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「……探られて痛いのは同じだもの。エルフィン人のあなたが何をしにルイスウィークに来たのか気にならないといえば嘘になるけど、聞かない方が良いのだろうなと思うし」
「聞いて下されば答えますよ。――あなたは私の命の恩人なのですから」
「聞いたら終わりって気がするから良いわ。私とあなたはここでお別れ。その方が良いのよ」
「そう、ですか。――私としては聞いて欲しい気もするのですけど。あ」
今思い至ったというように彼が目を瞬かせる。
「申し遅れました。私の名前は――」
「だから、そういうのは要らないから!!」
慌てて遮った。ブンブンと首を横に振ると、彼は怪訝な顔をする。
「え、でも、名前くらいは。私もあなたの正体を知ってしまったわけですし、フェアでないかと」
一瞬、その正体というのが『元大聖女レティシア』であるということだろうかとヒヤッとしてしまった。
そんなわけはないのに、ちょっと気にしすぎだなと自身を戒める。
「フェアとかそういうのは気にしてくれなくていいから。私とあなたは他人。お願いだからそれでお願い」
「……分かりました」
納得できないという顔をしつつも男はようやく頷いてくれた。
「あなたのご意向は理解しました。ですがもし次に会うことがあれば、このご恩をお返しさせて下さい。その時には私のことを知って頂ければと思います」
「いや、次とかないから」
丁重にお断りさせてもらう。
彼がどういう身分の人かは知らないが、他国の聖女候補である私と知り合えるほどではないだろう。そんな人間が、こんなところでひとりで死にかけているはずないだろうし。
とはいえ、軽はずみに良いよとは言えない。未来に何が起こるか分からないからだ。
「本当に気にしてくれなくて良いの。これは偶然。偶然私が助けられる位置にいただけ」
「その偶然で私は命を助けられました」
「そういうこともあるわよ」
「……」
恨みがましい目でじっとこちらを見つめてくる。これ以上、話を続けても意味がないと思った私は、いい加減ここから離れようと決意した。
「じゃあ、私は行くから。せっかく助けたんだから命は大事にね。あと、できればルイスウィークで妙なことはしないで。……困らせたくない人がいるから」
キャシーを思い出し、告げる。この国の王妃である彼女に迷惑を掛けるような真似はしたくなかった。
男が急いで言う。
「しません! そんなこと絶対に! あの! 本当にありがとうございました! このことは絶対に誰にも言いません。でも、あなたのことも忘れたりしませんから!」
「忘れてくれて良いんだけどね」
どうやら彼はとても律儀な人らしい。
約束は守るけれど、私のことは忘れないという彼に、思わず苦笑してしまった。
「また、会いましょう」
「そんな日はこないと思うけど。じゃあね」
手を振り、彼から離れる。
大通りに戻れば、いつも通り大勢の人々が行き交っており、今そこで死にかけの人がいたなんて誰も気づいていない。
平和な様相を見て、ホッと息を吐く。
普段通りの町。いつも通りの人たち。それがこんなにも安堵する。
「あ、遅くなっちゃったな」
大通りにある時計を見て、急ぎ足で歩き出す。
家に帰って、父に配達の報告をして、そのあとは神殿に帰る。
私にとって、最早日常となった毎日。それを繰り返すのだ。
真っ直ぐ家へと向かう。
振り返ることはしない。さようならを告げた以上、それは意味のないことだと知っていたからだ。
もう、忘れてしまおう。
それがきっと互いのためになるのだから。
報告もしない。だってエルフィン人を助けたなんて話したら、きっと怒られるというか頭を抱えられることは間違いないからだ。
なかったことにするのが一番良い。
実際、一週間くらいは一応気にしていたが、特に何事も起こらなかった。
きっと彼は私との約束を守ってくれたのだろう。
ルイスウィークに害をなさないというあの言葉は真実だったのだ。
良かった。
やはり心配する必要などなかったのだ。
そうして再び安心して『日常』を送り始めた私。
だけど、いつだって予想外の方向から『非日常』はやってくる。
ある日、全く考えもしなかったところから、その『報告』はもたらされたのだ――。
ありがとうございました。
新連載も始めましたのでよろしければどうぞ。





