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◇◇◇
「思い出した!」
夜、家族にお休みなさいを言い、自分の部屋でベッドに入った私は眠りに就く直前、すっかり忘れていたことを思い出した。
ベッドから飛び起きる。
「そうだ、殿下!」
私の言う『殿下』とは、もちろん前世で一緒に死んだノア第二王子のことだ。
彼があれからどうなっているのか、当然私は知っている。
何せ、国を守った聖女と第二王子の話はあまりにも有名だからだ。
今日の昼まで前世の記憶を思い出さなかった私も、二十年前にどんなことが起こったかくらいは常識として有しているのだ。
第二王子ノアは、二十年前、聖女とほぼ同時期に死んだ。
ふたりの亡骸は、大聖堂の裏にある祠に埋葬された。そこまではいい。
そこまでは、妥当だなと普通に思うからだ。
だが、そこからが問題だった。
なんと第二王子ノアは、それから二年後、当時の第一王子で今の国王の息子として生まれ変わっていたのだ。
私と同い年。どう考えても同じタイミングで転生している。
しかも名前はそのまま。可愛がっていた弟を亡くし、悲しみに暮れていた第一王子が、生まれた我が子にその名を与えたからなのだが、なんという運命の因果だろう。
彼が『ノア』その人であることは、すぐに明るみになったわけではない。その事実が公表されたのは、今からほんの二年ほど前。彼が十六歳となり、正式に王太子となった時だ。
彼は立太子の儀の際、国民に自分が第二王子ノアの転生した存在であることを大々的に告げたのだ。
そうしてとても余計なことを言ってくれた。
「俺と同じように、大聖女レティシアもまた転生しているはずだ。まだ、記憶が戻っていない状態で、自分が何者かも分かっていないだろうが。俺たちは約束した。今世では叶わなかったが、次に生まれ変わったら一緒になろうと。俺たちは思い合っていたんだ。俺はレティシアを見つける。そして、彼女を妃として迎え入れる。彼女は俺の婚約者だ」
と。
その瞬間、民衆は湧いた。王子には大きな拍手と歓声が送られた。
驚くことに、二十年前死んだはずの英雄が生まれ変わっていた。そしてその英雄はもうひとりの英雄である聖女と結婚すると言っている。
ふたりは思い合っていて、彼は彼女をきっと見つけるのだと。
基本的に民衆というのは、ハッピーエンドな恋愛話が大好きだ。しかもその主人公が国の英雄ともなれば熱狂するのも当然のこと。
もとより、結ばれることなく悲恋に終わった(ということに勝手になっていた)第二王子と聖女の恋に嘆いていた国民は、今度こそふたりに幸せになって欲しいと大盛り上がりした。
転生など夢物語だと思っていたのに、実在した。しかもその結末を自らの目で見ることができる。
そりゃあ楽しいだろう。
遺憾ながら、当時記憶のなかった私も、実情を知らないから「なんて素敵なロマンス。生まれ変わって結婚の約束を叶えるなんて。是非頑張ってもらいたいし協力できることがあるなら協力したい」などと巫山戯たことを思っていた。
今ならあの時の私をぶん殴ってやりたいと心から思うが、まさかその聖女が自分とか分かるはずないではないか。
というか、だ。
「いつの間に婚約者にされていたわけ? というか、思い合っていたって何」
確かに死ぬ直前、結婚して欲しいとは言われた。だが、それに対し私は言ったはずだ。
「その時は考えます」
と。
断じて結婚しますとは言っていない。それなのに、何故か思い合っていたことになり、挙げ句、婚約者にされている。
前から思っていたが、実に恐ろしい男だ。まさか自身の結婚話をねつ造されるとは思わなかった。
「信じられない……。勝手に婚約とかあり得ないんだけど」
切実に、今すぐ婚約破棄したい。
そもそも、私が転生していると確信しているような台詞が怖すぎる。
幸いなことに今の今まで見つからなかったが、思い出してしまったからこそ、見つかる可能性だってあるわけで。
特に私は聖女としての力が目覚めてしまっているから、その確率は高そうだ。
そしてノアが大々的に『元聖女の生まれ変わりと結婚する』と言い、王家もそれを認めてしまった手前、彼らはなんとしても私を見つけようとするだろう。
当たり前だ。今やノアは世継ぎの王子。
彼が結婚しなければ、色々な意味で困るのだから。
突如訪れた恐ろしい話に、私は自分の身体を抱き締めた。
「い、いやすぎる」
せっかく幸せな一般家庭に生まれることができたのだ。できればこのまま王家や神殿とは関係なく、平和に一庶民として一生を過ごしていきたいと思っているのに。
というか、今の私は聖女でも何でもないただの庶民なので、今世も王子であるノアと結ばれるとかあり得ないのである。
身分差というのがどれほど恐ろしいものか、前世聖女で城に出入りしていた私はよく知っている。あれを己の身で体験するのはごめんだ。
「無理無理。頼むから、どっかの姫様とか、その辺りの釣り合う女性と大人しく結婚してよ……」
あの立太子の儀の時の彼の台詞を思い出すだに、絶対に性格は変わっていないと言い切れる。
傲慢で自分が一番だと思っている俺様王子(ただし実力はある)。それがノアなのだ。
その彼と身分差を乗り越えて結婚? ない。絶対にない。
とはいえ、私の方にも希望はある。
この二年の間、王家は『レティシア聖女の生まれ変わり』を求めて、兵を王都中に派遣した。
もちろん我が家にも来たことがある。だが、誰も私を見つけることができなかった。
当たり前だ。当時の私は、記憶も何もない、ただの娘でしかなかったのだから。
つまり、だ。
一度調べられて「違う」判定を出されている私は、すでに安全圏にいるのでは? ということなのだ。
「……可能性は十分あるよね」
王都は広く、二年が経ったが、全員を調べ終えたとはとてもいえない状況だ。
当たり前だが一度調査が終わった人より、まだ調べていない人を優先するはず。二度も三度も調べるような余裕はどこにもない。
「うん……うん……きっとそう!」
どうやら、知らないうちに連行フラグは回避していたらしい。
気づいていなかったとはいえ、私、よくやった。
それに、そうだ。
何だったら王子に見つかる前に他の誰かと結婚しておけばいいのだ。
さすがに結婚している女に、相手と別れて自分と結婚しろとは言わないだろう。
王子がしていい行動とも思えないし。
突発的な思いつきではあるが、悪くない案だ。
「よし……そういう感じで行こう」
とりあえずはいつも通り過ごしつつ、いい人が見つかったら積極的に結婚へ話を進める。
もうこれしかない。
「ふあああ……ねむ」
安心したら急激に眠気が襲ってきた。
当面の自分の行動が決まったことにホッとした私は、今度こそ落ち着いて夢の世界に旅立つことができたのだった。