5
◇◇◇
「……」
恐ろしく長い時間が流れた気がする。
夜中になっても誰も帰ってこない。神殿の中は静まり返り、怖いくらいだ。
眠れない。
帰ってこないということは、キャシーは回復していないという意味でもある。
一体城では何が起こっているのか。テオが帰ってくれば聞けるのにと思っても、彼も一度もこちらには戻って来ていない。
焦りだけが募り、眠ることなんてできなかった。
「駄目。目が冴えて、変なことを考えちゃう」
気持ちが辛くなる一方で、我慢できない。
耐えきれなくなった私はひとりベッドから起き出し、着替えてから外へ出た。
外に見張りとして立っている兵士と目が合う。
「……どこへ向かわれるおつもりですか」
基本、落ち零れの私は神官見習いたちに馬鹿にされているのだが、この兵士は一応敬語で話し掛けてくれるだけ、マシだった。
「自己満足だと分かっているけど、祈りの間で祈ってこようと思って」
「……」
「駄目、かな」
「……お気を付けて」
こんな夜中に、と言いたかったのだろうが、結局兵士は私を行かせてくれた。
お礼を言い、神殿の祈りの前へと向かう。
「さむ……」
夜中だからか、神殿は酷く寒くて、吐く息が白かった。
誰もいない祈りの間に入る。
アイラート神の像があるところまで歩いた。
「……私が助けてあげられたらいいのに」
小さく呟く。
今も親友のキャシーが苦しんでいると思うと、落ち着くことなんてできなかった。
そっと神の像に触れる。
奇跡は簡単に起こせるけれど、それなりにルールというものがある。
まず、自分の力以上の奇跡は起こせないこと。
生命力で補うことはできるが、それでも足りない場合は奇跡は起こせず、しかも死んでしまうこと。
自分以外を対象にするのなら、できるだけその対象の近くにいること。
あと、傷や病気を治す時は、その人自身に触れなければならない。聖女から力が発せられると考えれば、それは当然だと思う。
前にしたように、薬瓶に力を付与することは可能だが、当然触れた方が効果は高い。
今回の場合なら、間違いなくキャシーに触れる必要があるだろう。
テオの力も効かないような強い呪いという話なのだから。
「……キャシー」
神の像に触れ、親友の名前を呟く。
ぎいと扉が開く音がした。ゆっくりとそちらを向くと、疲れた様子のテオが祈りの間に入ってきた。
「テオ」
彼の姿を認め、名前を呼ぶと、彼は私を見て小さく笑った。
「こんなところにいらっしゃったのですね、レティシア様。もう夜も遅いです。冷えますよ。風邪を引かれたらどうなさるおつもりですか」
「眠れないもの。テオ、キャシーは? キャシーの呪いは解呪されたの?」
事情を知っているテオの下へと向かう。
彼は私の顔を見て、言いづらそうに口を開いた。
「……無事、とは言い難いです」
「え、どういうこと……」
自分の顔色が変わったのが分かった。彼は疲れた顔をしながらも、私の問いかけに答えてくれた。
「リアリムから聞いたかもしれませんが、僕の魔法では王妃様の呪いには太刀打ちできませんでした。あのあと、カタリーナ様が来て下さって、奇跡で呪いを解呪して下さったんです。そこまでは良かった。王妃様の顔色も良くなり、皆がホッとしたんです」
「……うん」
テオの言うことを一言一句逃すまいと耳を澄ます。
次に彼が何を言うのか怖かったけど、親友のことだから正確なところをきちんと知りたかった。
「王妃様の呼吸が穏やかなものになったことを確認し、カタリーナ様は神殿に帰ろうとなさいました。その、次の瞬間です。また、王妃様が苦しみ始めたのです。何事かと思いました。呪いは確かに解呪されたはずなのにって。でも、確かに王妃様は苦しまれていて、もう一度呪いが掛けられたとしか思えませんでした」
「もう一度? そんなことあり得るの?」
「分かりません。僕が知っている限り、前例はないと思います」
「そう、よね」
呪いは解けば終わるものだ。
それがもう一度、なんて。しかも解呪された直後に。
「誰もがあり得ないと思いましたが、王妃様が苦しまれているのは事実です。カタリーナ様には申し訳ないと思いましたが、もう一度、奇跡の行使をお願いしました。カタリーナ様は快く頷き、再び解呪して下さいましたが……駄目、でした」
「駄目、というのは?」
どういう意味だとテオを見る。彼は力なく告げた。
「何度解呪しても、駄目なんです。解呪したと思った次の瞬間には、新たな呪いが王妃様を襲っている。そんなことあるはずないのに、でも、目の前では起こりえないはずのことが起こっていて。……今もカタリーナ様は奇跡を使い、王妃様を癒やし続けています」
「何それ……」
「何度呪いを解いても、新たな呪いが王妃様に襲いかかる。それをカタリーナ様が解き続けて……呪いを解くこと自体はそんなに大きな力を要しませんが、何十度と続くとさすがに厳しい。カタリーナ様も頑張って下さっていますが、かなり疲労していらっしゃいます」
「……」
聞かされた話に呆然とした。
何度解いても、戻ってくる呪い。
そんなものあるはずないと思うのに、現実にその呪いは存在している。
信じられないと思いつつも、テオに聞いた。
「……だ、誰がキャシーを呪っているの?」





