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そう告げるノア王子の目はメラメラと燃えていた。己のミスが許せないという顔だ。
キャシーが優しい顔で頷く。
「あなたを許します、ノア。きっと優秀なあなたなら二度同じ失敗をすることはないでしょう。わたくしは怒ってなんていないわ。家族なのだもの。迷惑くらいいくらでも掛けてくれていいのよ。お父様もきっと同じように言うと思うわ」
「……はい」
拳を握りしめ、微かに首を縦に振るノア王子。そんな彼にキャシーは尋ねた。
「陛下とは会ってきたのよね? わたくしの後に倒れたと聞いたけど、ご容態は?」
夫の状態が気になるのだろう。キャシーの顔には心配の色が表れていた。
「大丈夫です。聖女がついていてくれたお陰で、無事でした。先ほど父上と話してきましたが、いつもと変わらないように思えました」
「そう……良かった」
夫の無事を聞き、キャシーは小さく息を吐き出した。
キャシーとその夫である今の国王は、昔から仲の良い夫婦だ。伴侶がどのような状態なのか、気が気でなかったのだろう。
キャシーは嘘のない笑みを浮かべ、ノア王子に訪ねた。
「教えてちょうだい。あなたが倒し損ねた魔物のことを。どんな魔物だったの?」
「……倒しても一定時間が過ぎれば生き返るタイプでした。核を壊すまで何度だって蘇る。そういう魔物ですね。非常に珍しい。俺も見たのは前世と合わせても二度目です」
――へえ。
あの洞窟にいたのはそんな魔物だったのか。
倒しても一定時間が過ぎれば蘇る魔物。さすがにSランクと称されることだけはある。
――ん、でも……。
驚くと同時に疑問が湧く。どうにも気になった私はそっと手を挙げた。
「その、質問良いですか?」
「なんだ」
言ってみろ、と態度で示されたので、口を開く。
「殿下が言っているのは、ビルズバーグの森の洞窟にいた魔物ですよね? その、森の様子はどうでしたか?」
中心となる魔物が時を経て蘇ったのだ。元の静けさを取り戻したはずの森はどうなったのか。それが気になった。
私の質問を聞いたノア王子は分かりやすく渋い顔になった。それが答えだとすぐに分かる。
「……俺とお前が最初に見た瘴気溢れる森に戻っていたな。あの森にいたAランクの魔物たちも新たに発生していた」
「そんな……」
せっかく美しい森に戻ったと思ったのに、あっという間に魔の森に変貌したと聞き、絶句した。
父がどれほど悲しむだろう。あんなに喜んでいたのに。いや、下手をすれば変貌した森に、薬草を採取するために向かった可能性だってある。
安全な森に戻ったと聞いていたのに、行ってみれば危険な森のままだった。さぞ父は驚くだろうし、私としても嘘を吐いたようで心が痛い。
顔色を変えた私を見て、ノア王子が力づけるように言った。
「大丈夫だ。今度こそきっちり核ごと壊してやったからな。核を壊せばいくら丈夫な魔物といえども、復活することはできないだろう。森が元に戻ったことも確認している」
「そう、ですか……」
「魔物は、己の核を自分の意思で動かせるタイプだった。そのせいで、前回核を壊せなかったのだ。今回は核を壊したことをこの目で確認した。二度と蘇ることはない」
自信満々に告げるノア王子の言葉を聞いて、ホッとした。
「森は、戻ったのですね」
「ああ」
「良かった。ありがとうございます」
父もきっと喜ぶ。
なんだったら、今度父に事情の説明に行った方が良いかもと思っていると、ノア王子は珍しくも殊勝な態度で「いや」と首を横に振った。
「お前にも迷惑を掛けた。今回の話は、俺が一度で魔物を倒しきっておけば済んだ話だったのだ。そんなつもりはなかったが、知らぬうちに奢っていたのかもしれない。俺に勝てる魔物などいないと高を括っていたのだ。結果、倒し損ね、父上や母上にまで迷惑を掛ける始末。本当に情けない」
「……」
苦渋に満ちた表情は本当に自分を情けないと思っているように見え、正直少し驚いた。
目を瞬かせていると、ノア王子が気まずげに言う。
「なんだ。俺だって間違っていれば、自分のミスくらいは認める。今回は間違いなく、俺のミスで起きた話だからな。……母上、本当に申し訳ありませんでした」
再度キャシーに頭を下げる。彼女は頷き、ノア王子に優しく話し掛けた。
「もう良いわ。済んだことですもの。わたくしも陛下もあなたも全員無事だった。それで十分よ。誰も失わず、危機を乗り越えたことを共に喜びましょう?」
「……はい。では、失礼します」
軽く頭を下げ、ノア王子が身を翻す。
何か言われるかと一瞬身構えたが、特に何もなく、彼は部屋から出ていった。そのことに拍子抜けする。
――きっと何かイヤミを言われると思ったのに。
いつもとは違う彼の様子に戸惑っているうちに扉が閉まる。再び三人だけになったのを確認し、キャシーが言った。
「あの子、意外と思い詰めるところがあるのよね。今もかなり責任を感じていたみたいだし。ちょっと心配だわ」
「えっ、ノア殿下が?」
「意外でしょう? でも、そうなのよ。責任感の強い子でね、自分は強いのだから全部守ってやらなければなんて本気で思っているの。今回のことはずいぶんと堪えたでしょうね。気にしなくていいと言ったけど、きっと今も自分のせいだと考えていると思うわ」
「……」
キャシーから聞かされた言葉を聞き、驚いた。
彼なら「終わったことは仕方ない」とあっさり切り替え、気にもしないだろうと思っていたのに。
責任感が強いのは知っていた。転生前からそうだったし、今世でも彼の言動や行動からそれは読み取れたから。
悩みなんてない。どんな時でも真っ直ぐに前を向いている。そんな風に思っていたので、びっくりだ。
「ふ、ふうん……そう、なんだ」
「ええ。わたくしも知ったのは、あの子を息子として迎えてからなのだけれどね。思い詰めるし、こうと決めたら動かないし、結構厄介な子よ」
「厄介なのはよーく知ってる……」





