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「分かりません。今、ノア殿下や城の騎士たちが、必死で該当者を探しています。こうなったらもう、呪いを掛けている当人を見つけるしかないので……」
「そうよね」
解いてもまた呪いを掛けられる現状では、そうするしかない。
だけど、呪いとは、解けば術者に返るもの。
何度も何度も同じ人物に呪いを掛け、それなのに術者は無事だというのか。
そんな、聖女すら手に負えない呪いを掛けられるような人物が、この国にいただろうか。
いくら考えても該当する人物はいなかった。
「キャシーもだけど、カタリーナ様も大丈夫なの?」
ずっと奇跡を使い続けているという彼女のことが気になり、尋ねる。
「今のところは。王妃様には申し訳ありませんが、キリがありませんので、呪いが酷くなったタイミングでカタリーナ様には解呪していただく方法に切り替えました。その間に少しでもカタリーナ様には回復していただく……そんな感じですね。今のペース的には、二、三時間に一回といったところでしょうか」
「でも、それじゃあまとまった休みは取れないんじゃないの?」
「はい。ですが、それ以上は王妃様がもちませんので」
「……」
カタリーナ様に頑張ってもらうしかないのだと、テオは苦しげに告げた。
唇を噛みしめる。
分かっていたはずだ。
私が私であることを隠すということは、こういう時、力になれないということだと。
私は己の力も碌に扱えない駄目聖女候補で、だからキャシーを助けにはいけない。
それでいいと決めたはずなのに、親友が苦しんでいる時に手を差し伸べられない己が人でなしのように思える。
「……」
ギュッと拳を握りしめ、俯く。テオが慰めるように言った。
「レティシア様だけが気に病む必要はありません。僕も賛成したことですし、もしここであなたが正体を晒せば、今までの色々なことが台無しになるでしょう?」
「それは……そう、だけど」
今、苦しんでいるキャシーを、それを必死に助けようとしているカタリーナ様を、私はただ見ているだけなのか。
解決はできなくても、たとえば、カタリーナ様と交互に看病をする……くらいの手伝いはできるのに。
「私……」
「一時の感情で、正体を晒すのはお止めになった方がいいかと。あとで絶対に後悔すると分かっていますから」
厳しくテオが言った。
彼の言う通りだ。ここで私が聖女だと名乗り出たら、きっと私は後悔する。
そして、言わなくてはならないとしても、今このときではないとも分かっていた。
「……」
何も言えず、床を睨み付ける。
テオが静かな声で言った。
「確かにカタリーナ様はあまり力の強くない聖女です。ですが、同時にこの国を今まで支えて下さったのも確かに彼女なのです。信じましょう、レティシア様。カタリーナ様を。僕たちにできるのは、カタリーナ様を信じることだけです」
「……そう、ね」
なんとか返事をする。
何もできない己が、ただただ悔しかった。
◇◇◇
キャシーが倒れて一週間が経った。
彼女に掛けられた呪いは変わらず、今もキャシーを苦しめ続けている。
数時間に一回、カタリーナ様が呪いを解く。次に呪いを掛けられるまでがキャシーの短い安息の時間だ。
カタリーナ様も必死に頑張ってくれている。
ほぼつきっきりの状態。キャシーの枕元に座り、様態を見極め、今も呪いを解き続けている。
リアリムはお付きとしてそんな彼女に付き従い、食事を差し入れたり、細やかなサポートを行ったりしている。
ノア王子は騎士たちを引き連れ、己の母親を呪った相手を捜し回っているようだ。
該当しそうな人物に順に当たっていっているようだが、今のところ手応えはゼロ。
そろそろ、犯人候補となりそうな者もいなくなりそうな感じだった。
テオは神官長なので、仕事が山積み。
城にいるリアリムからの情報は耳に入れているけれども、それだけを気にしてはいられない。
皆が皆、自分にできることを必死でやっていた。
そんな中、私はといえば、さすがに何もしないわけではなく、自ら立候補して、カタリーナ様の仕事を代行していた。
もちろん、奇跡を使う仕事は無理なので、それ以外のものだけど、何もしないよりはマシだろうし、そう思いたかった。
神殿での祈りや、信者たちの話を聞くことなら昔取った杵柄で、私にもできる。
神殿に聖女がいない現状、代われるものは代わってあげたかった。
それくらいしか私にできることはないから。
「……今日で一週間が経つけど……相変わらず進展はなし?」
カタリーナ様の代わりに朝の祈りを終えた私は、側にいたテオに話し掛けた。
祈りの間での業務。
この一週間の間、彼女は一度も神殿の方に戻ってはいないのだ。
ずっとキャシーの側につき、頑張り続けている。
「カタリーナ様ももう限界でしょう? 殆ど眠れていないんだもの……」
二、三時間おきに解呪するということは、その合間でしか眠れないということを意味する。
ずっとそれだけを続けている生活。そろそろカタリーナ様の身体は限界だと誰もが気づいていた。
「呪いを掛けている人が分かれば良いのだけれど……」
騎士やノア王子が頑張っていることは分かっている。だけど、奇跡で呪いを解くことが解決策にならない現状、そちらに期待するしかないのだ。
「残念だが、こちらも手詰まりだな」
「ノア殿下!」
祈りの間の扉が開く。入っていたのはノア王子だった。
この一週間、ずっと走り回っていたのだろう。いつもより疲れているように見える。
彼は私とテオのところに歩いてくると、近くの柱に背中を預けた。
「……母上に呪いを掛けそうな人物、高度な呪いを掛けることが可能な魔法師、全て当たったが該当者はいなかった。……振り出しに戻ったな」
「……そう、ですか」
疲れた彼の顔を見て、そうではないかと予想はできたが、それでもがっかりしてしまう。
呪いを掛けた相手が分かれば、何とかなる。だからそれまでカタリーナ様に頑張って貰えればと思っていたからだ。
私と同じようにがっかりしたテオが、ノア王子に言った。
「カタリーナ様もそろそろ限界かと。細切れに休息を取ってはいらっしゃいますが、やはり圧倒的に睡眠時間も休憩時間も足りませんので」
「だろうな。……あの女、カタリーナはよくやってくれていると思う」
「……」
いつもカタリーナ様に対して酷いことしか言わないノア王子が、彼女を認める発言をしたことに少しだけ驚いた。
いや、自分の母親を助けてもらっているのだ。いくら彼でも、いつものような暴言を吐こうとは思わないのだろう。当たり前のことだ。
ノア王子が悔しげに言った
「忌々しい呪いだ。解いても解いても何度でも蘇り、母上を苦しめる。首謀者さえ分かれば、俺が首を取ってくるものを……何のヒントもないのでは探しようもない。口惜しい」
がん、と柱に拳をぶつける。
その様子を不思議な思いで見つめた。
転生した彼にとって、キャシーはどういう認識になるのだろうかと少しだけ気になっていたから。だけどそれは要らぬ心配だったようだ。
私が今の母を己の母親だと認識しているように、ノア王子もまたキャシーを自身の母だと思っている。
父王のことを彼は『兄上』と呼んでいたが、多分、本当は父と認識しているのだろう。
前世と今世は違うことを理解しているのだ。
己の母親が苦しんでいることを、何ともしてやれないことを悔しがっている。
その気持ちは痛いくらいに分かった。私もこの一週間の間、親友を助けられないもどかしさと悔しさを感じ続けていたからだ。





