしばらくしてこの手紙だった。
王子から果たし状が来たということは、例え怪我をさせてもお咎めはあるまい。
いまこそ!
積年の恨みを晴らせる。あの顔だけのボンボンに思い知らせてやるわ!
中庭への扉を開けると、そこにはクリフォードが立っていたが、私を認めると直立不動の姿勢をとった。
なるほど。いつでも臨戦態勢という訳ね。
私は丸腰だというのに、彼は腰に細い剣を佩いている。ふ。どこまで卑怯なのかしら。
「クリフォード。待たせたわね」
「い、いやぁ。今来たとこ……」
ふふふ。顔が赤いわね。よほどムカついたと思われる。昔の剣豪がわざと時間に遅れて精神を乱したという技よ。もうあなたの負けは必至よ。
「あのぅ……。アイネ。まぁ、なんだ。こうして話すのも久しぶりというか……。げ、元気か?」
「もちろん。あなたは?」
「げ、元気。元気」
ふッ。なるほど。体調不良のところで勝負をして勝っても自慢にならないということね。互いに健康であることを示す。大事なことね。
「そ、それにしても、いい天気だなァ」
「いい天気?」
空はどんより。遠くの方では雷の音までする。まぁ今から勝負するには格好の舞台といったところだろうけど。
「まぁ、雨が降りそうだけど、いい天気だわね」
そう言うとクリフォードはサッと空を見上げて、また怒りに顔を赤らめたようだった。
「そ、そ、そ、そんなこと言うなよ。可愛くないぞ?」
「はぁ?」
こいつやっぱり変わってない。言葉で私をいじめようという訳ね。そしてさっぱりこちらを見ようとはしないわ。
私を格下扱いしているのね。お前など見なくても倒せる。と。その自信の鼻っ柱を折って差し上げますわ!
「ホント。何も変わってないのねぇ」
私は肘まである白手袋を脱いで、芝生の上に落とす。すると鈍い音を立てて地面がへこんだ。
そう。この手袋には鍛えるために鉛が仕込んである。もう一つの手袋も芝生に落とす。
水を湛えた容器が今にも溢れるのを感じる。それは私のこの思い。一滴一滴を器へと溜め込んできたのだ。
それを彼へとぶつける。
「そ、そうなんだ。ずっと変わっていない。キミへのこの思いは──」
クリフォードはモゴモゴと何やら言っているが聞こえない。下を向いたままだ。勝負だというのに舐め腐っている。
私はドレスの腰元に両手をかける。実はこのドレスには秘密があるのだ。
クリフォードが細剣を帯びているように、私にも武器がある。
ドレスのベルトの部分は実は柄だ。それを引くと、みるみるドレスは解け、二つのリボンになった。
ドレスが無くなり、私が纏っているのはただの鉄と皮でできたビキニだけ。恥部さえ覆えればそれでいい。こちらの方が敏捷性がある。
一撃を食らえばダメージは深いがクリフォード如きに遅れはとらなくてよ。
神経を研ぎ澄ませると、校舎の二階にいる先生の声が聞こえてくる。
「むう。あれこそは」
「なに、知っているのかライディン先生」
「うむ。あれはロンコン山に伝わる鞭術、“双竜鞭”。その鞭は操者によってまるで生き物のように動き、片方は柔らかく相手を縛り上げたかと思うと、もう片方は硬く相手を斬りつけるのだ」
「そんな! それでは王子殿下に勝ち目はないではないか!」
ふふ。その通り。いまこそ双竜鞭を使うときが来たのよ!
「双竜鞭!」
私の二つのリボンが下を向いているクリフォードに向かっていく。
しかし、その刹那!
クリフォードは両膝を地面に付けてしゃがみ込んだ。ひれ伏すかのようなポーズ。顔は地面を向いたまま。
「なるほど。亀のようになって避けると言うわけね。でもこれはどうかしら!?」
私は二つのリボンで大地を打つ。すると私の体は空高く舞い上がったのだ。その体が頂点に着いたとき。体を回転してクリフォードへと向かって鞭を放った!
「地上の不利を知れ! 飛翔百裂鞭!」
鞭が空を切り裂き、クリフォードへと襲いかかったその時。彼は叫んだのだ。
「ずっとずっと好きでした! こんな俺ですが結婚してください!」
「ふぁッ!?」
私としたことが、攻撃を引っ込めて地面に着地。その際にバランスを崩して、彼の方に開脚したままスッ転んでしまった。
ビキニ姿で──。
「あ、アイネ。へ、返事は?」
土下座の姿勢から顔を上げるクリフォードの前には私のお股。
「わ、わぁ! あ、アイネ! なんて格好をしているんだよ!」
彼は真っ赤になって膝の上に拳を握りながら顔を背ける。
つ、つまり、クリフォードは私に愛の告白をしたってこと?
えーと。私もクリフォードを最初は憎からず思っていたわ。でもいじめてくるから憎さ百倍といったところで力で思い知らせてやろうと思ったの。
で、でもクリフォードも昔から私を好きだったってこと? いわゆる可愛くていじめちゃってたって、幼き男子にありがちなアレ?
私はビキニ姿が急激に恥ずかしくなり、両手で恥部をおおった。
「や、やだ。クリフォードったら。エッチ! スケベ! 変態!」
「い、いやぁ、見てない。見てないよ!」
「嘘よ! その目で私の純潔を汚したわねーッ!」
「あ、あ、あわわわわ」
二人ともどうしていいか分からずにそのまま。私の頭の中は沸騰したようになっていた。
そのうちにクリフォードは上着を脱いでこちらに近づいて来る。
「いや! やめて! 何するつもり?」
ふわり──。
私の肩に彼の上着。
「か、風邪引くぞ?」
かけられた上着に私は赤くなって黙り込んでしまった。
「あのぅ。小さい頃、意地悪してゴメンな。振りむいてもらいたくてつい……。でも一度、アイネに投げ飛ばされて思ったんだ。こんなへなちょこじゃダメだ。アイネを将来守ってやれないって」
彼はしゃがみ込んでいる私に手を差し伸べる。
「立てる?」
「え、ええ」
「俺、キミに相応しい男になれるかな?」
「え、ええ」
「もう一度言うよ。結婚してください」
「お受け致します。クリフォード王子殿下」
こうして私達は婚約したのでした。
めでたし、めでたし。
きっと仲良く暮らせるね!