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まあ、その話は今考えることではない。
今、考えなければならないのは、集まってきた魔物たちをどうするか、だ。
「……」
再度、洞窟を見る。当然のことながら、何も動きはないようだ。
ノア王子を呑み込んだ洞窟は、今も気味悪くそこにある。
彼が奥にいる魔物を倒し、出てくるまで多少の時間はあるだろう。
そして、今この近辺に、私以外の人間がいないのは、まあ、魔物の数を考えても確実なわけで。
誰もいないのなら奇跡を使ってもいいのでは? と私はあっさり結論を出した。
「ごめんね。私、痛みがなくても甚振られるのって嫌いなの」
パンッと、柏手を打つ。
髪の色が、瞳の色が、さあっと本来の色を取り戻していく。
闇の中に私の銀の髪はさぞや目立つだろう。格好の的だと思う。
だけど、こちらにとっては好都合。
光に集まる虫のようにこの森にいる魔物は皆ここに集まってくるといい。……あ、前言撤回。虫だけは寄ってこなくていい。むしろくるな。
「――我が神、アイラート神よ」
笑みさえ浮かべながら、言葉を紡ぐ。
神が私の言葉に耳を傾けているのが伝わってきた。同時に、周囲に集まった魔物たちの動揺も。
「私はあなたの忠実なる僕。あなたの言葉を民に届ける預言者なり」
シャラン、シャラン、と鈴の音が響く。
誰も見ていないのを良いことに、久々に全開でやっているからか、アイラート神の反応がすごく良かった。
――ああ、楽しい。
自然と口角がつり上がっていく。
恐ろしい魔物たちも、退ける手段があれば、怖いとも思わない。恐ろしく感じるのは、太刀打ちできないからだ。
彼らに対処できるのならば、恐れる必要はどこにもない。
「偉大なるあなた。どうかこの祈りを聞き届けたまえ。聖女レティシアの言葉に耳を傾けたまえ」
朗々と告げると、ゾッとするほどの力が私に集まってくる。それを感じたのか、今にも私に襲いかかってこようとしていた一匹が怖じ気づいたように逃げようとした。もちろん、逃がすわけがない。
「――今こそこの者たちに裁きの光を。あなたのご威光をお示し下さい」
魔物たちを消し去る奇跡を神に願う。
聖女は攻撃ができないと思われがちだが、それは間違いだ。
願いさえすれば、神の鉄槌を下すことも容易。
だけど聖女の攻撃は、守りよりも力を多く使う。
分かりやすく言えば、王都全部を攻撃するよりは王都全部を守る方が簡単なのだ。
つまり、前世で王都にやってきた魔物を全部倒す、なんてものは規模的にも到底無理な話で。
今も、思った以上に力を持って行かれたことに驚いていた。
魔物退治なんて、前世でも殆どしたことがなかったので、知らなかったのだ。相当持って行かれるだろうと覚悟していたが、ここまで力を食われるなんて思わなかった。
それでも下賜された力を解き放つ。
「いっけええ!」
声を張り上げる。
私の祈りを聞き届けた神は、大盤振る舞いとばかりに私を中心とした攻撃――眩いほどの白い光を放った。
私から放たれた光の輪が魔物たちに触れると、彼らは死体すら残さず消え失せる。
これこそが偉大なる神の奇跡。聖女による退魔の光である。
光が消えた時には、森にあった全ての魔物の気配はなくなっていた。
それを確認し、その場に座り込む。
「はあ……しんどかった」
くらっと頭が揺れる。
調子に乗ってやるのではなかった。
いけると思ったから試したのだが、実際のところはギリギリだった。今集まっていた魔物たちはAやBランクだからなんとかなったが、Sランクの魔物相手には使わない方が良いだろう。
尋常ではない量の力が取られるのは間違いない。私でも命を削る羽目になるだろうし、下手をすれば死ぬ。使うのならAランクまでだ。
やはり聖女は攻撃向きではないのだ。
とはいえ、力を使った分、すっきりしたのも事実だった。
溜まり溜まっていたストレスを発散できたかのような爽快な気持ちだ。
「うん……悪くない」
久々に全力を出せた感覚ににっこりと笑う。
もうこの森の中には魔物はいない。
あとは、ノア王子が洞窟の中に潜むというSランクの魔物を倒せば、全部終わる。
今の私でも倒せないであろうSランクの魔物。それは彼が倒してくれるだろう。
聖女にすら倒せないものを、あっさりと倒せてしまえるノア王子がチートすぎるが、彼はそういう人なのだ。昔からだし、今更なので驚いたりはしない。
古き竜を生身で倒せる男だと知っているので、心配するのも馬鹿らしい。
「あーあ」
地面に座り込み、足を投げ出しながら、彼から貰った結界石が巻き付いたペンダントを見る。
不思議な青い輝き。結局この石を割りはしなかったけれど、まあ、良いのではないだろうか。
とても貴重なものだし、持っていればお守りにもなるものだから、あとで彼に返せばいい。
ノア王子は戦う人だから、こういうものはいくつ持っていても良いと思うし。
ありがとうございました。
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