18
何を聞かれるのかと身構えていただけに、拍子抜けだった。
がっくりしながらも、否定する。
「いえ、ありませんよ」
「……本当?」
「本当です。え? 前にも『ない』と申し上げたと思いますけど……」
何度も同じことを聞いてくるカタリーナ様を見つめる。彼女は気まずそうに視線を逸らし、「その……」と言った。
「別にあなたのことを疑っているわけではないのよ? ただ、今日、あなたたちが出て行ったあと私、気づいてしまって」
「気づいた? 何にです?」
「……いえ、あの……」
「カタリーナ様?」
言葉を濁す彼女の名前をもう一度呼ぶ。カタリーナ様は観念したように口を開いた。
「今日、ね。祈りの間でお祈りをしたあと、自分の部屋に戻ろうと思ったんだけど」
「はい」
「祈りの間には歴代聖女の彫刻が彫られた柱があるのは知っているわよね。その一本に……ううん。前聖女レティシア様のものなのだけれど」
「はい」
そういうのもあったなと思いながら話を聞く。彼女は意を決したように言った。
「レティシア様、レティと顔がそっくりだったの!」
「え」
ぽかんと、彼女を見る。カタリーナ様はプルプルと震えながら私に言った。
「あなたとレティシア様の顔は瓜二つといって良かったわ。そ、それで思ってしまったの。前聖女レティシア様にそっくりなレティにノア殿下が惹かれないかって。あと、そんな殿下にあなたも……って」
泣きそうな顔でこちらを見つめてくるカタリーナ様。だが、私は渋い顔をしてしまった。
「いや……それは……迷惑ですね」
「えっ……迷惑?」
吃驚した顔でこちらを見てくるカタリーナ様に頷いてみせる。
確かに私の顔は前世と殆ど変わっていない。そっくりだと言って良いだろう。
だけど、だけどだ。
「顔が似ているだけで好かれたって全然嬉しくありませんから。大体、そんな男、こちらからお断りですよ。それって結局、私ではなく私を通してその女を見ているってだけなんですから」
「それは……そうだけど、でも」
「私は、私を見てくれない男に用はないので。代わり、なんて反吐が出ますね。それでもいい、なんて思ってあげられません」
「……」
「私、あなたのように優しくないので」
何も言わず私を見つめてくるカタリーナ様を見つめ返す。
恋する乙女としては私を疑わざるを得ないのだろうが、こちらにその気はないので、巻き込むのは止めて欲しいのだ。
「以上です。些か疲れましたので部屋に戻っても構いませんか?」
「えっ、あ……ええ」
「ありがとうございます。それでは、失礼します」
話を切り上げ、彼女の横をとおり過ぎる。
ぐう、とお腹が鳴る。
朝食を食べてから今まで何も口にしていなかったので、お腹が空いているのだ。
本当は食堂に寄りたかったけれど、今の感じでは無理だろう。
――あー、お腹空いたな。
あとで、テオに頼んで何か持ってきてもらおう。
お腹を押さえる。
しかし、本当にカタリーナ様はずいぶんとノア王子に固執しているようだ。
ノア王子の方が何か行動を起こしたわけでもないのに、彼女の想いはどんどん膨れあがっているように見える。
少し前、ノア王子が『あの女は妬心が強い』と言っていたことを思い出した。
同時に、『後悔することになる』、と言われたことも。
別にノア王子が正しいとは思わない。
今だって同じことを言われれば、私はカタリーナ様の味方をするだろう。その自信はあるし、自身の選択を後悔なんてしないけれど、私は彼女のことが好きだから。
だけど。
「……はあ」
ポケットの中に忍ばせたままの結界石付きのペンダントの存在を思い出しため息を吐く。
きっとノア王子から貰ったと言えば、いい気はしないだろう。
当たり前だ。
好きな男が別の女にプレゼントを渡したなんて聞かされて、笑顔でいられる人がいるのなら見てみたい。
その気はないと言ったところで、納得してくれるとは到底思えないし、このまま黙っておくのがいいだろう。今更、こんなもの貰いましたと言いに行くのも嫌な感じがするだろうし。
「……難しいなあ」
ポケットに手を入れ、ペンダントを握る。
いっそ捨ててやろうかと考えたが、それはあまりにもノア王子に失礼だと気づき、思いとどまった。
厚意からくれたものを捨てるなんてできるはずがない。その相手がノア王子だろうと、善意を悪意で返すような真似はしたくないのだ。
「……やっぱり黙っておくしかない、か」
小さく呟く。
廊下を歩く私の背中に、カタリーナ様の視線がずっと突き刺さるのが辛かった。
ありがとうございました。
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