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ガリッとノア王子が唇を噛んだ。彼も分かっているのだろう。その判断が正しいものだということを。
だけど彼にとっては母親なのだ。
母親が見捨てられたと知り、平静でいられるはずがない。
だが、カタリーナ様もそろそろ限界だったはず。
国王のところへ行ったところで、呪いを解呪することはできるのだろうか。
いや、カタリーナ様ならどんなに辛くてもやるだろう。
彼女がそういう人だと知っている。
「……分かりました。僕が王妃様のところに参りましょう」
誰もが何も言えない中、発言したのはテオだった。
彼は皆を見回し、静かに言う。
「確かに僕では呪いを断ち切ることはできません。ですが、症状を緩和するくらいならなんとかできるかもしれない。いや、してみせます。ですから殿下、僕が王妃様を、カタリーナ様が陛下を看ている間に、呪いの元を絶ちきって下さい。もう、それしか方法がありません」
キッパリと告げるテオ。その目は決意に満ちていたが、不安はある。だって魔物が原因というのは推測でしかないのだ。
あくまでもその可能性が高いというだけ。証拠があるわけでもないのに、それに賭けるというのはどうなのだろう。
だが、ノア王子は頷いた。
「分かった。必ず、お前たちが力尽きる前に魔物を倒してくる。それまで、母を頼む」
「承知致しました」
ふたりの声には一切の迷いがなかった。
私の言った可能性を信じ切っているのだ。
いや、違う。もう他に可能性がないというだけなのだろう。
万事休す。尽くせる手は全て尽くした。そこで出てきた魔物の仕業という可能性。
彼らはそこに縋ったのだ。
「すぐに戻ってくる」
私たちに背を向け、ノア王子が走り出していく。報告に来た兵士も頭を下げ、祈りの間を出て行った。
残されたのは私とテオだけ。
テオが私を見て言った。
「僕も行きます。レティシア様、王妃様のことは僕に任せて下さい。僕の命に替えても絶対に王妃様を死なせたりしませんから」
「テオ……」
込められた強い思いに、泣きそうになった。
皆が皆、自分にできることをしている。それなのに私は何をしているのか。
こんな時でさえ、何もせず、落ち零れだからと、ただ待っているだけだというのか。
助けになれる力を持っているのに、見て見ぬ振りをするつもりなのか。
違う。そうではないだろう。
大体、私は大事な人のために動けるようになりたいから、聖女を拒否しているのだ。
家族とか、私が大切に思う人のために動きたい。いざという時、そういう人たちを助けられる己でありたい。
大事な人だけのために生きたいと願っているから、だから聖女を拒絶しているのだ。
聖女では、それを叶えることは難しいから。
それなのに、今、大事な親友がピンチだというのに、私は手をこまねいているだけなのか。
大切な人を守りたいと言ったのは嘘なのか。
保身の方が大切だというのか。
違う。そんなはず、ないではないか。
キャシーは私が大事にしたい人だ。
転生したって関係ない。私にとってはいつまで経っても大切な親友。
彼女を守れなくて、この先の人生を笑って過ごせるわけがない。
「――私も連れて行って」
気づいた時には、声にしていた。
テオが驚いた顔で私を見る。
「レティシア様……ですが」
「私も行くわ。だってキャシーを助けたい。私が行けば、少なくともキャシーを死なせないことくらいはできるもの。だから行く」
連続して襲い来る呪いを断ち切ることはできなくても、カタリーナ様がしていたみたいに、ひたすら呪いを払い続けるくらいはできる。
キッパリと告げた私に、テオが何とも言えない顔をする。
「でも……それは王妃様の前で力を使うということに……なりますけど」
「だから何?」
「レティシア様」
テオの目をしっかりと見つめる。覚悟は決めた。私はキャシーを助けたい。
「それで、もしキャシーを失ったら? その方が私は嫌。キャシーに正体がばれるくらいのリスク、負ってやるわよ」
「……」
「あなたの気持ちは嬉しい。だけど、キャシーは見捨てられないの」
「……親友、でしたものね」
「うん」
小さく呟かれた言葉を肯定する。
そう、キャシーは親友なのだ。大事な、たったひとりしかいない、私の友達。
彼女を助けたい。
そのためなら、どんな無茶でもしてみせるし、最悪正体が知られたって構わない。
キャシーが死んでしまうより、よほどマシだと思うから。
「止めないで。もう、決めたの」
「……」
「バレてもいい。そんなことより大切なものがあるから」
決意を確かめるように見つめられる。その目をじっと見返した。
テオが、はあっと息を吐く。
「そうですね。……レティシア様は昔から頑固でしたものね」
「そうよ。テオが一番よく知っているでしょ」
ふん、と胸を張る。
テオは苦笑し、仕方ないという風に言った。
「分かりました。一緒にいきましょう。実際の話、レティシア様が来て下さる方が助かるんです。僕で助けられるかは正直分からないと思っていましたから」
「任せて。キャシーは私が助けるから」
「……王妃様に正体がばれても、本当にいいんですね?」
念を押すように言われ、首を縦に振った。
「腹は括ったわ。なるようになれって感じよ」
「投げやりですね」
「そう思うしかないじゃない」
助けたいという気持ちが変わらないのだから、そう考えるしかない。
何とも言えない顔をした私を見て、テオも「そうですね」と小さく笑った。





