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◇◇◇
次の挑戦は、明日の午後に決まった。
表情は硬かったが、私たちに自身の決断を告げたことで、気持ちが少し落ち着いたのだろう。
部屋に来た時より顔色は明るかった。
カタリーナ様が自室に戻っていく。それをテオが送ると追っていった。
「……」
部屋にひとり残された私は、無言で窓際に歩いていった。
窓を開ける。
冷たい夜の風が室内に入り込んできた。目を瞑り、その風を受ける。
「……あーあ」
どうしてこんなことになったのだろう。
知らないままなら良かった。
罪悪感なんて覚えずに済んだから。
カタリーナ様という人を嫌いでも良かった。
嫌いな人なら、どうなっても構わないと見捨てることができたのに。
だけど、そうではない。私は今の状況を知ってしまったし、カタリーナ様に好感を抱いている。
落ち零れを演じる私に、そんなこと気にしなくていいと本心から告げてくれる彼女に少なからず思い入れができている。
その彼女が明日、自らの生命力を賭して、奇跡を行うというのだ。
あんなにも震えていたのに。
命を削ることを怖いと思っていたのに。
部屋から出ていく時、少し身体が震えていたことを私は見逃さなかった。多分、テオも気づいているのだと思う。だけど、奇跡を取りやめにするとは言えないから、せっかく決断してくれたことを水泡に帰すわけにはいかないから、皆、見て見ぬ振りをしたのだ。
「なんて、情けない……」
たったひとりの二十歳にも満たない女性に、全てを押しつけるこの社会がひどく情けなかった。
聖女という立場故に、弱音を吐くことすら許されないカタリーナ様が可哀想だった。
私もその立場にいたから知っている。
幸いなことに私は大聖女となるくらいに力が豊富だった。だから、今回のような局面には立たされなかった。
ビドウ州で、今回のように雨を降らせるという聖遠をしたことはあったが、何の問題もなく終わることができた。
当たり前だ。私に取っては、ビドウ州に雨を降らせる程度、どうということはない。
だけど、カタリーナ様は違う。
彼女の力は少なく、こんな些細な任務すら、己の命を削らなければ遂行できない。
このままでは明日、彼女は自ら告げた通り、己の生命力を削り、奇跡を行使するだろう。
ここに、私がいるのに。
なんのリスクを負うこともなく奇跡を起こせる存在がいるのに、彼女はそれを知らず、己の命を費やすのだ。
「……」
唇を噛む。
決めたはずだ。
私は落ち零れ聖女候補を装い続け、近いうち、一般人に戻るのだと。
父の薬屋を継ぎ、今度こそ平和に一生を送るのだと、そのために今日までやってきたのは嘘ではない。
なんなら今だってそうしたいと思っている。
聖女なんて二度とごめんなのだ。
だから、私がするべきことは、このまま聖女候補としてカタリーナ様が奇跡を起こすのを黙ってみて、命を賭けた彼女に、「聖女の仕事は大変なんですね。カタリーナ様を尊敬します」と目を潤ませて告げることが本当は正解なのだと分かっている。
クズの所業だけど。
それでもそれこそが自分の望みを叶えるための行動で、私はそうしようと今の今まで思っていたはずなのに。
「……見たくないなあ」
壁にもたれかかり、夜空を見上げる。黒い空には銀色の星がいくつも光っていた。
手を伸ばす。
あの星を降らせることすら、今の私には可能。
限界まで力を抑えているから誰も知らないけれど、以前よりも数段強くなった聖女としての力が私にはある。どんな奇跡でも、犠牲を払わず起こすことができるのだ。
はあ、とため息を吐く。
もうしょうがないという気持ちだった。
私は、どうしたってカタリーナ様が好きで、彼女に泣いて欲しくないと思っている。
こんなくだらない奇跡に、大切な命を使って欲しくない。そう思っているのだ。
だから、そのためには動かなくてはならない。
「前も、こんな感じだったわね……」
王都に結界を張った時のことを思い出す。
あの時も、本当はやる気なんかなかったのに、友人を見殺しにしたくなくて、聖女としての力を使うことを決断したのだ。
結局、私は転生したところで変わらない。
いつだって私は、自分の好きな人のためにしか動かないし、それでいいと思っている。
誰かのために、なんて綺麗事は言えない。
リスクを背負うのなら、せめてそれをしたことを後悔しないようにしたいのだ。
自分にとって、大事な人を助けるため。
そのためなら、私はいくらでもリスクを背負える。
あとでしなければ良かったなんて思わない。仕方なかったと胸を張って言えるだろう。
だから、選択肢はひとつしかなかった。
「……お願いがあるの」
テオが部屋に戻って来ていたことには気づいていた。
私が考え事をしていたので、黙って控えてくれていたのだろう。そんな彼に振り向き、話し掛ける。
「明日、人払いはできる? この部屋に誰も近づけさせないで欲しいのだけど」
「え……」
小さく驚きの声を上げるテオ。
きっと今の私の言葉だけで、私が何を考えているのか分かったのだろう。
テオは目を大きく見開き、私を凝視している。
「レティシア様、それは……」
「だって、しょうがないじゃない」
苦笑しながら、パンッと柏手を打つ。
その瞬間、聖女としての私が姿を現した。
力は抑えたままだけど、銀色の髪と青い目をした、前世と全く変わらない姿の私が。
聖女としての姿を見せた私に、テオがますます驚きの顔を見せる。
そんな彼に私は昔と同じように告げた。
断ることは許さない。そういう思いを込めて右手を上げる。彼に向かって指を指した。
「テオ、私に協力しなさい。断ることは許さない。――これは、聖女レティシアとしての命令です」
テオがその場に片膝をつく。頭を垂れ、私の命令を拝受する言葉を告げた。
「承知致しました。聖女レティシア様のお心のままに」
すでに腹は括っていた。





