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心からホッとする。そうすると現金なもので、今度はノア王子がどうしてここにいるのか、それが妙に気になってきた。その思いを口にする。
「殿下は、どうしてこちらにいらっしゃるんです? 冒険者のような出で立ちですが。あ、もしかして殿下もお忍びで町にお出かけに?」
それなら同じ穴のムジナではないかと思ったが、返ってきたのは全然違う答えだった。
「お前と一緒にするな。俺は、ギルドからの依頼で、魔物狩りをしてきたんだ」
「ギルドからの依頼? ギルドって、まさか冒険者ギルドですか?」
「そうだが」
当然のように肯定され、吃驚した。
冒険者ギルドとは、その名の通り、冒険者たちが所属している集まりだ。
ギルドは各国の王都にあり、登録している冒険者たちに、様々な仕事を斡旋している。
薬草集めの手伝いから、護衛任務、魔物退治まで、仕事の幅は広く、冒険者たちは己のランクにあった仕事を受け、生活しているのだ。
ランクは確かE~S。
最初にギルドマスターと模擬戦を行い、初期ランクが決まる。
そのランクに応じた仕事を受け、達成するとポイントが溜まる仕組みだ。
規定ポイントまで溜まれば、ランクが上がる。
あと、魔物退治は危険が伴うので、Bランク以上の冒険者しか受けられなかったはず。
ということは、ノア王子は少なくともBランク以上の冒険者となるのだが。
――前世でも竜種を倒してたしね。魔剣も持っているんだし、当然か。
まあ、この辺りは納得である。
それよりも、だ。
「王子が冒険者ギルドに登録なんて大丈夫なんです?」
うん、こちらの方が問題だと思う。
世継ぎの王子が、冒険者ギルドで仕事を請け負って、魔物退治。普通に許されないと思うのだけれど。
だがノア王子はあっさりと言ってのけた。
「問題ない。偽名で登録しているからな」
「いや、偽名って……」
自然と眉が中央に寄る。
むしろ問題しかないのではなかろうか。
冒険者ギルドって偽名でも登録できるものだったろうか。ギルドのメンバーカードは、公的証明書にも使われる。
偽名など許されるはずがない。
「ギルドマスターに裏から手を回して貰った。今の俺はリュシアンという名の冒険者だ」
「それ、アリなんですか」
ノア王子は、腰に提げた魔剣の柄をポンと叩き、笑いながら言った。
「あくまでも俺が受けるのは魔物退治だけ。ポイントや報酬は要らない。そういう条件でやっているからな。もちろん、公的な証明書として使わないという約定も交わしている」
お金もランクを上げるためのポイントも、そして公的証明書も要らないというノア王子を見上げる。
「それでは、冒険者ギルドに登録している意味がないと思いますけど」
「十分過ぎるほどある。俺の知らない魔物の情報を得られるからな」
「魔物の情報ですか?」
物騒な笑みを浮かべ、ノア王子が言った。
「俺がギルドに所属しているのは、所属していないとギルドの情報を得られないからだ。ギルドの情報は、下手をすれば国よりも早い。いち早く魔物出現の情報を得られるのなら、俺が偽名を使って所属する意味はある」
「はあ……事情は理解しましたが、どうしてそこまでして、魔物退治がしたいんです?」
率直な疑問だった。
王子が暇でないことは、前世、王族たちと関わりがあったからよく知っている。
それなのに、ない暇を割いてまで、率先して魔物退治をする意味が分からなかったのだ。
私の疑問を聞いたノア王子は、意表を突かれたかのような顔をした。
そうして、笑う。
「――レティシアの守った国を、魔物に侵されるわけにはいかないからな。ただ、それだけのことだ」
「っ」
浮かべられた笑みがあまりにも自然で驚いた。
そうするのが当たり前だからする。そういう風に聞こえ、胸が詰まる。
――なにそれ。
まさか、そんな答えが返ってくるとは思わなかった。
説明できない感覚が胸を渦巻く。それを追いやるように私は言った。
「でもそれ、他の冒険者たちにとっては迷惑なのでは? あなたが片っ端から魔物を狩っていては、その依頼を受けられないじゃないですか」
「そうでもない。大体、依頼は早い者勝ちだ。受けたければ、俺よりも早くその依頼を取ればいい。それだけのことだ。俺は他人の仕事を奪う気はないからな。別の者が引き受けたというのなら、また別の任務をこなすだけだ。魔物の数は多いからな。狩る側の数が多いのはいいことだ」
「そう、ですか」
「他に質問は?」
何かあるのかと言われ、首を横に振ろうとして、彼の側に誰もいないことに気がついた。
普通、王子には付き人やら護衛がいるものではないのか。
改めて周囲を確認する。やはりそれらしき人物の姿は見えない。
私はおそるおそる彼に聞いた。
「……あの、お付きの騎士とかは?」
「俺より弱い付き人など、必要あるか?」
「……うっわ」
むしろどうして要るのかという顔をされ、頭を抱えたくなった。
そんな気はしていた。そんな気はしていたのだ。
何せこの男、馬鹿みたいに強いから。
そして、前世でも殆どひとりで行動していたことを思い出せば、生まれ変わったところで、彼が素直に護衛など連れて歩くはずがなくて。
「危ないじゃないですか」
「足手纏いがいる方が、むしろ危ないだろう」
「そういう問題じゃないんですよね」
王子という身分の人間が、ひとりで町中を闊歩していることがおかしいのだという顔をすると、ノア王子は呆れたように言った。
「それをお前が言うのか」
「え?」
「聖女候補レティシア。お前も本来ならひとりで歩くことが許されない身の上だろう。だが、ひとりで抜け出して、ここにいる。それに対し、何か弁明は?」
「……」
全くもってその通り。
ぐうの音も出ないとはまさにこのこと。
お前が言うなすぎる案件に、私はそれ以上何も言い返せなかった。





