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「え、あなた、私のことが好きだったんですか」


 絶対にあり得ないと思っていた男からの愛の言葉に面食らう。

 まさか死ぬ直前にこんな大きな驚きを与えられるとは思わなかった。


「ずっとお前が好きだった。他の男に渡したくないと思っていたし、俺以外と結婚する選択肢なんて全部消してやると決意していたぞ」

「……それ、めちゃくちゃ重いやつじゃないですか」


 気持ちが重たすぎて逃げたくなるレベルだ。

 頬を引き攣らせながらも指摘すると、王子は真顔で頷いた。


「自覚はある」

「止めて下さい。頷かないで。……でも、え、いつからですか?」

「お前を俺のものだと認識し始めたのは、お前が聖女になって五年目くらいだな。今から五年前くらいか」

「十五歳。あの、怖いんですけど」


 五年前といえば、私はまだ十五歳。対して王子は二十歳だ。二十歳の王子が当時十五歳の聖女に並々ならぬ執着を抱いていたとか知りたくなかった事実だ。

 それもその相手が自分とか、泣きそう。


「で、でもあなた、ずっと私に対して憎まれ口ばかり叩いていたではありませんか。好きな相手に対してするような態度ではないと思うのですけど」

「俺が優しくしたところで、お前は気持ち悪いと逃げるだけだろう。それくらいなら、その時が来るまでは今まで通りにした方がいいと判断しただけだ」

「……まあ、確かにそれは否定しませんわ」


 悔しく思いながらも頷いた。

 普段喧嘩ばかりしている相手が、いきなり優しくしてきたら何事かと思うし、私は彼に対し、恋愛感情を抱いていないのだ。普通に逃げるし、なんとかして回避しようと考える。

 今まで通りという態度を貫き通した王子の手段は、間違っていないのだ。

 全く気づいていなかった身としてはムカツク限りだが!

 王子との喧嘩は大半が私の負けで終わるのだが、今回も結局先読みしていた向こうの勝利になりそうだったと知り、がっくりとした。

 この第二王子、本当に嫌になるほど賢いのだ。

 それも根回しとかが異常に上手いタイプ。気づいた時にはこちらが身動き取れなくなっている策略家系。敵に回すと一番厄介なタイプだ。


 ――でも、でもねえ。


 王子の顔を改めて眺める。

 まさか、王子が私を好きだったなんて、今まで一度も考えたことがなかったのだから仕方ないではないか。

 だって会えば喧嘩ばかり。私は彼のことが気に食わなかったし、それは彼も同じだと思っていたのだけれど。

 まだ信じられなくて呆然としている私に、王子が静かな口調で言う。


「だから、ここへ来た。どうしても最後にお前の顔を見たかったのだ。戦いの前お前に逃げろと言ったのは、生きて欲しいという気持ちからだったのだが……今となればこれで良かったのかもしれない。こうしてふたりで終われるのだから。……レティシア。俺の聖女。次の生でいい。約束してくれ。もし次、生まれ変わることができたら、その時は俺と結婚してくれないか」

「……今世は無理だから、来世、ですか? 転生なんてお伽噺ですよ? それに私、あなたのことを愛していません。約束なんて交わしても意味がないのでは?」


 何を言っているのだという気持ちを込めて彼を見た。

 転生の概念はあるが、実際に『した』という人は見たことがない。

 転生すれば記憶がなくなるのが普通だからだ。

 それに、これが一番重要なのだが、私は彼を愛していない。だから、いきなり来世で結ばれようなんて言われても困ってしまう。


「死にゆく俺への手向けだと思って約束してくれないか」

「あの、死ぬのは私もなのですが。それにこういう約束は両想いの男女がするものでは?」

「頼む」

「……」


 王子を見る。彼は普段とは違い、妙に必死だった。

 大体、転生なんてあり得ないのに、それに縋ってくるのも変な話。

 夢物語に縋るなんて、傲慢で不遜なノア王子にはあり得ないのに。

 そのいつもとのギャップがあまりにも激しく、私はつい絆されるように言ってしまった。


「……まあ、良いでしょう。どうせ夢物語ですし、あり得ない話ですから。もし次生まれ変わって……お互い記憶があったら、その時は考えてあげますよ」

「約束だぞ」

「わかりました。しつこいですよ」


 思いのほか真剣な顔で言ってくる王子に苦笑しつつも頷いた。


 ――まあ、いいか。


 てっきりひとりで誰にも看取られることないまま死んでいくと思っていたのに、王子がいてくれるのだ。このままごとのような約束は、そのお礼だと思えばいい。


「――ありがとう、ございます。側に、いてくれて」


 長々と喋っていたが、本気でそろそろ時間切れだ。

 たとえ、喧嘩ばかりしていた人でも、ひとりで死んでいくよりはよほどいい。

 私を好きだというこの人に応えられはしないけれど、それは申し訳ないと思うけれど、それでもひとりで死ぬのは嫌だったし寂しかったから。

 王子が私の目に手を当てる。死人のように冷たい手に、彼も私と同じで死にかけだということを思い出した。


「殿下も、そろそろですか?」

「ああ。血を流し過ぎたからな。お前の方が早そうだが――まあ、数分の違いもないだろう。俺もすぐに逝く」

「……はい」


 最後までいてくれるというのが、心強かった。


「――。――――」


 低い旋律が聞こえた。王子が謳っている。これは、私を送る葬送の歌だろうか。

 まだ、外では人々の歓喜の声が聞こえている。

 死にゆく者への歌と、喜びの声。そのふたつが同居している不思議な空間に身を委ねながら私、聖女レティシアは、二十歳という若さでこの世を去った。



◇◇◇



 聖女レティシア、第二王子ノア。

 王都を守ったふたりの英雄は、大聖堂にてその生涯を閉じた。


 聖女は、その命を賭して王都を結界で守り。

 第二王子は、剣と魔術をもって強大な魔物たちに挑み、その命と引き換えに勝利した。

 ふたりは祈りの間で、折り重なるようにして亡くなっていたという。


 聖歴520年10月20日。午後。


 ほぼ同時刻に亡くなったとされるふたりの葬儀は盛大に執り行われ、その亡骸は大聖堂の裏にある聖人の祠に収められた。


 国を守ったふたりの英雄の死。

 それから二十年後。物語は、ここから始まる――。





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お尋ねの元大聖女は私ですが、名乗り出るつもりはありません
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