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 子供たちのひとりが、孤児院の入り口を指さす。古びた木の扉から、女性が出てきた。

 この孤児院の院長を務めるエレンという四十代の女性だ。

 彼女は私の姿を認めると、笑顔になり、駆け寄ってきた。


「レティシアさん。今月も来て下さったんですか」

「こんにちは、エレンさん。これ、今月の薬です。子供たちに使ってあげて下さい」

「ありがとうございます。本当に助かります」


 私から薬を受け取ったエレンさんは、ホッとしたように息を吐いた。

 この孤児院がギリギリの経営状態であることは知っている。寄付金が足りないのだ。

 支援してくれる貴族がもう少し寄付を増やしてくれると助かるのだけれど、さすがに直接は言えないし、それで気分を害して、支援自体を打ち切られたらと思うと、言おうとも思えないそうだ。

 その気持ちはよく分かる。

 前世の院長先生たちも同じようなことを言っていたから。


「薬くらいでしか支援できなくて申し訳ないですけど」

「いいえ。お薬は高価ですから。それに、レティシアさんのおうちの薬はとてもよく効くのでとても助かっています。先日も、高熱を出した子がいたのですけど、いただいた薬のお陰ですぐによくなったんですよ」

「それは良かったです」


 本当に良かった。

 用事があるのでと、院長に辞去の挨拶をし、孤児院の外で待っていたノア王子と合流する。

 また遅いと怒られるかと思ったが、今度は何も言われなかった。

 ただ、チラリとこちらを見て、「行くぞ」と短く告げただけ。

 大人しくノア王子の後をついて歩く。

 前を歩く彼は、迷いなくビルズバーグの森へ向かっていた。少し早足ではあるが、ついていけないほどではない。

 町を抜け、外に出る。森は、ここからそう遠くない場所にある。

 そちらに向かって歩いていると、ノア王子が言った。


「――お前は、毎月ああやって薬を届けているのか?」

「え、いえ、毎月というわけでは。父の代わりに時々、程度ですけど、それがどうかしましたか?」

「いや、お前の父は一般人だろう。それなのに、貴族のように慈善活動をしているのだなと思っただけだ」

「そんな大したものではありませんけどね」


 うちの店も裕福というわけではないので、少しばかり薬をお裾分けしているだけだ。

 だが、ノア王子は否定した。


「いや、一般人でそういうことをしているのは珍しい。慈善活動なんてものは、金と暇を持てあました貴族の道楽のようなものだろう」

「そういう一面があることは否定しません。でも、寄付がないと、孤児院なんてやっていけませんしね。道楽、大歓迎です。大いにお金を落としてもらいたいと思いますね」

「確かに、それもそうだな」

「父がやっていることは、慈善活動というほどのものではありません。うちは裕福なわけでもありませんし、本当にささやかなことしかしてない。父は、薬に手が出なくて亡くなっていく子供を少しでも減らしたくて、この活動をしているんですよ。あの孤児院を選んだのは、ただ、あそこの院長が母の友人だったから。申し訳ないんですけど、うちにも生活があるので、国中の孤児全員なんて助けられません。そりゃあできるのなら素晴らしいけど、無理なものは無理ですから。だから、せめて知り合いの孤児院を手助けしよう。そういう思いから始めたと聞いています」

「……」


 ノア王子が黙って先を促した。


「私は父を尊敬しています。自分の手の届く範囲内だけでもと足掻く父を。そして私も父の後を継いで、同じようにありたいと思っています。――だから、私は早く聖女候補を辞して、家に帰りたいんですよ」


 父には特別な力なんてない。だけど、その手でたくさんの人を救っている。

 そんな父が私は大好きだし、誇りに思っている。


「すごいですよね。父は本当に普通の人なのに、それでも薬を作ることで大勢の人を助けている。孤児院に薬を寄付することで、子供たちの命だって救っている。なんでもない、普通の人がそういうことをできるのって、すごいって思いません? 私は、そういうの、いいなって思うんですけど」


 ポツポツと自らの思いを語る。

 聖女だった頃は、いつも大規模な奇跡を起こしていた。

 天候を操り、荒れ狂う海を鎮め、最後には、王都全てを覆う結界を張った。

 私のしたことは、結果として多くの人々を救ったのだろう。だけど、その裏で、父のような人がいたことを、父の娘として生まれ変わって知ったのだ。

 何も持っていなくても、人に優しさを分け与えられる人がいる。

 それが自分の父親であることが誇らしい。

 私は父が大好きだ。父の活動を引き継ぎたいし、伝えたいとそう思う。

 ふふ、と口元を緩める。いつの間にか足を止めていたノア王子が言った。


「――それがお前の望み、か?」


 聖女になればもっとたくさんの人を救えるのにと言いたいのだろう。

 だが、それは前世で散々やったし、私の性には合わないと思ったのだ。

 私は、もっとささやかな幸せが欲しい。

 私と、私が大事だと思う人が幸せになってくれれば、それで十分だ。

 だから私はノア王子に言った。


「はい。私は小物なもので。大義を掲げる聖女は似合わないと思います」

「……」


 私の言葉にノア王子は何も答えなかった。




ありがとうございました。次回は8/3を予定しています

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お尋ねの元大聖女は私ですが、名乗り出るつもりはありません
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