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魔物退治



「ええと、それではそういうことですので、私はここで――」


 店の前で立ち話をしていても仕方ない。

 時間的にもそろそろ神殿に戻った方が良いかと思った私は、そうノア王子に切り出した。

 だが、話を終える前に、「レティ!」と父が私を呼ぶ声が聞こえて来て、言葉を止める。

 振り返ると、汗をびっしょり掻いた父が、こちらに向かって走ってきていた。

 良かった。帰りが遅いからどうしたのかと心配だったが無事のようだ。

 父は採取した薬草を入れるために篭を背負っていたが、空っぽだった。

 帰宅も予定時間を大幅に過ぎているし、やはり何かあったのかもしれない。


「お父さん! 大丈夫だったの? 何かあった?」


 ぜいぜいと肩で息をする父に声を掛ける。

 私の目の前まで戻って来た父は、困ったような顔をする。

 その様子を見れば、怪我などはなさそうだ。


「遅くなって済まない。実は薬草の採取が上手くいかなくてな。こんな時間になってしまった」

「無事だったのなら良かったけど、薬草が採れなかったってどういうこと? いつもの森に行ったんだよね? まさか、枯れていた、とか?」


 まさかと思いながらも尋ねる。父は否定するように首を振ろうとしたが、私の隣にいたノア王子に気がついた。


「うん? レティ。この方はどなただ?」

「え、ええと……」


 一般庶民である父は、遠くからしか王族を見たことがないので、ノア王子だと分からないのだ。

 そういう人は多いし、私だって記憶を取り戻すまではそんな感じだった。

 その父に、まさか馬鹿正直に「第一王子なの」とはいえない。どう説明しようかと悩んでいると、ノア王子が口を開いた。


「冒険者のリュシアンという。レティシアとは、最近知り合った仲だ」

「冒険者。……レティ、そうなのか?」


 彼が大剣を腰から下げていることに気づいた父が、私に確認する。

 まあ、間違っていないと思ったので頷いた。


「うん。向こうにいる時に知り合って。その、今は偶然会って、驚いたねって話をしていたところなの」

「そうか……。レティには冒険者の知り合いがいるのか。ああ、すみません。申し遅れました。私はレティの父親で、カーター薬店の店主イーサン・カーターと言います」


 愛想良く挨拶する父に、ノア王子は頷いた。

 父とノア王子が知り合ってしまったことに複雑な心境になるも、私はもう一度父に聞いた。


「で? お父さん、さっきの話。薬草が採れなかったってことだけど」

「あ、ああ。森に魔物が湧いていてな。一匹、二匹なら気にしなかったんだが、あまりにも多かったことと、強そうだったのもあって、断念したんだよ。隙を見て、薬草を採取できないかとギリギリまで頑張ったんだけどなあ。無理だった」

「魔物? お父さん、無理しないでよ……」


 父から聞いた話にギョッとした。

 父が薬草を採取している森は、ビルズバーグの森という名前がついていて、危険な魔物がいない、平和な場所おしても知られている。

 場所も近いので、この付近の人たちはよく行っているのではないだろうか。


「でもあの森に強い魔物って。今まではせいぜい小ぶりの、害のないのしかいなかったのに……」

「そうなんだ。ひと月前に行った時にはいつもと変わらなかったのに。もしかしたら、森のどこかで強い魔物が自然発生したのかもしれない」

「そう……だね」


 嫌な話に苦い顔をしつつも頷く。

 魔物は子を成すこともあるが、それ以上に自然発生する確率が高い。

 平和な場所だったのが、ある日突然、凶悪な魔物の巣に変貌したというのも、ない話ではないのだ。


「しかし困った。うちの薬の現在用となる薬草は、殆どビルズバーグの森で採取しているからなあ。別の場所というと、日帰りでは無理だし……いっそ、ギルドに討伐依頼でも出すかな」

 貯金が……と嘆く父を見つめる。

 ギルドに討伐依頼を出せば、依頼を引き受けた冒険者を派遣して貰えるが、当然報酬を用意しなければならない。その金額は、任務の危険度に比例して高くなる。

 うちの薬店は貧乏ではないが、決して裕福でもない。

 成功報酬として出せる金額は限られているのだ。

 それを知っていた私は父に言った。


「お父さん、ギルドなんて止めておいた方がいいんじゃない?」

「いや、今後、あの森を使えなくなる方が困る。それに、あの森を使っているのは私たちだけではない。他にも困っている人がいるはずだ。その人たちと協力して報奨金を出し合えば、なんとかなるはずだ」

「なんとかなるって……」


 父の言葉には素直に頷けなかった。だって母が現在妊娠中なのだ。お金はいくらあっても困らないはず。というか、少しでも蓄えておきたいのが本音だろう。

 なのに、予定外の大きな出費。

 いっそ、私が肩代わりすると言いたいところだったが、言えなかった。

 何せ私は落ち零れの、仕事など殆ど任されない聖女候補なのだ。

 一応給金は貰っているけれどそれは雀の涙ほどで、「足しにして」と声を大にして言えるような金額ではない。

 何とも言えない顔をした私を見た父が、私の頭をぽんぽんと優しく叩く。


「……お前が気にすることじゃない。私たちが住むすぐ近くに強い魔物がいることだって問題だし、早めに対応してもらうことにするよ」

「……うん」

「できればあまり強くない魔物だと良いんだが。強いと報奨金が高くなってしまう。いや、心配しても意味はないか。とりあえず明日にでもギルドに行って話を――」

「その依頼、俺が引き受ける」


 父が最後まで言葉にする前に、ノア王子が言った。

 口を挟んだノア王子を父が、「え」という顔で見る。


「あの……?」

「その依頼、俺が受けると言った。どんな魔物がいるかは知らんが、俺に倒せない魔物はいない。これが証拠だ」


 そう言いながら、ノア王子が、ズボンのポケットから一枚のカードを取り出した。

 魔法師たちが持つものとも、騎士たちが持つものとも違う黒く硬いカードには冒険者ギルドのマークと文字が刻まれていた。




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お尋ねの元大聖女は私ですが、名乗り出るつもりはありません
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