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◇◇◇


「神官長! 大変です!!」


 それは、天気の良いある日のこと。

 聖女の務めである午後の祈りの時間を終えた直後の話だった。

 私とカタリーナ様、そしてリアリムとテオといういつもの面々で多少の雑談を交わしていたところ、それはやってきた。

 緩やかな空気の流れる祈りの間に駆け込んで来たのは、伝令として使われることの多い、神官見習いのひとり。

 リアリムと同じくらいの年と見られる中肉中背の彼は、息を乱しながら私たちの前に膝をついた。その様子は尋常ではなく、何らかの緊急事態が起きたのだと分かる。


「どうしました」


 落ち着いた声を出したのはテオだ。

 神官見習いは頭を下げ、思いもよらない報告をもたらした。


「先ほど、王妃様が倒れられました。何の予兆もなく、いきなり。王妃様は酷い熱を出しておられるご様子」

「えっ……」


 ――キャシーが?


 王妃ということは、私の前世時代の親友であるキャシーで間違いないだろう。

 彼女が倒れたという話に思わず目を見開いた。

 テオが眉を寄せ、神官見習いから情報を聞き出していく。


「……王妃様のご様態は?」

「あまりよくありません。それで陛下から、神官を寄越して貰えないかと連絡が」

「分かりました。僕が行きましょう」


 神官見習いの言葉にテオが力強く頷いた。

 ほんの一瞬だけど、彼が私を見る。

 テオは私がキャシーと仲が良かったことを知っている。私が心配しているのを分かって、自分がいくと言ってくれたのだろう。

 神官長であるテオが行ってくれれば、私だって安心だ。彼にならキャシーを任せられる。

 話を聞いていたカタリーナ様も熱心に言った。


「そうね。テオが行けば、王妃様のご病気もすぐに快癒なされるでしょう。テオはかなり高度な治癒魔法が使えるもの」

「お褒めにあずかり光栄です」


 テオが小さく頭を下げる。

 神官長という地位にいるだけあって、テオの魔法の腕前はかなりのものだ。

 特に治癒系の魔法は、十八番。


「では、行って参ります」


 私たちに頭を下げ、テオが神官見習いと一緒に祈りの間を出ていく。それをじっと見送った。


「……こんな時、何もできないのって辛いわ。私が出られたら良かったのに」


 ぽつんとカタリーナ様が呟く。

 国にひとりしかいない聖女の奇跡は、そう簡単に使っていいものではないのだ。

 基本的には、聖女にしかできないと判断された時だけ要請がかかる。

 なんでもかんでも聖女に頼ってはいけないというのはその通りだと思うし、聖女を疲弊させないためにも必要だと思うけど、知っている人を助けにいくのも許可が必要なのは辛いところだ。

 聖女の力は勝手に使えない。何故なら聖女の力は、皆に公平に与えられるものだから。

 聖女本人の意思を無視した、馬鹿としか思えない話だ。

 奇跡を行うのは聖女なのに、その当の本人の意思が優先されないなんて。

 私は大聖女という立場にあったお陰で、わりと自由にさせてもらえたところがあったけれど、力が弱いカタリーナ様にはそれは許されていない。

 神殿が許可を出さないと、彼女は奇跡を行えない。


「王妃様、ご無事だといいけど」

「大丈夫ですよ、テオが行ってくれたのですから」


 心配そうに呟くカタリーナ様を励ますように言う。

 熱で倒れただけなら、テオがなんとかしてくれるだろう。

 王妃はきっとすぐ元気になる。

 このときの私たちはそれを疑っていなかった。


◇◇◇


「申し訳ありません、聖女カタリーナ様。出動をお願い致します」


 そう言って、リアリムが頭を下げたのは、私たちが食堂で夕食を食べている時だった。


「え……」

「神官長が治癒の魔法を使いましたが、王妃様は快癒されず。おそらくは厄介な呪いを掛けられたとのことです」


 リアリムの言葉に、カタリーナ様だけでなく私も驚いた。

 昼間、要請に応え、王妃の下へ行ったテオ。

 彼は高熱に苦しむ王妃を楽にしようと、治癒魔法を使った。

 だが、魔法は効かなかった。

 それにより、これはただの熱ではないと判明。

 呪いではないかという話になったのだ。

 だが、たとえ呪いといえど、神官長であるテオの敵ではない。

 彼は慎重に呪いの解呪を行った。

 だが、それは失敗した。

 よほど高レベルの術者が呪っているのか、神官長であるテオの魔法を受けつけなかったのだ。


「神官長でも手に余る案件ということで、先ほど、正式に国から聖女派遣が要請されました。申し訳ありませんが、カタリーナ様、行っていただきませんか」

「もちろん向かいます」


 食事中ではあったが、カタリーナ様は一切気にせず立ち上がった。


「呪いに侵されてお辛いでしょう。私の力がお役に立てるのなら、参りますわ」

「ありがとうございます」


 リアリムが深く頭を下げる。

 私はといえば、キャシーが呪いを受けているという事実に呆然としていた。

 キャシーは人に呪われるような女性ではないことは、私が一番よく知っていたからだ。

 呪われるとすれば逆恨みしかあり得ない。

 でも、誰がキャシーを……。

 考え込んでいる間に、カタリーナ様は足早に食堂から出て行ってしまった。慌てて立ち上がり、見送る。

 今の私は落ち零れの聖女候補でしかない。カタリーナ様と一緒に行っても何もできないし、何かするわけにもいかなかった。

 私にできるのはただ、キャシーの呪いが早く解けてくれるよう願うことくらい。


「お気を付けて」


 準備を整えたカタリーナ様に声を掛ける。振り返った彼女は頷き、リアリムと一緒に城へ向かった。


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お尋ねの元大聖女は私ですが、名乗り出るつもりはありません
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