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今後更新は、毎週金曜日21時で固定致します。
変更がある際は、活動報告にて報告致します。よろしくお願いいたします。
「そうなんですね。私はずっと寝ていたので。起きたら身体が楽になって雨が降っていることに気づいたのです」
「そうか」
「はい」
ここはもう、知らぬ存ぜぬを貫き通すしかないと決め、告げる。
「体調が良かったのなら、是非直接カタリーナ様の奇跡を拝見したかったです。とても残念でした」
「そうか。あの女は結局、生命力を使うことなく奇跡を起こすことに成功したらしいからな。直接見ることができれば、落ち零れのお前にもいい勉強になっただろうに。惜しかったな」
「……そうですね。そう思います」
「しかし、妙だとは思わないか」
「?」
こちらに目線を向け、何か言いたげな顔をするノア王子。
怪訝に思いつつも彼を見ると、王子は「あの女――カタリーナのことだ」と言った。
「あの女の力では、間違いなく今日の奇跡は起こせなかった。いや、起こせたかもしれないが、命と引き換えというのが俺の見立てだった」
「……っ!」
命と引き換えという言葉に反応する。
ノア王子は嫌になるくらい悪い顔で笑った。
「それでも、聖女として立っている以上、あの女にはビドウ州に行ってもらわなければならない。最悪、聖女の訃報を持ち帰らねばと覚悟していたのだがな。今回の結末は予想外だった」
行ってもらわなければならない。その言葉を聞き、ハッとした。
「もしかして、今回の聖遠、言い出したのは……」
「俺だ。元々あった訴えを神官長が却下していたのを、俺が拾い上げ、聖遠に行かせるよう命じた」
「……カタリーナ様が死ぬかも知れないと分かっていたのに?」
酷い男だ。
睨み付けると、ノア王子は傲岸不遜に笑った。
「それが、王族としての仕事だ。個人の感情に左右されては務まらない。今回の聖遠は必要なもの。そう判断しただけだ」
「……」
「そういう意味ではテオドアはまだ甘いな。行かせなければならないと分かっていたくせに、申請を却下し続けていたのだから」
「それは……カタリーナ様のことを思ってのことで」
「それが何の役に立つ? 私情を捨てることもできず、よくもまあ神官長だなど務まるものだ」
彼の意見は正しいのだろう。それは分かるけれど、やりきれない。
特に、カタリーナ様がノア王子を慕っていると知っているだけに、彼が彼女を死地に追いやろうとした元凶だったことが許せなかった。
「最低……」
「どうとでも。それが仕事だと言っただろう。上に立つ者には常に取捨選択が求められる。それができなくて何が施政者だ。それに、あの女は結局何も失わず戻って来ただろう。それが全てではないのか?」
その通りだ。
だけどそれは、私が代わりに奇跡を執り行ったから。
そうしなければ、カタリーナ様はノア王子が言った通り、死んでいた可能性がある。
それが分かっているのに平然としているこの男が許せなかったし、とても腹立たしかった。
ああ、そうだ。
ノア王子には、昔からこういうところがあった。
常に大局を見ている彼は、必要な犠牲なら仕方ないと、あっさり切り捨てるタイプだったのだ。
それが、自分の親しい人であろうとも。
たとえば、愛する家族が対象だったとしても、彼は絶対に揺るがない。
その強さを国民は慕い、彼が第二王子であることを嘆いたのだけれど、私からしてみれば、そういう人を国王にするのはどうかと思う。
だが、今の彼は王太子だ。かつて皆が望んだ通り、そのうち王位に就くだろう。
――本当に全然、変わってないんだな。
ノア王子は、ノア王子のまま、ここにいる。
それを喜べば良いのか嘆けばいいのか……いや、喜ぶはあり得ないか。
「――しかし、お前はずいぶんとあの女を慕っているようだな」
昔を思い出し、ため息を吐きたい気持ちになっていると、王子が話し掛けてきた。
問いかけに答える。
「そうですが、何か悪いですか?」
「いや? 趣味が悪いと思っただけだ」
鼻で笑い、王子が言う。
「あの女は大概悪女だぞ? 信じたところで、あとで裏切られるだけ。友人とするには不適切だと思うが」
「は?」
何を言っているのか。
眉を寄せる私にノア王子は続けた。
「隠してはいるが、特に妬心が酷いな。今はまだ良いが、そのうち手に負えなくなるのは目に見えている。いつか、今日の日のことを失敗だったと思う日が来るかもしれないな」
彼女が死んでしまえば良かったという日が来るかもしれないと告げるノア王子を見る。
あまりにも不謹慎だと思ったのだ。だが、彼は嫌になるくらい本気の顔をしていた。
「ノア……殿下」
「ああ、そうだ。考えてみれば俺のレティシアもそういうところがあった。普段は冷たい女なのに、あれは懐に入れた人間にだけは酷く甘い」
「……」
「……お前は、そんなレティシアとよく似ている。親しい者のためなら己を顧みず、力を使うレティシアに。だから一応忠告しておこう。あの女のために、己を削るような真似はするな。でなければ後悔するのはお前だ」
きっぱりと告げるノア王子を呆然と見つめる。
彼はカタリーナ様をよくない存在だと断言していた。
あの優しい人を、不必要なものだと断じていたのだ。
ノア王子が私のために今の言葉を言ってくれたのは分かる。だが、私にとっては到底許せる台詞ではなかった。
「何も知らないくせに……」
「何?」
小さく呟く。
この人は知らない。
昨夜、カタリーナ様が恐怖に震え、それでも前を見て立ち上がろうと足掻いていた姿を。
落ち零れの私に、どんな時でも飾らない笑みを向けてくれた彼女のことを知らないのだ。
カタリーナ様は優しい人だ。
力がある癖に、それを隠して立ち去ろうとする私とは違い、少ない力でもなんとかしようと努力する姿は美しいとさえ思う。
そんな彼女のことを何も知らないくせに、勝手にカタリーナ様という人を判断し、切り捨てようとするノア王子にどうしようもなく怒りが込み上げた。
ありがとうございました。
8/10にツギクルブックス様から『お尋ねの元大聖女は私ですが、名乗り出るつもりはありません』の書籍が発売することになりました。
SSや加筆修正等ございますので、どうぞよろしくお願いいたします。





