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6


「殿下」

「やっと行ったか。面倒な女だ」

「殿下、そういう言い方は止めて下さい」


 気持ちに応えられないのは仕方ないと思うが、鬱陶しいという態度を隠しもしないとは如何なものかと思う。

 それに、それにだ。


「カタリーナ様はとても素敵な方です。私はカタリーナ様をお慕いしていますし、殿下もそれをご存じですよね? 感情はどうにもならないものと分かっていますが、せめて私の前でそういう態度を取るのは止めていただけませんか」


 その人にどういう感情を抱くかは、個人の自由だが、多少は私の気持ちも汲んで欲しい。

 じっとノア王子を見つめると、彼は一転、興味深そうな目を私に向けてきた。


「本当にお前は面白いな」

「はあ?」

「相も変わらず、俺に対し遠慮がない。まさかこの俺に、『気持ちを慮れ』と言ってくる女がレティシア以外にいるとは思わなかったぞ」

「……大聖女レティシア様と比べないで下さいと以前にも申し上げませんでしたか?」


 前世の私を引き合いに出され、内心舌打ちをする。

 だけど、本気で止めて欲しいのだ。

 私はカタリーナ様のことが好きだから、彼女のことを嫌そうに言われると悲しくなる。好きの気持ちを押しつけるつもりはないけれど、せめて黙っていてくれればと思ってしまうのだ。

 ムッとしているとノア王子が笑う。


「そうだったな、悪かった。……時間を取られた。行くぞ」

「……はい」


 声音が変わる。

 確かに今はくだらない話をしている場合ではなかった。できるだけ早く、魔物を倒さなければならないのだ。


「あまり目立ちたいくはないから徒歩になる。構わないな?」


 その言葉に頷いた。


「大丈夫です」


 父と一緒に薬草を採取したりしているので体力には自信がある。

 王子に付き従い、神殿を出る。

 見張りをしていた神官見習いたちが、ノア王子の後ろにいる私を見てギョッとした顔をしたが、彼に「神官長には許可を貰っている」と言われ、驚きつつも黙って通してくれた。

 正攻法で外に出るのは久しぶりだと思いながら、外に出る。

 森に行くには、町を通り抜けなければならない。

 まずは町に向かい歩き出すと、前を歩いていたノア王子が「そういえば」と言った。


「昨日は、問題なかったのか」

「? 昨日? なんの話です?」


 本当に分からなかったので聞き返した。ノア王子が振り返り、呆れたように言う。


「秘密裏に出入りしているのだろう? 上手く気づかれず帰れたかと聞いているんだ」

「ああ。大丈夫です。特に問題なく」


 空間転移を使ったしね、と声に出さずに言う。


「抜け道はいくらでもあるので。意外と簡単に出入りはできます」

「それが本当なら、神殿は一度警備体制を見直した方がいいな。お前程度を見落とす警備など大問題だ」


 それはまあ確かに。

 だけど警備の見直しをしたところで、空間転移をしている私にはなんの支障も無い。

 そんなことを考えていると、ノア王子が言った。


「まあいい。言わないと約束したのだから、このことは黙っておいてやる。だが、抜け出すのもほどほどにしておけ」

「……はい」


 全くもってその通り。

 さすがに私も大人しく首を縦に振っておくことしかできなかった。


◇◇◇


 ビルズバーグの森へ行くために、ふたりで歩く。

 まずは町を抜け、森へ向かうのだが、実家が近いことに気づいた私は、ノア王子に言った。


「すみません、殿下。少しだけ、寄り道をしても構わないでしょうか」

「寄り道? どこにだ」


 足を止め、私を見るノア王子。

 申し訳ないと思いつつも、私は口を開いた。


「私の実家です。その、多分、今日は孤児院への配達の日だと思うので」


 薬店を営んでいる我が家は、配達業務も請け負っている。

 一週間に一度とか、一ヶ月に一度ペースで、薬店まで来られない患者さんに薬を届けたり、あとはボランティア活動もしたりしているのだ。

 うちの薬店がやっているのは、ひと月に一度、孤児院に風邪薬などの基本的な薬を届けること。

 父が祖父から店を受け継いでから毎月行われているこの慈善活動には、私も積極的に参加していた。

 父の代わりに何度か薬を届けに行ったことだってある。

 そしてその薬を届ける日、というのが今日だということを思い出したのだ。

 私はこれらのことをノア王子に説明しながら言った。


「孤児院は、町の出口の近くにあります。そう遠回りにはなりませんので、ついでに届けに行けたらなと思うんです。駄目……ですか?」


 私の話を聞いたノア王子が考えるような顔になる。ややあって、彼は微かに首を縦に振った。


「……孤児院か。いいだろう」

「え、あ、ありがとうございます」

「先にお前の実家に立ち寄れば良いのだな?」

「はい」


 スタスタと大股で歩いて行くノア王子を追う。

 国を守ると言っていた彼だから、そう嫌な顔はされないとは思ったが、想像以上にあっさりと了承の言葉が返ってきて驚いた。

 実家の薬店が見えてきたので、ノア王子に外で待ってくれるように頼み、店内に入る。


「いらっしゃいませ……ん? レティ?」



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お尋ねの元大聖女は私ですが、名乗り出るつもりはありません
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