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◇◇◇


 それは、父と私、ふたりで店番をしている時に起こった。


「よく効く薬を売るという店はここか!」


 午後、そろそろ休憩にしようかという時間、突然大きな音を立てて、店の扉が開かれたのだ。


「えっ……えっ?」


 血相を変えて店内に飛び込んできたのは、王都の警邏隊に所属する人だった。

 警邏隊。主に王都の警備をしている人たちである。

 警邏隊は皆、白い制服と制帽、同色のマントをつけていて、一目で分かるようになっている。

 彼らが所属しているのは近衛騎士団。つまり、警邏隊員は皆、叙勲された騎士なのだ。しかもその隊長は近衛騎士団の副団長も兼ねており、警邏隊と言えば、エリート部隊としても有名だった。

 その警邏隊の隊員と思われる人が、突然うちの店にやってきた。

 しかも必死の形相で。

 私と父は何事かと顔を見合わせた。


「え、ええと、カーター薬店に何かご用ですか?」


 恐る恐る父が声を掛ける。

 隊員の男性はカウンターに両手を突き、顔を歪ませながら私たちに訴えた。


「頼む。薬を売ってくれ! 仲間が大怪我を負ってしまって……」


 話を聞くと、どうやら王都の見回りの最中、運悪く建築中の家の二階から木材が落ちてきて、隊員が二名負傷してしまったらしい。

 現場はこの近くということで、集まってきた野次馬のひとりが、私たちの店の名前を出したそうだ。


「神殿に行って神官を連れて来ようとも思ったが、あいつらを連れ出すのは時間が掛かる。頼む、一刻の猶予もないんだ。仲間を助ける薬をくれ!」

「……」


 父と顔を見合わせる。

 兵士の言うことは一理あった。

 神殿は、一応は王家の管理下に入っているが、彼らの主はあくまでもアイラート神であって国王ではない。

 だから、国の言うことを問答無用で聞き入れるということはありえないのだ。

 国も、神殿の設けた決まり事を守らなければならないと法で定めているし、それを守るからこそ、神殿も国の命令を聞いている。

 そしてその決まりには、神官の貸し出しについても触れられているのだ。


 神官の貸し出しを望む場合は、国家存亡の危機を除き、事前に神官長の許可と十分な対価を用意すること、と。


 神官長というのは、聖女を除く神殿のトップだ。

 彼の許可を得ないと、神官の派遣は許されない。

 そしてそういう許可というものは、いつの時代もひどく時間が掛かる。

 国王の直接命令ともなればまた話は変わってくるが、今回は警邏隊からの派遣要請。……許可が下りるまで半日かかっても不思議ではない。だから彼が、私たちを頼る気持ちも分かるのだ。


「頼む。神殿にはすでに人をやっている。だが、いつ許可が下りるか分からない。それまでの間、少しでもあいつらの痛みを軽減してやりたいんだ。現場にはちょうど医者がいて、あいつらを診てくれてる。だが、薬が足りないと……頼む……!」


 必死に頭を下げてくる警邏隊の兵士。

 私たちはといえば、現場に医者がいるという話にホッとしていた。


「父さん」

「……ああ、お医者さまがいらっしゃるなら、私たちの薬もお役に立てるかもしれない」

「うん」


 父が兵士に言う。


「分かりました。協力いたします」

「感謝する!」


 バッと顔を上げ、私たちを見つめる兵士。

 父は厳しい声で私に言った。


「レティ。お前の薬を用意して差し上げなさい。最近、うちの評判がいいのは、お前の薬のおかげだ」

「わかった。……ちょっと待って下さい」


 父の言葉に頷き、後ろにある薬棚を探る。

 現場にいる医者の手持ちの薬が何かわからない以上、一通り用意した方が良いだろう。

 怪我をしたというのなら、止血剤と痛み止め。傷口を消毒するための薬や包帯など、考えられる限りのものを準備した。


「……」


 少し悩んだが、その全てに聖女の奇跡をほんの少しずつ付与しておくことにする。

 兵士の口調から、相当な大怪我をしたと思ったのだ。軽症ならそこまでしないけど、命にかかわる怪我だとしたら、力を出し惜しみしている場合ではない。

 私が見て見ぬ振りをしたせいで死んだなんてことにでもなったら。そんなの薬屋の娘としても前聖女としても許せない。

 これは決して彼らの為ではない。自分のプライドの為だ。

 そう自分に言い聞かせ、用意したものを兵士に渡す。


「どうぞ」

「ありがとう。恩に着る。見回りの最中だったから、持ち合わせがほとんどなくて。だが、代金は必ずあとで払いに来る。……すまないがこれを担保として預かってくれ」


 兵士が渡してきたのは、首からさげていた銀のネームプレートだった。

 王国の兵士なら皆が持っている自らの所属と名前が書かれたこの五センチほどのプレートは、彼らの身分証明書としても使われていた。


「え、良いんですか? 大切なものなんじゃ……」


 いざという時のためにも使われるというそれを渡すという兵士を見る。

 彼は力強く頷いた。


「大切なものだからこそ、担保になりうる。必ず、薬の代金を持って店に来る」

「……分かりました。お預かりします」


 父が兵士からプレートを受け取る。

 兵士は何度も礼を言って、店を出て行った。

 カランという音が鳴り、店の扉が閉まる。知らずしていた緊張が解れ、私は情けない顔で笑った。


「……びっくりしたね、父さん」

「本当だな」

「怪我をしたって人、無事だといいね」

「ああ」


 ポツポツとふたりで話す。

 いきなりのことで驚きはしたが、いつも王都を警備してくれている警邏の人たちの助けになれたのなら良かったと思った。

 父が疲れたように私に言う。


「少し早いが、今日はもう店じまいにするか」

「そうだね。ちょっと疲れちゃったし」

「だな」


 頷き合い、閉店準備を始める。

 私は店のドアに掛けていた『ただいま営業中』の札を『本日は閉店しました』に付け替えた。

 父が今日の売上げの計算を始める。私は在庫表を持ち、薬だなに残った薬瓶を数えた。

 二階から良い匂いがする。そういえば、母が今日はブラウンシチューだと言っていた。


「お腹空いたね」

「本当だな」


 父とのんびりと会話を交わす。

 警邏の彼は、いつ、ネームプレートを受け取りに来るだろう。

 そんなことを考えながら、閉店作業を終え、ふたりで二階へ上がる。


「あ、明日は薬の補充をしなくちゃ。そろそろ在庫も心許なくなっていたし」


 いつも通り明日の予定を立てる。

 また同じ一日が始まると信じて疑っていなかった私は、まさか今日が平穏の終わりだなんて想像もしていなかった。


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お尋ねの元大聖女は私ですが、名乗り出るつもりはありません
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