平和な日々は突然崩れる
王都に帰ってきて、ひと月ほどが経った。
聖遠を無事成功させたカタリーナ様は、以前にも増して、勤めに励んでいるように見える。
テオも神官長としてずいぶんと忙しそうだ。
皆がそれぞれ己の役目を果たしている中、相変わらず落ち零れ(演技)な私は、ひとり暇を持てあましていた。
何せ、奇跡が碌に使えないポンコツ聖女候補という設定なのだ。
しかも見た目も聖女らしくないとくれば、できる仕事にも限りがあるということで、私を疎ましがっている神官見習いたちから「もう良いから、部屋に籠もっていろ」と追い出されるのが常だった。
役立たずはいらないということなのだろうが、それならそろそろ神殿から追い出して欲しい。
何度かテオにも状況を聞いているのだが、王家の方から許可が下りないらしく、難航しているということだった。
「くぅ……神殿関係者だけで良いのなら、今頃無関係になれていたのに……」
聖女候補を辞めようと思ったら、神殿関係者と王族たちから許可を得ないといけないのだ。
王族……つまりは国王にノア王子……そして王妃であるキャシーである。
キャシーはなんとなく私の正体を察せられているような気がするので、悔しいが、許可を出さないのも分かる。私を手元に置いておきたいのだろう。
だが、テオ曰くは、王族の誰からも許可が下りていないということで、私としては何故だと首を傾げるしかなかった。
いや、ノア王子は分かるのだけれど。
彼は、嫌がらせで許可を出さないとか普通にやる男だからだ。
分からないのは国王。
国王が何を考えて、私の聖女候補取り消しに許可を出さないのかは分からないが、とにかく前途多難ということだけは確かだった。
「気にしてもしょうがない、か」
なるようにしかならない。
そんな感じで気持ちを切り替えた私は、とある日の午後、実家に帰っていた。
やることがないのなら、家に戻ったところで構わないだろうと思ったのである。
いつものように聖女の力を使い、家に帰る。
週一どころか、最近週二で帰っているので、家族は慣れたものだ。
ただいまと裏口のドアを開ければ、父が「ああ、また帰ってきたのか。お帰り」と笑ってくれるのも恒例となっていた。
「レティ、すまないがしばらくの間、店番を頼んでも構わないか?」
「ん? 良いけど」
実家の二階で寛いでいた私に、階下で仕事をしていた父がやってくる。
どうやら在庫があると思っていた薬草がなくなっていたようで、今から採取してくるという話だった。
「二時間もあれば帰ってこられると思う。悪いが、頼めるか」
「二時間……うーん、良いよ」
まだ午後の早い時間なので、それくらいなら帰らなくても大丈夫だろう。
了承すると、父は安堵の息を吐いた。
「助かるよ。今日、お前が帰ってきてくれて助かった。店を閉めなければならないと思ったんだ」
妹はまだ小さいし、母はこの間、妊娠が発覚したのだ。
まだ安定時期ではないということで、立ち仕事はさせられない。
ちょうど良いタイミングで私が帰ってきたとそういうことだった。
「いってらっしゃい」
父を見送り、カウンターに立つ。
こうしていると、聖女候補として神殿に籍を置いているのが嘘のようだ。
早くこの生活が戻ってくると良いのに。
カタリーナ様のことは好きだし、テオともいい関係を築けているが、やはり私は家族のいるこの暮らしを守りたい。そんな風に思う。
のんびりと店番をしているうちに、夕方になった。
さすがにそろそろ帰らなければまずいだろう。だが、父はまだ帰ってこない。
仕方なく、店をクローズドにしようと、外に出た。
ドアノブに掛けてある『営業中』の札を裏返し、『準備中』に変える。
「これでよし……っと」
あとは、母たちに伝言を残して、いつも通り神殿の自分の部屋に戻ればいい。
そうすれば、私の完全犯罪は成立。
外になど出ていなかった、そんな風になるのだ。
だが、そういつもいつも上手くはいかないのが世の中の常で。
私は後ろから近づいてくる人物に気づかなかった。
「……レティシア?」
「え?」
名前を呼ばれ、くるりと振り向く。
そこには驚いた顔で私を見るノア王子がいて、私は自身の絶体絶命のピンチを悟った。
ありがとうございました。
ここで第一部完。来週から第二部に続きます。





