14
◇◇◇
二十年ぶりの再会ともなれば、話も弾む。
ふと、彼女が私の首元を見ながら言った。
「ねえ、レティ。首から何を掛けているの?」
「え、ああ、これ?」
キャシーから指摘されたのは、貰ってからずっと身につけている結界石付きのペンダントのことだ。ズリズリと引き出し、彼女に見せる。
「前にノア殿下に貰ったの」
一緒に魔物退治に行ったことを話しながら説明する。彼女は私が取り出したペンダントを見て、「あら」と言った。
「これ、あの子の手作りよ。子供の頃にあの子自ら採取して、ペンダントに加工したの。子供だったから、ほら、巻き付けが下手くそでしょ」
「え、ノア殿下が作ったの?」
手作りだろうなと思っていたが、まさかノア王子本人の作品だとは知らず驚いた。
キャシーが頷く。
「ええ、あの子、子供の頃からそれをずっと身につけて大事にしていて。ふふ……そう、レティにあげたのね」
「……」
「我が息子ながら、恥ずかしいことするわ~。やっぱり好きな子にあげたくて取っておいたのかしら」
「キャシー!」
揶揄うように言うキャシーに、耐えきれず声を上げた。
待って欲しい。本当にそういうのではないのだ。
「違うから。そういうのじゃないから!」
「え、でも、そうでもないとあの子がそのペンダントを手放すとか思えないし」
「違う、違うの……。だ、大体私が私だってノア殿下は気がついてないはずで……」
必死に否定する。
すでに正体がバレているなど考えたくもない。だってこんなに頑張って隠しているのに。
それに彼は何も言ってこないではないか。
私が私だということを。きっと彼なら私を見つければ、そう言うはず。そういう男だと知っている。
私が全力で否定すると、キャシーは首を傾げながらも頷いた。
「そう? まあ、あなたがそう言うのならそうなのかもね。うーん、なら今のあなたのことがあの子、よっぽどお気に入りなのね」
「お、お気に入り?」
「ええ。好きではないのなら、そうとしか考えられないもの。あなたはノアの今世におけるお気に入りポジション! 間違いないわ!」
「い、要らない……」
どーんと宣言され、落ち込んだ。
お気に入りポジションとは本気で要らない。愕然とする私にキャシーがしみじみと言った。
「でも、あの子にもそういう情緒が芽生えているのねえ。昔はただ喧嘩を売るだけしかできなかったのに、気に入った子に大事なものをあげるなんて、少しは成長したのねえ」
「……」
「それ、大事にしてあげてね」
母親の顔でとどめを告げられ、もう何も言えなくなった私はただ、だまって頷いた。
◇◇◇
気を取り直しキャシーと話していると、バタバタと廊下から誰かが走ってくる音がした。
すぐにノック音が響く。キャシーが「どうぞ」と澄ました声で答えた。
「失礼致します。ああ、王妃様。ご無事で!」
入ってきたのは伝令と思われる文官だった。
彼はベッドから身体を起こしているキャシーを見て、涙ぐんだ。
「良かった……。呪いから解放されたのですね」
「ええ、テオが頑張ってくれたお陰よ」
キャシーが平然と嘘を吐く。
文官が来るまでの間に、キャシーとは口裏を合わせておいたのだ。彼女が助かったのは、テオが何とか症状を緩和させるべく頑張ったから。そういうことにしている。
文官は何度も頷き、王妃に言った。
「ただいま、ノア殿下がお帰りになりました。そのご連絡です。呪いの元を絶ちきってきたとおっしゃっていましたが、本当に呪いから解放されたのですね」
「ええ。もう新たな呪いは来ていません」
それにはキャシーではなくテオが答えた。文官は安堵の息を吐き、頭を下げた。
「今、殿下は陛下の元へ行ってらっしゃいます。そのあとはこちらにいらっしゃるとのお話でした」
「分かったわ。ご苦労様」
「はい、失礼します」
もう一度頭を下げ、文官が出て行く。私のことには言及されなかった。お付きの女官だとでも思われたのだろうか。それならそれで構わない。
あとはノア王子が来るまでに帰ろうかと思ったのだけれど、彼の動きは予想よりも早かった。
まだ三十分くらいは時間があるだろうと思ったのに、文官が出て行って、ほんの五分ほどでこちらに来たのだ。
「――母上、ご無事ですか」
「ノア」
ノックと共に聞こえた声に、キャシーが嬉しげに反応する。
見事に帰りそびれてしまったと苦い顔をする私を見たキャシーがぷっと噴き出した。
「キャシー」
「大丈夫。ちゃんと協力するから」
ニコニコと笑うキャシーに諦めのため息を吐く。もう仕方ない。なるようにしかならないだろう。
「いいわ、入ってちょうだい」
キャシーが入室を許可すると、ノア王子が部屋へ入ってくる。
彼は己の母親の無事な姿を見て安堵したようだったが、すぐに私がいることに気がついた。
「……レティシア。どうしてお前が母上の寝室にいる」
やはり聞かれたかと思っていると、それにはキャシーではなくテオが答えた。
「落ち零れ聖女候補でも、彼女には候補と認められた実績があります。少しでも王妃様の助けになるかと思い、僕が連れてきました」
「なるほどな」
テオの言葉にノア王子は納得したようだった。
「確かにいないよりはマシだろう。まあいい。それより母上」
キャシーの前に立ったノア王子は、彼女に向かって頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。今回、母上が呪いに侵されたのは全て俺のせいです」
きっぱりとした口調に、この場にいる全員がノア王子を見る。顔を上げた彼は真剣な顔をしていた。
「俺が倒し損ねた魔物が俺に呪いを送っていたのです。その余波を母上と父上が受けることになりました。魔物は倒してきましたが、こんなことになったのは俺の責任です。本当に申し訳ありませんでした」
「ノア……」
キャシーが小さく目を見開く。まさか息子がこんな風に謝ってくるとは思わなかったのだろう。私も内心驚いていた。
「次からは決してこのようなミスはおかしません。二度と母上たちに迷惑を掛けないと誓います」





