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◇◇◇


「こんにちは、いらっしゃいませ」

「レティちゃん、こんにちは。その……薬をもらえるかな。実は昨日から妻が熱を出しちゃってさ、家にある薬は効かなくて困ってて……」

「熱ですか? それは大変ですね。……ちょっと待って下さい」


 あれから、三ヶ月ほどが過ぎた。

 最初は、もしノア王子が私の存在を嗅ぎ付けてきたらと戦々恐々とした日々を過ごしていたのだが、特に日常に変化はなく、このまま大人しく過ごしていれば見つからないまま終わるのでは? という気持ちに段々変化してきた。

 

 ――なーんだ。私ってば自意識過剰さん。恥ずかしい。そうだよね、ちょっと聖女の力が戻って来たからって、あの男が嗅ぎ付けてくるとか、ないない。


 もし押しかけてこられたら……と怯えていた自分が馬鹿みたいだ。

 私と彼は住む場所が違いすぎる。彼だってまさか私が薬屋の娘として生きているとは思わないだろう。

 木を隠すなら森の中。王都にはたくさんの国民が住んでいる。

 その中から私ひとりを見つけ出すなど、到底無理な話なのだ。

 そういうわけだったから、びくびくしていたのも最初だけ。今はすっかり以前と同じように過ごしていた。

 もちろん、前世の記憶を取り戻してしまったのだ。全く同じというわけにはいかなかったけれども。


「ええーと、熱冷ましの薬ですね……」


 薬棚を覗き込む。

 一年ほど前から、私は父と一緒に薬師として、店に立つようになっていた。

 父は将来私に店を継がせたいと思っているみたいだし、私もこの仕事が好きなので、そうなれるよう毎日努力している。

 薬屋というのは需要が高く、毎日ひっきりなしにお客さんが訪ねてくる。

 だが、それも当たり前だろう。

 この世界に魔術という概念はあるが、全員が使えるわけではない。魔術を使うための魔力を持って生まれるのはほんの一握りの人たちだけで、しかも癒やしの魔術となると、さらに人数は絞られてしまう。

 癒やしの魔術が使えるのは、神官だけ。それは昔も今も変わらない。

 彼らに治療をお願いすることもできるが、まず予約を取るだけで半年以上待たなければならないし、その上寄付と言う名の莫大な費用が掛かる。

 魔術で病気や怪我を治すというのは、一般人にはありえない話なのだ。

 お金を持っている王族や貴族たちのみに許された治療法。それが癒やしの魔術なのである。

 私たち庶民は、町医者に掛かったり、薬屋に行って薬を買って治療したりするというのが一般的だった。


「奥さんの熱、そんなに酷いんですか?」

 

 熱冷ましの薬が入った瓶を取り出しながら、お客さんに尋ねる。

 今、来ているのは二軒隣の宝石店を経営している人だ。リッジベルト宝石店の店主。いつも夫婦仲良く仕事をしていて、近所だから私たちとも面識がある。

 知っている人が病気になるというのは、やはり悲しいし、それ以上に心配だ。

 状況を尋ねると、お客さん――リッジベルトさんは悲しげに目を伏せた。


「かなりの高熱でね。昨日から薬は飲んでいるんだけど、全然効かなくて……」

「参考までにどの薬を使ったか教えていただけます? 同じ薬を飲んでも仕方ないと思いますし」

「ああ、分かった。私が使ったのは――」


 リッジベルトさんが告げた薬の名前は熱冷ましの薬として有名なものだった。

 胃を痛める可能性はあるが、かなり強力で、飲んで30分も経てば効いてくるはず。

 それが効かないというのなら、私たちが普通に取り扱っている薬では難しいかもしれない。


「……」


 ちらりとリッジベルトさんの顔を見る。よほど奥さんのことが心配なのだろう。彼の顔色は酷いものだったし、看病で眠れていないのか目の下には隈もできていた。

 見ていられないような有様だ。


 ――うう。仕方ない、か。こんなの、見過ごせないよね。


 腹を括り、こっそり聖女の力を使う。


 ――この薬に、更なる癒やしの効果を。


 大きな奇跡ではないので、心の中で願うだけだ。薬瓶には液体の飲み薬が入っていたが、それが一瞬キラキラと輝いた。


 ――これでよし。


 この薬を飲めば、間違いなく奥さんの熱は下がるだろう。

 何せ、神の奇跡が宿った薬だ。

 何食わぬ顔でリッジベルトさんにできあがった薬を渡す。


「はい、これをどうぞ。特別な処方にしたので、今飲んでいるものより効くと思いますよ」

「本当かい? ありがとう、本当に助かるよ……!」

「いいえ。早く良くなるといいですね」

「ありがとう……。君の店に来て良かった……!」

「お大事に」

 

 通常分の代金を受け取る。リッジベルトさんは何度も礼を言って店を出て行った。


「はあ……」


 誰もいなくなったところで息を吐く。

 近くにあった小さな丸椅子に腰掛ける。今日は私ひとりで店番だったのだが、ちょうど良かったかもしれない。

 私に店を任せた父は、朝から薬草を取りに近くの森に出掛けている。母と妹は二階で昼ご飯を作っている最中だ。

 店にいるのは私だけ。見咎める人が誰もいない状況に、ホッと息を吐いた。


「またやっちゃった」


 ――最近、今みたいなことが増えていた。


 病気や怪我の症状が酷いという話を聞き、つい、聖女の力を使ってしまうのだ。

 あまりよくないと分かっている。身バレを防ぐことを考えればやるべきではないのだとも。

 だけど、だけどだ。

 目の前で辛そうな顔をして、親しい人を助けたいと言われて、無視できるか?

 助けられる手段を持っているのに見なかった振りをすることは、さすがの私もできなかった。

 そうしてこの人も、この人もと続けているうちに、大体の薬に奇跡を付加することになっている事実は……気づきたくないのだけれども。

 おかげで、最近うちの店は非常に評判が良い。

 口コミで噂が広がっているのか、よく効く薬を売ってくれると、明らかに客数が増えているのだ。

 近所の人だけならまだいい。だが、最近ちょくちょく貴族階級の人たちの姿も見るようになった。彼らは明らかに平民と格好が違うから一目で分かる。藁にでも縋りたい気持ちでうちの店を訪ねてくるのだろうが、あまりいい傾向ではなかった。

 だって、どこで城や神殿の関係者と繋がるか分かったものではないではないか。

 毎日がヒヤヒヤものだ。だけど止める気はなかった。

 だって、それで止めてもし誰かが死んでしまったら――考えるだけでも無理だと思った。

 別に善人というわけじゃない。

 知っているのに何もせず、見過ごすというのはどうしてもできなかっただけだ。

 知らないのなら無視できた。だけど目の前に来て助けて欲しいと言われて、放っておけるほど、私は悪人ではなかったようで。


 ――大丈夫。大した奇跡じゃないもの。


 薬の効果をほんの少し高めるだけ。ただ、それだけの効果だ。

 たったそれだけの小さな奇跡で、救える命がたくさんあるのだ。

 だから。


「どうか城と神殿関係者に見つかりませんように」

 

 この小さな奇跡を続けていくために、それこそ神に祈るしかない。

 どこまで効果があるのかは分からないけれど、これでも元大聖女と呼ばれたくらいなのだ。少しは祈りが届くと期待したい。

 だが、フラグというのは容赦ないもので、その一週間後、私は自らの首を絞めることになるのである。

 


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お尋ねの元大聖女は私ですが、名乗り出るつもりはありません
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