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魔法師たちが持っているカードケースだ。
中には六枚のカードが入っていて、呼応した魔法を使うことができる。
国家に認められた魔法師なら皆が持っているものなのだ。
「――カード選択、ルース」
ノア王子の言葉に反応し、カードが一枚、クルクルと回転しながらカードケースから飛び出してくる。
ルース、とは光のカードのことだ。
六枚のカードはそれぞれ『光、闇、炎、風、水、土』の属性を持っていて、それに応じた魔法を使うことができる。
カードはノア王子の目の前に浮かんでいる。そのカードに向かい、ノア王子が更に言った。
「魔方陣展開。――術式、光の玉」
カードを中心に空中に魔方陣が展開される。そこから白く輝く光の玉が現れた。
光のカード、ルースでできる魔法のひとつ。
明かりの代わりに使われることの多い、初期魔法だ。
魔法師なら全員が使えるだろう。それくらい初歩中の初歩の魔法。光の玉はぷかぷかと浮かび、私たちの周囲を照らしてくれた。
これから更に暗い場所に進まなければならないのでありがたい。
「ありがとうございます。助かります」
光の玉を使っても薄暗いという印象は拭えなかったが、真っ暗よりは全然ましだ。
お礼を言うと、ノア王子は呆れたような顔で私を見た。
「ずいぶんと豪胆だな。暗がりの中襲ってくる魔物。森の入り口でも思ったが、悲鳴のひとつも上げないとは驚きだ」
「何を言ってるんですか。そんな場所に連れてきたのは殿下ですからね?」
お前が言うかという顔でノア王子を見てしまった。
でも私の言うことは間違っていないと思うのだ。
「第一、悲鳴なんて上げられたら迷惑でしょう? それに、殿下がいらっしゃるのに、騒ぐ必要がありますか? 確実に倒して下さる方が一緒にいるのに」
負けるかもしれないとか、襲われるかもしれないと思うから怖いのだ。暗闇だけなら恐れる必要はそもそもないし、魔物だってノア王子が倒してくれると分かっているのだから、喚くだけ無駄。
私にできるのは剣を振るう彼の邪魔にならないようにすることくらい。
そう言うと、ノア王子は振り返り、何故かあり得ないものを見るような目で私を見た。
「なんですか」
「……いや。それでも普通、怖いものは怖いと思うのだが」
「ですから。それなら何故私を連れてきたんですかって話なんですって。怖がる女なんて迷惑なだけでしょうに」
「ここまで大物が闊歩しているとは思っていなかった」
「あー……まあ、そうですね。私も父から話を聞いた時には、ここまでは想像していませんでした」
なるほど、と納得する。
確かに私ももう少し気楽な感じをイメージしていた。
森だって、こんなおどろおどろしいものに変わっているとは思っていなかったし、難易度的にはもう三段階くらい下だと考えていたのだ。
ノア王子もそれは同じだったようで、珍しくも彼は申し訳なさそうな顔をしていた。
「悪かった。ここまでと分かっていたら、同行させようとは思わなかった」
「……」
――おっと。
まさか謝られるとは思わなかったので、驚いた。前を歩く彼の後ろ姿をまじまじと見る。
魔物の気配を追っているのだろう。彼の歩みには迷いというものが全くなかった。
その後ろをついていきながら言う。
「謝っていただく必要はありませんよ。こんなの、誰も想像なんてできませんし」
誰が王都近くの森に、Aランクの魔物たちがうじゃうじゃといると思うのか。
こんなこと、私が大聖女時代にだって起こらなかった。今まで一度も無かった事態なのに、彼だけを責められない。
それに考えようによってはラッキーなのだ。
最初からノア王子が来てくれたお陰で、無駄な犠牲者を出すこともなく、解決に導ける。
こんな高ランクミッション、彼以外にこなせる人物がそうそういるとも思えないから、そこは本当に良かったと思う。
「ただ、この森に長時間いるのは嫌だなと思うので、さっさと大元を倒して貰いたいなとは思いますね」
しみじみとそう告げると、彼は振り向き、呆れたように言った。
「本当に豪胆な女だ」
「ずっと泣いているよりは良いと思いません?」
そんなことをすれば、それこそ彼には置いて行かれてしまうかもしれないけれど。
笑いながら言ってやれば、彼は目を見張り、ややあって楽しげに頷いた。
まるで、その回答が聞きたかったのだと言わんばかりに。
「確かに。それは、そうだな」
「なので、さっさと片付けて下さい。大元……ボスの魔物がいるんですよね? どの辺りですか?」
「もう、すぐそこだ」
ピタリと足を止め、ノア王子が前を見る。
そこにはぽっかりと口を開けた洞窟があった。
人が並んで三人ほど入れそうな洞窟は真っ暗で、まるで冥界にでも繋がっているかのように見える。中からは緑色の煙のようなものが薄らと出てきていて、多分、瘴気と呼ばれるものだと思った。
人間の身体に害を与える瘴気。長時間浴びると、それこそ取り返しのつかないことも多い。呪いや毒、人によっては気が狂ってしまうこともある。
瘴気は普通の人には見えないことも多いが、今回のこのレベルなら、全員が視認できるだろう。それだけ強い呪いを帯びているのだ。
そんな瘴気が溢れ出す洞窟を見て、私はさすがに口元を引き攣らせた。
ありがとうございました。次回更新は8/9を予定しています





