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◇◇◇


「……終わった」


 先ほど、ついに結界を攻撃する魔物の気配が全てなくなった。

 王都を襲っていた魔物は全て駆逐されたのだ。

 民たちが勝利に熱狂している声が聞こえる。彼らの歓喜が神殿の中まで伝わってきた。


「良かった……」


 ずっと維持し続けて来た結界を解く。その場に倒れ込んだ。

 床は冷たかったが、動く気力もなかった。指一本動かすのも難しい。

 自らの持つ全ての力を注ぎ、結界を維持していたのだ。もう私には何も残っていなかった。

 生命力はとうに底をつき、あとはもう死を待つのみ。


「……あーあ。あと五年だったんだけどな」


 なんとか片手で目を覆う。

 聖女の任期は二十歳まで。聖女を束ねる大聖女は二十五歳で退任するのが普通だ。

 私は現在二十歳。あと五年、大聖女としての勤めを果たせば任から解放され、自由になれるはずだったのに、ままならないものだ。


「自由に旅をしたり、町で普通に暮らしたりして、余生を楽しむ予定だったんだけど」


 十歳の時に聖女としての資質を見出され、それからずっと私は神殿と城を行き来する生活を送ってきた。

 奇跡を頼まれ、よその町に出向くことももちろんあったけれども、それはあくまでも聖女の務めであり、私の意思ではない。

 聖女の任を終えたら、その時は自分の意思で色んな場所を旅して、普通に好きなところに暮らして……と色々夢を見ていたが、それもどうやら叶わなさそうだ。

 だって私は死んでしまうのだから。


「こんな予定じゃなかったんだけど……仕方ないか」


 結界を維持し続ければ寿命を削られることは分かっていた。だけども私はそれよりも友人の無事を願ってしまったのだ。だからこの結果について文句はない。

 私は守りたい者を守り切ったのだから。


 ――ギイ。


「?」


 神殿の扉が開く音がした。

 誰か来たのだろうか。いや、神官の誰かが帰ってきたのかもしれない。

 確認したいのに動けなくてじっとしていると、足を引きずるような音が聞こえてきた。

 どうやらその人物は怪我をしているらしい。


「……生きていたか」

「……殿下?」


 声の主は、第二王子であるノアのものだった。

 彼は私の側まで来ると膝をつき、倒れている私の顔を覗き込んできた。


「なんだ。偉そうなことを言っていたが瀕死ではないか。まあ、あんな巨大な結界を張り続けたのだ。この結果も当たり前といえば当たり前だな。……さすがだ。見事だったぞ」


 王子の軽口に、私は倒れたまま顔を歪めた。

 口だけなんとか動かす。


「最悪……ですわね。死ぬ前に見る顔が、よりによってあなただなんて。私ってば最後までついてないようですわ」

「そう言うな。喧嘩を売りに来たわけではない。それに度合いなら俺も似たようなものだ」

「えっ……」


 言われて初めて気がついた。彼は銀の胸当てを付けていたが、それは傷だらけで、身体もあちこち血が出ていた。しかもどれも深い傷。すぐにでも治療しなければ、致命傷になってしまいそうなものも多かった。

 どうみても重症だ。こんなところに悠長にやってきている場合ではない。


「で、殿下。な、何をして……こんなところで馬鹿なことをしていないで、誰か神官を捕まえて治療を……。ここには一人も残っておりません!」


 治癒の魔法が使えるのは神官だけだ。

 もしかしたら誰かいるかもとここに来たのかもしれないが、だとしたら大ハズレだ。ここには私しかいない。

 そしてその私も最早力を使い果たし、新たな奇跡など使えない状況。

 王子を助けることはできないのだ。


「こんなところにいてはいけません……!」


 いつも顔を合わせれば喧嘩ばかりしていた相手にこんなことを言うのはおかしな話だと思いながらも必死で告げる。


「お前に心配される日が来るとはな。変な感じだ」

「だからそんなことを言っている場合では――」

「無駄だ。もう治癒の魔法も効かない」

「っ!?」


 穏やかな声音で告げられた言葉に目を見開く。

 治癒の魔法が効かない。

 それが意味することはひとつだけ。

 魔法では助けられないほどの重傷。そういうことだ。


「殿下……」

「魔物の中に古き竜が二匹いてな。そのうちの一匹から致命傷を食らってしまった」

「……」


 淡々と告げられる響きの中に悲壮感はない。王子はむしろ楽しげに口の端を吊り上げていた。


「だが、魔物は全部殺し尽くしてやったぞ。竜も倒した。もはや、国を襲う魔物は一匹もいない」

「……知っています。だって、民の喜ぶ声がここまで聞こえてきていますもの」

「ああ、良い声だな」


 床に座り込み、王子が息を吐く。その息は長く、億劫そうで、彼がもう限界であることを如実に示していた。


「まあ、いいだろう。国には兄上がいる。俺がひとり死んだところで問題はない。それに死出の道行きには我が国の誇る大聖女様が同行してくれるのだからな。これ以上の誉れはあるまい」

「……あなたと一緒になんて逝きませんよ」

「はは、相変わらず手厳しいな」


 私たち以外誰もいない祈りの間。

 ふたりが黙ってしまえば静寂が満たすこの場所で、今まさに聖女と第二王子が死のうとしているなど誰が想像しているだろう。


「きっと、びっくりされますね」

「見れば理由は分かるだろう。お前は力の使い過ぎ。俺は致命傷を受けたところを大勢に目撃されているからな。聖女の側で終わりたかったと思われるだけだ」


 私たちの亡骸を見つけるのは神官だろうか。私付きのテオでなければいいなと思いながら私は言った。


「私の側で、なんて。私たちは犬猿の仲だと思われていますから、むしろ何故と疑問に思われてしまいますわよ」

「いや、誰もそんなことは思わない」

「? 何故です?」


 私たちの仲が悪いことは城と大聖堂の関係者なら皆が知っているところ。

 それなのに確信を持って告げる王子の意図が分からなかった。


「皆、俺がお前に惚れていることは知っているからな」

「え」

「愛している。お前が聖女の任を終えたら正式に求婚しようと思っていた」

「……」


 唐突に告げられた言葉に目を見張った。

 任期を終えた聖女が、国の王族や重臣、高位貴族と結婚することはよくある話だ。

 私も任期を終える頃になれば、あちこちから打診がくるだろうことくらいは想像していた。大聖女とまでなった私を手放したくない。そう国が考えることは予想できたからだ。

 だがまさか、よりによって第二王子が私を狙っているとは思わなかった。


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お尋ねの元大聖女は私ですが、名乗り出るつもりはありません
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