12
「え、まさかこの中にいる、とか?」
暗い森を歩くくらいなら百歩譲って我慢するが、さすがにこの中に入るのは嫌だ。
ギョッとしつつ王子を見ると、彼は肯定するように首を縦に振った。
「そうだ。おそらくこの最奥にいるな。この森を変貌させた張本人というところか」
「嘘……」
「これだけの濃い瘴気を放っているということは、間違いなくSランクの魔物だろう。そいつを倒せばこの森の状態も元に戻る。逆に言うと、その魔物を倒さない限り、この森はいつまで経ってもこのままだし、先ほどのような魔物も増え続けるということ。王都が危機にさらされるわけだな」
「……」
行かないわけにはいかない、と言外に告げられ、絶句した。
おどろおどろしい瘴気に塗れた洞窟を再度見る。魔王城へ至る秘密の入り口かと本気で思った。
――嘘でしょ。洞窟って……。
瘴気だけならまだいい。元大聖女だった頃にも、何度か瘴気を祓うような依頼をこなしていたからだ。呪いや毒に侵された人を助けたことだってある。
だけど、洞窟だけは無理なのだ。
何せ、前世でトラウマになっているから。
聖女の任務で訪れた洞窟。そこは狭く、逃げ場が全くなかった。中に入ればたくさんの虫や、コウモリに似た生き物が私を出迎えてくれたことを思い出す。
――む、無理。
暗い洞窟の壁伝いに歩き、触れたものが気味悪い足がたくさんついた虫だったことを否が応でも思い出した。
あの時は本気で絶叫したし、泣いた。魔物とは関係の無い、海辺の洞窟での単なる調査だったのだけれど、それ以来、私は本当に洞窟と足のたくさんある虫が駄目なのだ。
テオもそれは知っていて、洞窟と虫関係の依頼だけは断ってくれと頼んでいたくらいだから、どれだけ私が苦手に思っているか分かって貰えると思う。
「……」
口元を引き攣らせながら、洞窟を見つめ続ける私。
――これ、行かないといけないのよ、ね。
身体から変な汗が噴き出している気がする。嫌でもトラウマを思い出し、身体が震える。
完全に足が竦んでしまった私にノア王子が言った。
「どうした」
「い、いえ……何も……」
声が震える。
ノア王子に私の弱点を知られるわけにはいかない。前世で私が虫と洞窟を苦手としていたことをもし彼が知っていたら、正体を察せられる可能性があるからだ。
――い、行くしかない。
精々平気な顔をしてついていくより他はない。
だが、足が震える。洞窟の中が真っ暗なのも恐怖に拍車を掛けた。
はっきり言って、Aランクの魔物の方が全然マシだと思う。特にさっきみた魔物たちは、どちらかというと見た目が獣よりだったし。
私が駄目なのは、洞窟と、線みたいな足がいっぱいついている虫。それだけなのだ。
「う……うううう……」
竦んでいることを知られたくない。だが、私の意思に反して、足は一歩も動かない。本気で泣きそうになっていると、ノア王子が言った。
「……来なくていい。お前はここで待っていろ」
「え……」
言われたことが咄嗟に理解できず、ポカンと彼の顔を見た。
「この先にいるのはランクSの魔物だ。AとSの魔物では実力に天と地ほどの差がある。俺もお前を庇いながら戦える自信はない。だから、ここで待っていろ」
「……」
聞き間違いか何かと思った。
あまりにも私にとって都合の良い話に、涙が出そうになった。
思わず縋るように言ってしまう。
「い、良いんですかっ」
「良いも悪いも、今言った通りだ。お前を庇いながらは戦えない。今のところ強い魔物の気配は洞窟の中にしかないようだし……そうだな、これを持っていろ」
言いながら、ノア王子が首から提げていたものを取り出した。ペンダントか何かだろうか。服の外に出していなかったので気づかなかった。ぽいっと無造作に放り投げられ、慌てて受け取る。
「え、わ……あ……」
彼が投げてきたのは青い石のペンダントだった。
大きめの青い石には針金がグルグルに巻き付けられていて、革紐に通してある。手作りだと一目で分かるものだった。
青い綺麗な石。一体、何の宝石だろうと思ったところでこれが結界石だと気がついた。
結界石は、割れば、ひと一人分の結界を作ることができる石として知られている。
その結界は強固で、一時間ほどなら、Aランククラスの魔物の攻撃も撥ね除けるという話だ。
割らなくても持っているだけで、瘴気などから身を守る効果が得られるというこの結界石はとても貴重で、市場に殆ど出回らないと聞いている。
出たとしても高価すぎて庶民には手が出ない。そういう、いわゆる超高価なお守り。
「……」
目を丸くして結界石を見る。青く輝く石は魔力を湛えていて、持っているだけで周囲の空気が綺麗になっていくのが分かった。
「結界石だ。使い方は分かるな?」
「え、あ、はい……」
驚きつつも頷く。結界石自体は有名なので、使い方を知っていても不思議ではない。
「俺が中の魔物を倒して帰ってくるまで、それで身を守っていろ。もし、魔物が来るようなら、躊躇せずそれを割れ」
「……」
割れ、ということは結界を使えということだ。持っているだけなら、半永久的にお守りとしての効果を発揮するこの貴重な結界石を使えという王子を見る。
彼は本気の顔をしていた。冗談で言っているわけではないようだ。
「ここにいる魔物は強い。だが、その結界石があれば身を守ることはできるだろう。いいな。使ったあとは一歩も動くな。俺は必ず一時間以内に戻る」
「え、いや、でも……」
ありがとうございました。
明日、『お尋ねの元大聖女は私ですが、名乗りですつもりはありません』が発売です。
紙、電子書籍共に同時発売となっております。
加筆修正はもちろんのこと、書籍版でしか分からないこともあれやこれやと入れ込んでおりますので、是非、お手に取って頂けますように。
書き下ろしSSには、レティの親友であるキャシーの話を書きました。
発売前SSにはノアがレティを好きになった切っ掛けなどを書かせていただいております。
どうぞよろしくお願いいたします。





