表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/83

5

◇◇◇


「……」


 恐ろしく長い時間が流れた気がする。

 夜中になっても誰も帰ってこない。神殿の中は静まり返り、怖いくらいだ。

 眠れない。

 帰ってこないということは、キャシーは回復していないという意味でもある。

 一体城では何が起こっているのか。テオが帰ってくれば聞けるのにと思っても、彼も一度もこちらには戻って来ていない。

 焦りだけが募り、眠ることなんてできなかった。


「駄目。目が冴えて、変なことを考えちゃう」


 気持ちが辛くなる一方で、我慢できない。

 耐えきれなくなった私はひとりベッドから起き出し、着替えてから外へ出た。

 外に見張りとして立っている兵士と目が合う。


「……どこへ向かわれるおつもりですか」


 基本、落ち零れの私は神官見習いたちに馬鹿にされているのだが、この兵士は一応敬語で話し掛けてくれるだけ、マシだった。


「自己満足だと分かっているけど、祈りの間で祈ってこようと思って」

「……」

「駄目、かな」

「……お気を付けて」


 こんな夜中に、と言いたかったのだろうが、結局兵士は私を行かせてくれた。

 お礼を言い、神殿の祈りの前へと向かう。


「さむ……」


 夜中だからか、神殿は酷く寒くて、吐く息が白かった。

 誰もいない祈りの間に入る。

 アイラート神の像があるところまで歩いた。


「……私が助けてあげられたらいいのに」


 小さく呟く。

 今も親友のキャシーが苦しんでいると思うと、落ち着くことなんてできなかった。

 そっと神の像に触れる。

 奇跡は簡単に起こせるけれど、それなりにルールというものがある。

 まず、自分の力以上の奇跡は起こせないこと。

 生命力で補うことはできるが、それでも足りない場合は奇跡は起こせず、しかも死んでしまうこと。

 自分以外を対象にするのなら、できるだけその対象の近くにいること。

 あと、傷や病気を治す時は、その人自身に触れなければならない。聖女から力が発せられると考えれば、それは当然だと思う。

 前にしたように、薬瓶に力を付与することは可能だが、当然触れた方が効果は高い。

 今回の場合なら、間違いなくキャシーに触れる必要があるだろう。

 テオの力も効かないような強い呪いという話なのだから。


「……キャシー」


 神の像に触れ、親友の名前を呟く。

 ぎいと扉が開く音がした。ゆっくりとそちらを向くと、疲れた様子のテオが祈りの間に入ってきた。


「テオ」


 彼の姿を認め、名前を呼ぶと、彼は私を見て小さく笑った。


「こんなところにいらっしゃったのですね、レティシア様。もう夜も遅いです。冷えますよ。風邪を引かれたらどうなさるおつもりですか」

「眠れないもの。テオ、キャシーは? キャシーの呪いは解呪されたの?」


 事情を知っているテオの下へと向かう。

 彼は私の顔を見て、言いづらそうに口を開いた。


「……無事、とは言い難いです」

「え、どういうこと……」


 自分の顔色が変わったのが分かった。彼は疲れた顔をしながらも、私の問いかけに答えてくれた。


「リアリムから聞いたかもしれませんが、僕の魔法では王妃様の呪いには太刀打ちできませんでした。あのあと、カタリーナ様が来て下さって、奇跡で呪いを解呪して下さったんです。そこまでは良かった。王妃様の顔色も良くなり、皆がホッとしたんです」

「……うん」


 テオの言うことを一言一句逃すまいと耳を澄ます。

 次に彼が何を言うのか怖かったけど、親友のことだから正確なところをきちんと知りたかった。


「王妃様の呼吸が穏やかなものになったことを確認し、カタリーナ様は神殿に帰ろうとなさいました。その、次の瞬間です。また、王妃様が苦しみ始めたのです。何事かと思いました。呪いは確かに解呪されたはずなのにって。でも、確かに王妃様は苦しまれていて、もう一度呪いが掛けられたとしか思えませんでした」

「もう一度? そんなことあり得るの?」

「分かりません。僕が知っている限り、前例はないと思います」

「そう、よね」


 呪いは解けば終わるものだ。

 それがもう一度、なんて。しかも解呪された直後に。


「誰もがあり得ないと思いましたが、王妃様が苦しまれているのは事実です。カタリーナ様には申し訳ないと思いましたが、もう一度、奇跡の行使をお願いしました。カタリーナ様は快く頷き、再び解呪して下さいましたが……駄目、でした」

「駄目、というのは?」


 どういう意味だとテオを見る。彼は力なく告げた。


「何度解呪しても、駄目なんです。解呪したと思った次の瞬間には、新たな呪いが王妃様を襲っている。そんなことあるはずないのに、でも、目の前では起こりえないはずのことが起こっていて。……今もカタリーナ様は奇跡を使い、王妃様を癒やし続けています」

「何それ……」

「何度呪いを解いても、新たな呪いが王妃様に襲いかかる。それをカタリーナ様が解き続けて……呪いを解くこと自体はそんなに大きな力を要しませんが、何十度と続くとさすがに厳しい。カタリーナ様も頑張って下さっていますが、かなり疲労していらっしゃいます」

「……」


 聞かされた話に呆然とした。

 何度解いても、戻ってくる呪い。

 そんなものあるはずないと思うのに、現実にその呪いは存在している。

 信じられないと思いつつも、テオに聞いた。


「……だ、誰がキャシーを呪っているの?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
★書籍版公式ページはこちら!! 書籍、電子書籍と共に8月10日発売予定!

お尋ねの元大聖女は私ですが、名乗り出るつもりはありません
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ