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 リュシアン・ディール。Sランク冒険者。

 リュシアン・ディールというのは、ノア王子の偽名だろう。先ほど自分でも「リュシアン」と名乗っていたし。

 だが、Sランク冒険者?

 Sランク冒険者といえば、国にひとり、ふたりいれば良い方と言われるくらいの凄腕の人たちだ。

 彼らは圧倒的な武力を持ち、通常では達成できない任務を率先して引き受ける。

 彼らの辞書に失敗という言葉はなく、100パーセントの任務達成率を誇る。

 それがSランク冒険者。

 そんな恐ろしいものにノア王子が認定されていると知り驚いたが、同時に彼ならそれも当然かもしれないと納得もした。

 なるほど、Sランクに認定される冒険者をタダで使えるのだ。

 偽名で登録したいという彼にギルドマスターが協力するのもある意味当然と言えた。

 だが父は、当たり前だが吃驚したようで、ひっくり返ったような声を上げた。


「え、Sランク?」

「ああ。これなら問題ないだろう?」


 驚愕に目を見開く父に、ノア王子がふっと自信満々に笑う。その顔は断られるはずがないと思っているようだった。

 だが、父は残念そうに首を横に振った。


「お申し出は有り難いのですが、私にSランクの冒険者を雇えるような持ち合わせはありません」


 高ランクの冒険者を雇おうと思ったら、当然高額な依頼料が発生する。

 父だってノア王子に行って貰えれば安心だったろうが、無い袖は振れないのだ。

 だが、ノア王子は笑って言った。


「依頼料は要らない。俺は金に困っているわけではないからな。それに、これは特別扱いというわけでもない。今までにもこういうことは何度もあった。心配ならギルドに確認してもいい。ギルドマスターに聞けば確実だぞ」

「……良いのですか?」


 ノア王子の申し出に迷っていた父だったが、『特別扱いというわけではない』というのが決め手となったようで頷いた。

 自分だけがというのは嫌だし、何か裏があるのではと思ってしまう。だけどそうではないのなら。

 あと、ギルドマスターに確認してもいいという言葉も後押しとなったのだと思う。

 父はすっかり信用しきった様子で、「お願い致します」とノア王子に頭を下げていた。


「助かります。本当に」

「気にするな。民を守るのは俺の勤めだからな」


 後半、微妙に危ない台詞を吐くノア王子に、父は魔物を見かけた場所の詳細な情報を教えていた。

 そうして私の方を見る。


「レティ。今日は留守番をさせて悪かったな。遅くなってしまったし。お前はどうするんだ? 家で少し休憩してから神殿に戻るか?」

「ううん。ちょっと遅くなったし、このまま神殿に戻る。帳簿は付けてあるから。いつものところにしまってある」


 気持ち的には家でひと休憩したいところだったが、立ち話で時間を使ってしまった。

 さすがに休憩するほどの時間はない。

 父は頷き、「お勤めだものな」と言った。


「助かったよ。ありがとう」

「お父さんも無事で良かった。無理はしないでよね」


 魔物がいても、何とか薬草を採取できないかと様子を窺っていたという父を睨めつけると、父は気まずげに笑った。そうしてノア王子に再度頭を下げ、店の中に入っていく。

 それを見送り、私はノア王子に言った。


「そういうことですので、私もそろそろ神殿に戻りますね。その、父の依頼、引き受けて下さってありがとうございました」


 実際、ノア王子が魔物退治を引き受けてくれたのは本当に有り難かったのだ。

 ビルズバーグの森で薬草を採取できなくなると、父が言っていた通り、かなり遠くまで遠征しなければならなくなる。そうすると店を休みにしないといけない日も増え、最終的には経営にまで差し障りがでてくるのだ。

 ノア王子が引き受けてくれるのなら、失敗はまずないと断言できるし、本当に有り難かった。

 珍しく心から感謝して頭を下げる。そんな私にノア王子が言った。


「礼を言われる必要はない。これは俺の役目だ。誰にも譲るつもりはない。だが、そうだな」


 言葉を一旦句切り、私を見るノア王子。その視線に嫌な予感がするなと思っていると、彼は言った。


「お前も来い」

「ハア!?」


 何を言い出すのかと彼を見る。

 私が? 魔物退治に同行? 巫山戯るのも大概にして欲しい。

 身を守る術のない落ち零れ聖女候補についてこいと言う、その神経が信じられない。

 驚き過ぎて何も言えない私に、ノア王子はマイペースに話を続けた。


「魔物退治は急いだ方が良い。明日にでも行こうと思う。迎えに行くから準備しておけ」

「い、いや、あの、だから……え? なんで私も行くことになるんです!?」

「お前の父親の依頼だろう。娘であるお前も行くというのは理に適っていると思うが?」

「本人が行くというのなら分かりますけど、娘の私がというのは意味が分かりません! 大体、私、戦うとか無理ですよ? ご存じのとおり落ち零れの聖女候補でしかないんですから!」

「別に戦わなくてもいい。見届けだけで十分だ。安全な場所から俺の活躍を見るだけ。簡単だろう?」

「いや、ですから!」


 無償で依頼を引き受けてくれたことは感謝しているが、ノア王子とふたりで魔物退治なんて絶対に嫌だ。

 行きたくないと首をぶんぶんと横に振ると、ノア王子がニヤリと笑った。


「な、なんです……?」


 何を言われるのかと構えながらも尋ねる。ノア王子は私の家と私を交互に見ながら言った。


「お前が秘密裏に実家に帰っていること、神殿の者たちには黙っていて欲しいのだろう?」

「ッ!!」


 まさかここでそれを持ってこられるとは。

 何も言えない私に、王子が「それで?」という顔をしてくる。

 神殿に帰ると約束するだけで黙っていてくれると言ったくせに、ここでその話を持ち出してくるとは卑怯ではないか。

 とはいえ、誰が悪いのかと言えば、もちろん私なので、私に言えることなどないのだけれど。


「うぐ……うぐぐぐぐ……」

「返事を聞こうか。レティシア」


 勝利を確信した笑みが憎い。

 だが、私に残された答えは『はい』だけなのだ。

 だって言われたくない。今後の私の神殿生活に色々と支障が出てくるのは目に見えているからだ。

 私は断腸の思いで口を開いた。


「わ、分かりました……お、お供させていただきます」


 ものすごく不本意だけど。

 断るという選択肢を潰された私に言えるのは、この答えしかない。

 ノア王子は満足げに言った。


「良い答えだ。では、明日」

「……はい」


 空を仰ぎ、目を閉じる。

 何でこんなことになったと思うも、最早後戻りはできなかった。



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お尋ねの元大聖女は私ですが、名乗り出るつもりはありません
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