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「私には必要ないしね」
例外的に今回はノア王子に同行したが、普通は魔物が現れる現場になど、ほぼ同行しない。
何度も言うとおり、聖女は守り特化だから。まあ、防御要員として招集されることはあるだろうけれど、わざわざ聖女を魔物退治に同行させはしないだろう。
だって魔物退治は、聖女以外にもできることだから。
防御だってそうだ。防御魔法は神官が使える。連れていきたいのなら、神官を伴えばいいのだ。
聖女が優先すべき仕事は、聖女にしかできないこと。そう考えられているし、それは正しいと私も思う。
「……あ」
地面に直接座り、ぼんやりしていると、急激に辺りが明るくなっていた。
見れば洞窟から吐き出されていた瘴気がいつの間にやら消えている。
間違いない。これはノア王子が洞窟の主である魔物を退治した証だ。
「はやっ……」
多分、彼が洞窟に消えてから、まだ三十分も経っていない。それなのに、ノア王子は魔物を倒してしまったのか。
彼の強さはよく知っているが、相変わらず規格外。でたらめな強さだ。
「Sランクの魔物をあっという間に倒しちゃうんだから、すごいよね」
夜のようだった暗さが夕暮れ時くらいになり、更に明るくなっていく。
瘴気は完全に晴れ、私の知っている森の姿に戻っていった。
今までどこに隠れていたのか。
急に鳥たちの鳴き声が聞こえてくる。普通の鳥の鳴き声だ。
厄介なものがいなくなったとばかりに高らかに鳴いていて、現金だなあと思った。
「無事だったか」
楽しげに空を飛ぶ鳥を見ていると、後ろから声を掛けられた。振り返ると、洞窟から出てきたノア王子が地面に足を投げ出し、寛いでいる様子の私を見て、呆れたような顔をしていた。
よいしょ、と膝に手を置いて立ち上がり、頷く。
「もちろん、何事もなく。殿下もお疲れ様です。空気が変わったので、魔物を退治したのかなと思っていたところです」
「……そうだな。だが思っていたより強かった。尋常ではない濃度の瘴気を纏っていたし、常人ではあれの前に立つことすら難しかっただろう。間違いなくあれはSクラスの魔物だった」
「そう、ですか」
ノア王子が強かったというくらいなのだから相当なのだろう。
私は王子に結界石の付いたペンダントを差し出しながら言った。
「ありがとうございました。お陰様で、何事もなく待つことができました。これはお返しします」
王子がペンダントを見る。意外だという風に目を見張った。
「……未使用だな。魔物に襲われなかったのか」
「ええ、幸いにも」
大嘘だが、私の周囲に魔物の死体はない。全部神の奇跡で消し去ったからだ。証拠がなければ、私の嘘など分かりはしないだろう。
ノア王子は何か考えるような素振りを見せたが、ふっと楽しそうに笑った。そうして言う。
「ならいい。その魔法石は、返す必要はない。お前が持っていればいい」
「え、ですが……」
「一度やったものを返してもらうのは性に合わない。それに言っただろう。俺にそんなものは必要ないと。今日は使わなかったかもしれないが、いつかそれが必要になる時が来るかもしれない。無駄にはならん。持っていろ」
どうもノア王子は引くつもりがないようだ。
手に持った結界石を見る。有り難くないとは言わないが、貴重なこの石をただで貰ってしまうというのは気が引ける。
「いえ、お返しします」
「いいから取っておけ。気が引けるというのなら……そうだな。それは今回、見通しが甘かった詫びということでどうだ」
「詫び、ですか?」
「そうだ。言っただろう? ここまでの魔物がいるとは思っていなかった、と」
「そ、それはおっしゃっていましたが……」
ポカンと彼を見る。
魔物の強さに関しては、ノア王子が悪いわけではない。父から軽く話を聞いたくらいでどんな魔物がいるかまで分かるものか。
困惑しながら彼を見る。ここまで来ればさすがに分かる。彼はどうにかして私に結界石を貰わせたいみたいだ。
こんな意味の分からない理由付けをしてまで、どうして私にとも思うが、同時に悟った。
これ、私が受け取るまで、延々と同じ話が繰り返されるだけだ、と。
「……わかりました。ありがたくいただきます」
ため息を吐きつつ、差し出していたペンダントをポケットにしまう。根負けした私を見て、ノア王子は満足げに笑った。
「ああ」
「ありがとうございます。大切に使わせていただきますね」
ノア王子に貰ったというのが何とも複雑な気持ちだが、結界石が有用なものであることは確かだ。貰った限りはきちんと使わせて貰おうと思った。そうして気づく。
――ノア王子から何か貰うなんて、考えてみたらこれが初めてかも。
前世でもそんなことは一度もなかった。とはいえ、もし彼がアクセサリーなど贈ってきた日には、何か悪いものでも食べたのかと真顔で聞いてしまいそうだけれども。
まさかここに来て彼から何か貰うなんてと思いながらノア王子を見ると、その肩に一瞬、何か黒いものが見えた気がした。
「ん?」
なんだろう。気になったがそれはほんの一瞬で、瞬きの間に消えてしまった。
――何かの見間違い?
何度目をこらしても先ほど見えた黒いものはない。やはり、見間違いだろうか。
――疲れているのかな。
先ほど大きな奇跡を使って、かなり力を消費した。だから幻覚のようなものも見えたのだろう。多分、そうだ。
「どうした?」
「あ、いえ、なんでもないんです」
疑問には思ったが、今は何もないし、見間違いだと結論づけたので、首を横に振る。
すっかりいつもの森に戻ったことを確認し、私たちはビルズバーグの森を後にした。
ありがとうございました。





