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「ご助言は感謝します。ですが、私は、カタリーナ様が優しい方だと知っていますから。私にはそれだけで十分なんです」

「……お前」

「残念ながらあなたとは意見が相容れないようですが。私はこれからもカタリーナ様を信じ続けるし、助けられることがあるのなら助けたいと思います」

「……後悔するぞ」

「上等」


 それがどうした。

 私はカタリーナ様のことが好きだ。

 落ち零れの振りをする私に、本心から手を差し伸べてくれるあの人に厚意を持っている。

 今後もし裏切られたところで、その気持ちは変わらない。変わらないと言い切れる。

 彼女を信じると決めたのは自分なのだから。


「私は、私がそう決めたから、カタリーナ様を信じます。この決断を誰にも邪魔はさせないし、それで裏切られたところで別に構いません。大切なのは、私がどうしたいか、だから」

「……」


 驚いたようにノア王子が私を見てくる。その目がにやりと楽しげに歪んだ。


「ふっ……そうか」

「……なんですか。何か文句でも?」

「いや。余計な世話だったと思っただけだ。そこまで決意しているのなら、俺の話は無駄だったな」

「……」


 素直な態度に眉が寄る。今の今までこちらの意見を否定し続けていたくせに、手のひらを返したようなノア王子が気持ち悪かった。


「精々、その時が来ないよう祈っているのだな、落ち零れの聖女候補」

「その口の悪さ、王太子として致命的では?」


 思わず言い返すと、ノア王子は楽しげに笑った。


「――お前のそういうところ、レティシアによく似ている」

「っ」

「レティシアも、減らず口をたたくのが得意でな。いつも俺たちはくだらない言い争いばかりしていた」

「過去の女と私を比べないでもらえますか。私はあなたのレティシアではないので」

「そのようだ。気をつけよう」

「ええ、よろしくお願いします。いくら大聖女となった方だとしても、他人と比べられるのは不愉快ですので」


 私の棘に気がついたのか、王子は笑った。


「悪かった。だが、お前も王子に対する口の利き方を覚えた方が良い」

「失礼致しました。善処いたしますね」


 優雅に一礼してみせる。

 そんな私の態度に気を良くしたのか、ノア王子は楽しげに目を細めた。


「悪くない。また王都に帰ったら声を掛ける」

「結構です。できれば二度と話し掛けないでいただけると助かります。何せ私はカタリーナ様と聖女活動に忙しいので」

「忙しい? 落ち零れ聖女候補が忙しいのか」


 まさかという顔をされた。

 全く失礼な男である。


「ええ。落ち零れだとしてもやらなければならない仕事は多々ありますので」

「ほう」

「それに、殿下の仰る通り、私は落ち零れですので、いつ神殿を追い出されるやもしれませんし」

「お前が?」

「はい」


 頷くと、突然ノア王子は声を上げて笑い出した。


「くっ……くくくくっ……」

「何がおかしいんですか?」


 さすがに失礼ではないか。そういう気持ちで彼を見ると、笑いを納めたノア王子はきっぱりと言った。


「お前が追い出される日は来ない。それだけは確信を持って言えるぞ」

「は?」

「ではな。お前の大好きなカタリーナが来たようだ。相手をしてやるといい」

「ちょ、ちょっと……」


 どういう意味かと問い詰めたかったのに、ヒラヒラと手を振ってノア王子は行ってしまった。

 入れ違いにカタリーナ様がやってくる。


「レティ!」

「カタリーナ様」


 こちらに来た彼女は私に言った。


「今、ノア殿下と一緒にいたわよね。何を話していたの?」

「え? いえ、別に大した話ではありませんでいたが……」

「そう? ずいぶんと盛り上がっていたように見えたけど」

「盛り上がっていた?」


 まさかという顔をすると、カタリーナ様は目をパチパチと瞬かせた。

 そうしておそるおそるという風に聞いてくる。


「ねえ、レティ。前々から思っていたのだけれど、もしかしてあなた、ノア殿下のことがその……あまり得意でなかったりするの?」

「得意でないどころか、嫌いという括りに入りますね」

「まあ」

「カタリーナ様には申し訳ありませんが……」


 彼に好意を抱いている彼女からしたら、良い気分ではないだろう。だが彼女は否定するように首を横に振った。


「謝る必要はないわ。好みは人それぞれだし……それに、レティがライバルでないのなら良かったと思うから」

「……いやあ、あの方を恋愛対象にはちょっと見られませんね」

「本当に嫌そうに言うのね。ふふっ。実は、ちょっと心配していたの。ノア殿下ってば、やけにあなたに構いに行くなと前から思っていたから……」

「落ち零れ聖女候補を揶揄うのがお好きなようですよ。趣味悪いですよね」

「まあ」

「カタリーナ様が心配するような色めいた話は全くありませんので、大丈夫ですよ」

「……ええ」


 目を伏せ、小さく頷くカタリーナ様。その頬は少し赤かった。


「くだらない嫉妬をしていると分かっているの。でも、自分ではどうにもならなくて。こうしてレティに直接はっきり言ってもらえて良かったわ」

「いくらでも聞いて下さい。そのたびに、否定しますから」

「ありがとう」


 ホッとしたように笑うカタリーナ様の顔は、まさに恋をしている女性で、気の毒になってしまう。

 だって、ノア王子はそもそもカタリーナ様をよく思っていない。それが先ほどの会話で明らかになったから。

 不毛な片想いだ。


「……カタリーナ様ならあの王子を選ばなくても、いくらでもいい人を捕まえられそうですけどね」

「そんなことないわ。それに、恋って自分ではどうしようもないものだから」

「あの方は、大聖女レティシア様を待っているのに?」

「……私かも、しれないじゃない」


 どこか期待したように告げる彼女に、それ以上言える言葉はない。

 だってそのレティシアは私なのだから。


 ――ノア王子だけなら、喜んで譲るんだけどなあ……。


 ままならないと思いつつ、ため息を吐く。

 宴は盛況のまま終わり、次の日一日休んで、私たちは王都へ帰ることとなった。




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お尋ねの元大聖女は私ですが、名乗り出るつもりはありません
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