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結界石を見る。黙っていられなくて彼に言った。
「殿下は今からこの洞窟の中に入られるんですよね? 洞窟の中は瘴気に満ちていると思います。殿下こそ、この石をお持ちになった方がいいのでは?」
瘴気を防ぐ効果のある結界石はむしろ彼にこそ必要なのではないだろうか。力のない普通の人間ですら視認できるレベルのヤバすぎる瘴気。その大元に行くというのに、彼が持っていないとかおかしいと思う。
そういう気持ちでノア王子に告げると、彼は笑って己の持つ剣を見た。
「何、気にするな。俺にはこの魔剣ガウェインがある。このガウェインの加護により、俺は瘴気の影響を一切受けないのだ。それに、俺が瘴気になど負けると思うか?」
「……思いません」
自信たっぷりに告げる王子に返せる言葉なんてひとつしかない。
彼の望む言葉を返せば、ノア王子はにやりと笑った。
「そんなものがなくとも俺は戦える。分かったら大人しく持っていろ。お前は落ち零れの聖女候補でしかないのだから」
「……ありがとうございます」
少し迷いはしたが、頷いた。
多分、いや絶対に私を心配してこの結界石を渡してくれたのだと分かったからだ。
洞窟の前にひとり残す私を案じて彼はこれをくれた。
昔の彼からは考えられない優しさだが……いや、ここに連れてきたこと自体が酷いな?
優しさ判定するレベルが低すぎた。
とはいえ、彼が連れてきた責任を取ろうとしてくれているのはよく分かった。
そういうところはやはり王子と言おうか、責任感はあるのだ。
そんな彼に私ができるのは、彼が後顧の憂いを絶ち、戦いに集中できるよう、大人しく受け取っておくこと。
私がお礼を言うと、ノア王子は頷き、鋭い目をして洞窟を睨んだ。そうして光の玉をもうひとつ呼び出し、私に付けてくれた。
最初の光の玉は自分の供にし、全く臆せず暗い洞窟の中に入っていく。その背中に向かって、思わず告げた。
「――ご武運を」
「誰に言っている。知らないのか? いつだって俺の勝利は揺るがない」
傲岸不遜に笑い、ノア王子が洞窟の中に消えていった。
「……馬鹿じゃないの」
久しぶりに聞いたノア王子の口癖に、眉が寄る。
前世で嫌ほど聞いた彼の口癖。
あの言葉を告げた彼が帰ってこなかったことはなかった。いつだって敵を倒し、帰ってきたのだ。
私はそんな彼を苦々しく思うと同時に、その強さを認めてもいたのだけれど……と、危ない、つい前世の自分が顔を出してしまった。
ふうと息を吐き、気持ちを整える。
すっかり彼の姿は見えなくなっていた。
外からでは分からないが、多分、かなり広いのだろう。私がしなければならないのは、ノア王子が戻ってくるまでの間、ここで大人しく待っておくこと。
国を守ろうとそのために強い敵と戦っているノア王子の邪魔をするつもりはなかったし、無駄な心配を掛ける気もない。ちゃんとここで待っていよう。
だけど。
「……やっぱりそうなるよね」
途端、感じるのはたくさんの悍ましい魔物の気配。
先ほどまでは全く感じられなかったものが、気づけば近くに集まってきていた。
首の裏側がチクチクするような強敵を前にした時のような感覚に苦笑する。
実際、私の身体は恐怖を訴えていて、今すぐにでも逃げたいという思いになった。それを気合いだけで振り払い、深呼吸をひとつしてから、周囲を見る。
ノア王子が片付けたものと同じ種類の魔物たちが一匹、また一匹と姿を見せる。
多分だけれど、強いノア王子がいなくなったことに気づき、やってきたのだろう。
これは生存本能だ。
狩られたくないから、明らかに強い者には近づかない。
だけどその強い者がいなくなれば? ……弱い獲物を狩ろうと、ぞろぞろと集まってくるのはごく自然な話で。
庇護者がいなくなった私を襲うために森の魔物たちが集結してきていると考えれば、現況は理解できたし、これを見越して、ノア王子は結界石を渡してくれたのだろう。
結界石で結界を張れば、魔物たちが攻撃してきても結界が私を守ってくれるから。
彼が戻ってくる一時間の間、そうして凌げば私の勝ち。
あとはノア王子が片付けてくれるというわけなのだけれど。
「ずーっと、攻撃され続けるってもの嫌な話だよね」
最大一時間もの間、気味の悪い魔物たちに、結界越しとは言え、攻撃され続けるというのは気持ちが滅入る。
それに、ここまで来るまでの間、私は何にもしていないのだ。
もちろん落ち零れの聖女候補に何かできるわけでもないのだけれど、なんだろう。
先ほどの彼の口癖を聞いて、私だってやってやるという気持ちになったのだ。触発されたとでも言えばいいのだろうか。
いつだって私と彼はお互いに罵り合い、小競り合いをし、そして切磋琢磨してきた。
私は聖女として、彼は国を守る戦士としてだけれど、確かに互いをライバル視していたと思う。
あいつだけには負けられない。
口にこそしなかったけれど、お互いにそう思っていたことは知っている。
だからこそ、彼が私を好きとか考えられないと今も思うのだけれど。
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