7
「殿下……」
普段は関わり合いたくないし、会いたいとすら思わない相手だけれど、キャシーを助けたいという思いは同じだ。
本当に一体誰がキャシーを呪っているのだろう。そう考え、少し前にひとりの男性を助けたことを思い出した。
エルフィン人の男の人。
わざわざ町中で精霊魔法を使って姿を消していた彼。
怪しさだけで言うのならかなりのものだ。あの時私は自分の正体を広められることの方が嫌で見逃したけれど、もしかして間違いだったのだろうか。
少し話しただけでも好感の持てる真面目な印象のある人だった。だからルイスウィークに害をなさないという言葉を信じたし、そのまま忘れていたのだけれど、それは正しかったのか。
もしかして今回の事件と何か関わりがあるのでは……そこまで考えたところで妙なものが目に入った。
――ん?
黒い、靄のようなものが彼の肩と背中に張り付いていたのだ。
どこかで見たような……そう思いつつも口を開く。
「殿下。肩にその……黒い靄のようなものが」
「靄?」
ノア王子が己の肩を見ようとするも、彼が認識する前にそれは消えた。
「へ……?」
「? 何もないが?」
「え、いや……ね、ねえテオ! あなたにも見えたよね? 殿下の肩に黒い靄が!」
見間違いなんかではなかった。そう思い、テオに聞くと、彼は困ったように首を横に振った。
「いいえ、レティシア様。僕には何も見えませんでしたが……。見間違いでは?」
「え、そんな。あんなにはっきり見えたのに!」
確かにすぐに消えてしまったけれど、あれが見間違いとは思えない。
ふたりが怪訝な顔で私を見る。
違う、見間違いなんかではないともう一度言おうとしたところで、また黒い靄がノア王子の、今度は反対側の肩についたのが見えた。
「テオ! あれ!!」
慌てて指を指す。テオが「あ!」と声を上げた。
「確かに!」
「ね、あったでしょ?」
そう言っている間にも、発生した靄は消えてしまう。
だけどテオにも認識してもらえたのは良かった。私の見間違いなんかではなかったということが証明されたからだ。
「……俺には何も見えなかったが」
ムスッとした様子でノア王子が言う。
彼には己の肩についていたものが、見えなかったようだ。しきりに肩を気にしながら、「そんなものあったか?」と確認している。
「ありました。ね、テオ。テオも今のは見たもんね!」
「ええ、禍々しさを感じました。すぐに消えてしまいましたが……いやでも、あれと似たような感じをつい最近……」
テオが考え込む仕草を見せる。
ややあって彼は納得したように頷いた。
「思い出しました。今の黒い靄は、王妃様に掛けられている呪いと非常に似ています。いや、そのものと言っていいかもしれません」
「王妃様に掛けられている呪いと同じ?」
ノア王子の前なのでキャシーとは呼ばないよう気をつけながらテオに尋ねる。
彼も神官長という立場にある人間だ。ある程度の目の良さは持っている。強い呪いなら見ることができるのだ。その彼は自信ありげに頷いた。
「ええ、僕の魔法を弾いたものと同じですね。王妃様の呪いには触れていますから分かります。……ん? となると、殿下にも王妃様と同じ呪いが掛かっている、ということになるのですが……」
目を見張る。
キャシーの呪いが王子にも。
それはつまり――。
「血縁者に呪いが広がっていると、そういうこと?」
確認すると、テオは頷いた。
「そう、なりますね……。強い呪いが血縁者にもじわじわと広がって行くというのはよく聞く話ですし……」
「俺に症状が出ていないのは、魔剣ガウェインの加護のせいだろうな」
忌々しいという顔をしながらノア王子が言う。
魔剣の加護の話は、ついこの間も聞いたばかりだ。
魔剣の持ち主であるノア王子は同時に加護を受けていて、瘴気や呪いを受け付けない。そう、言っていた。
ノア王子の説明を聞き、テオも納得したようだった。
「なるほど。魔剣が呪いを弾いているんですね。だから呪いがやってきても殿下に症状が出ない、と」
「殿下にまで呪いが……本当に強い呪いなのね」
解呪してもすぐに新たな呪いが跳んでくるくらいだ。相当の術者が行っているのだろうと思ってはいたが、更に身内にまで攻撃してくるとは。
これは下手をすれば、王家全員に呪いが行ってしまうのでは……そう思ったところで気がついた。
こんな強大な呪い、果たして人間に可能だろうか、と。
神官長や聖女すら手に負えない呪い。そんなものを人間が掛けられるとはとてもではないが思えなかった。
たとえばだけど、先ほど考えていた精霊使いの彼。あの彼にこのレベルの呪いが掛けられるかと聞かれたら、答えはノーだ。
いくら精霊魔法といえども、それを使役するのは人間なのだ。できることとできないことがある。そしてこれはできないことだ。
ならば、可能とするのはどんな存在なのか。
答えは簡単。それは、人外に他ならない。
つまり、契約主を持たない力の強い上位精霊やそれこそ神……あとは、力の強い魔物、とか。
「あっ……」
「どうしました?」
声を上げた私を、テオが不思議そうな顔で見つめてくる。そんな彼に私は言った。
「ね、ねえ、呪いを掛けているのが、魔物というのは考えられない?」





