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――これ、一瞬でも気を抜けば、終わりな気がする。
最後の足掻きのように強くなる呪いを祓う。おそらく今頃カタリーナ様も頑張っているのだろう。
彼女の力が保てば良いけれど。
心配ではあるが、私はキャシーを助けるだけで精一杯で、他を見る余裕なんてない。
結局、聖女だなんだ言ったところで、万能ではないのだ。
アイラート神とは違い、私の手は二本しかなく、それ以上は助けられない。
「う……ううう……」
「大丈夫。大丈夫だから」
常に呪いに侵されている状態の彼女に声を掛け続ける。呪いは払い続けているから、必要以上に負荷は掛かっていないはずだけれど、これまでが長すぎた。
すでにキャシーの体力は限界で、一瞬でも気を抜けば、彼女は儚くなってしまうだろう。
「そんなこと、させない」
ひたすら力を流し込む。一進一退の攻防。冷や汗を流しながらも、一心にキャシーの呪いを祓い続けた。
「……あ」
どれくらい時間が経ったのか、突然、祓っても祓っても舞い戻ってきていた呪いが、戻って来なくなった。
念のため、様子を見ても、呪いが再度やってくる気配はない。今まで何度祓っても戻ってきた黒い靄は完全にその姿を消していた。
目を瞬かせる。
もしかしなくても、ノア王子が呪いの大元を退治したのだろうか。いや、それしか考えられない。
きっと彼はその能力をいかんなく発揮し、呪いの大元となった魔物を今度こそ倒し尽くしたのだろう。そうして新たな呪いは送られなくなった。そういうことなのだ。
「そっか……良かった」
ホッとし、ずっと握っていたキャシーの手を離す。
改めて丸椅子にどっかりと座り、大きく息を吐いた。
「レティシア様?」
私の雰囲気が変わったことに気づいたのか、テオが声を掛けてくる。
彼は今までずっと私の邪魔にならないよう、気配を限界まで消してくれていたのだ。そんな彼に振り向き、告げる。
「大丈夫よ、テオ。呪いはもう来ない。ノア殿下が魔物を倒して下さったみたい」
「! そう、ですか! では、やはり魔物が原因で?」
「状況的にもそうだとしか考えられないわね。とにかくもうキャシーは大丈夫。カタリーナ様も今頃息を吐いている頃ではないかしら」
「……良かった」
息を詰めるように私の話を聞いていたテオが、大きく息を吐き出した。
「本当に良かったです。ありがとうございます、レティシア様。あなたのお陰で僕たちは王妃様を失わずに済みました。あなたがいて下さらなかったら、きっと今頃王妃様は儚くなられていたことでしょう。本当に感謝致します」
深々と頭を下げるテオに、苦笑で返す。
「お礼を言われるようなことではないわ。確かに私が出てこなかったらキャシーは死んでいたかもしれない。でも、それを許せなかったのは私の都合だから。私がしたくしてしたことだからお礼なんて要らないの。私はキャシーを助けたかった。ただ、それだけだったのだから」
「レティシア様……」
目を潤ませるテオ。ようやくひと息ついた気持ちになった私は、丸椅子から立ち上がった。
キャシーの容態も落ち着いたことだし、今の内にこの部屋から退出してしまおう。そう思ったのだ。
でも――。
「行かせないわ」
「えっ……」
予想外の強い力が私の手首を掴んだ。振り返ると、いつの間に目を覚ましたのかキャシーが強い目で私を見ている。
まずい、とそう思った時には彼女は口を開いていた。
「レティ」
「……」
名前を呼ばれ、黙り込む。覚悟を決めたと言っても、まさかこのタイミングとは思わなかったので、自分がどう行動すればいいのか分からない。
寝衣姿のキャシーが、私の手首を掴んだまま起き上がる。彼女は今にも泣きそうな顔をして言った。
「やっぱり……あなただった。わたくし、ずっと待っていたの」
「……」
「ねえ、なんとか言って。これは夢じゃないとわたくしに教えて? レティ、レティなんでしょう?」
握られた手首が痛い。夢になどしない。逃がさないのだと態度で示され、途方に暮れた。
彼女が私の目を見つめたまま語る。
「呪いを受けてからずっと苦しくて……でも突然楽になって。そうしたら目の前に懐かしいあなたの顔があったのよ。昔からそう。わたくしが苦しんでいる時は、いつだってあなたが助けてくれた。それが今も続いていることを知って、わたくしがどれだけ嬉しかったか分かる? 本当にずっと待っていたのよ」
ぽろぽろとキャシーの目から涙が零れる。その表情は喜びに満ちていて、彼女が私と再会したことを本当に喜んでいるのが伝わってきた。
「……」
一瞬、知らぬ存ぜぬで逃げ通そうか考え、自分の髪色が、今、銀色に戻っていることを思い出した。
この姿でしらを切っても仕方ない。それに、ここに来たのは私の意思なのだ。
キャシーが涙をこぼしながら私に訴えてくる。その顔はやつれていて、長い間呪いと戦っていた形跡が痛々しかった。
「ねえ、レティ。まだしらを切るの? わたくしにそんな姿を見せて、わたくしを助けておきながら、違うなんて酷いことを言うの? お願いよ、レティ。これ以上わたくしの心を潰さないで……あなたが死んだと聞いた時、わたくしがどんな気持ちだったか、少しくらいは想像してくれないの?」
お願いだから否定しないでくれとその顔が言っていた。
縋るような表情は、昔、私とどうしても友達になりたいのだと何度も突撃してきた時のままで変わらない。
私に受け入れて貰えなければ、壊れてしまうのだと、そんな顔をして私を見てくる。
泣き濡れた顔がどうにも辛く……私ははあっと諦めの息を吐いた。
もうしょうがない。
ここまで来て、違うなんて言いたくない。親友をこれ以上裏切れないと思った。





