12
「……キャシー」
「っ! レティ!」
名前を呼ぶと、パアッと顔を輝かせた彼女が私に抱きついてくる。それを受け止め、私は言った。
「はしゃがないで。呪いは去ったとはいえ、体力は底辺まで落ちているんだから。大人しくして」
「だ……だって……」
「二十年経っても、全然変わらないじゃない。あなたは昔のままね」
「っ……当たり前よ。わたくしは……ずっと……」
感極まったのか、キャシーが大声で泣き始めた。私をギュウギュウに抱きしめ、泣きながら言う。
「レティ、レティ……あなたなのね」
「……ええ、そうね。自分でも信じられないけど、戻ってきたわ」
輪廻転生。しかも記憶を持ったまま生まれ変わってくるなど思いもしなかった。だけど現実は小説よりも奇なり。
事実として私は今、ここにこうやって存在している。
「ごめんなさい。知らない振りをして」
小さく告げると、彼女は私に抱きついたまま、ブンブンと首を横に振った。
「良いの……もう、全部良いの……」
そうして涙ながらに謝ってくる。
「わたくしの方こそあなたに謝らなければってずっと思っていたの。ごめんなさい、レティ。わたくしのせいで、あなたを死なせてしまった。わたくしがいなければ、あの日、あなたは命を落とすこともなかったのに……!」
「……キャシー」
まさかここでその話を出されるとは思わなかったので、軽く目を見開く。慌ててポンポンと彼女の背中を軽く叩いた。
「え、ええとね、別にあれはあなたのせいじゃないわ。私がそうすると決めただけ。私、あの時の決断を後悔していないの。結果として、守りたいものを守れたのだから」
「で、でも……」
ぐしぐしと泣き続けるキャシーを見ていると、初めて会った時のことを思い出す。虐めから助けた時、彼女は泣いて私に縋ってきたのだ。
大人になり、ずいぶんと成長したなと思っていたが、やっぱり全然変わっていない。
私は宥めるように彼女に言った。
「キャシーが責任を感じる必要はどこにもないわ。それにほら、こうして再会できたわけだしね。ねえ、もう良いから泣き止んでよ。私、キャシーの笑った顔が見たいな」
「……レティはいつもそう」
ぐすっと鼻を啜り、キャシーが恨めしげな顔で私を見てくる。
その表情は酷く幼くて、本当に昔のままだった。
思わず笑ってしまう。
「どうして笑うの!?」
「え、キャシーがあまりにも昔のままだったから楽しくて」
ここには王妃然としたキャシーではなく、私の知っている昔のままの彼女がいる。それがどうにも嬉しかったのだ。
笑っているとキャシーは頬を膨らませた。そういう仕草も以前のままで、全てが懐かしい。
いつまでも抱きついて離れないキャシーを少々無理やりではあるけれども放し、ベッドに横になるように告げる。
彼女は大丈夫だと訴えてきたが、却下した。
体力を消耗しているのは事実なのだ。正体がバレてしまった以上、逃げも隠れもしないから大人しくして欲しい。
キャシーがベッドに横になったのを確認し、元に戻っていた髪色を茶色に変えた。それを見ていたキャシーが言う。
「……ねえ、レティ。あなた、今、わざと落ち零れ聖女候補を演じているのよね」
「えっ……」
ぽつんと零された言葉を聞き、硬直する。キャシーを見ると、彼女は「そうでしょう?」と不思議そうに言った。
「だって、今だって普通に力を使っていたもの。でも、あなたは落ち零れだという噂。わざとと考えるのが自然ではなくて?」
「い、いやまあ、そう、なんだけど」
「どうして?」
真っ直ぐに見つめられ、私は正直に答えた。
「聖女になんてなりたくないから。私はさっさと実家に帰りたいのよ」
私の答えを聞いたキャシーが顔色を変えた。
「えっ、どういうこと? レティ、神殿から出て行くつもり!?」
「当たり前でしょ。キャシーにバレたのはもう仕方ないと思っているけど、私は聖女としてもう一度立つ気はないんだから。さっさと聖女失格の烙印を押して貰って、一般庶民に戻りたい。今世は平穏な人生を送りたいのよね」
「嘘でしょう? わたくしと一緒にいてはくれないの?」
しみじみと告げると、キャシーはまた泣きそうな顔をした。起き上がると私の肩を掴み、ブンブンと揺さぶってくる。
「わたくし、もうレティと離れるなんて絶対に嫌よ! せっかく取り戻した友人をもう一度失ってたまるものですか!」
「そう言われても……聖女業はもう懲り懲りだし」
正直に告げると、キャシーはハッとしたように少し離れた場所にいるテオに言った。
「テオ! あなたがここにいるということは、あなたもレティの事情を知っているのですね!? どういうことです。あなたはレティがこのままわたくしたちから離れてもいいと、本気で思っているのかしら!?」
カッと目を見開くキャシーが少し怖い。テオも勢いに気圧されたかのように一歩後ずさった。それでもはっきりと自分の意見を言う。
「……レティシア様の事情はもちろん存じています。ですが僕はレティシア様に協力したいと考えています」
「どうして!」
「……どうしても何も、二度とあのような犠牲をレティシア様に払わせたくないからですよ。王妃様ならおわかりになるかと思いますが」
「っ、それ、は……」
静かに告げられた言葉に、キャシーが声を詰まらせる。そんな彼女に私は言った。
「ごめんね、キャシー。あなたのことは今も親友と思っているけれど、でも、それとこれとは別なの。私は二度と聖女として立ちたくない。だからキャシーには悪いけど、私はこれからも元大聖女レティシアだなんて名乗る気はないわ。落ち零れのまま過ごして、円満に聖女候補の任を解いて貰うつもり」
「……レティ」
何とも情けない顔をする親友に、眉を下げる。
「……だからキャシーにも言いたくなかったのよ。だってほら、そんな顔をされるって分かっていたから」
キャシーの顔に手を伸ばす。その頬に触れ、次に乱れてしまった髪を撫でる。
大切な親友。今だって、彼女のためならなんでもしてあげられると断言できる。
でも、進む道くらいは私に選ばせて欲しい。他でもない、私の人生なのだから。





