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◇◇◇


 屋敷に戻ってきたカタリーナ様は、そのまま与えられた自室へと引っ込んだ。

 夕食の時間になっても出てこない。

 仕方なくカタリーナ様抜きで夕食を終えた私は、与えられた部屋へと戻ってきた。


「……大丈夫かな、カタリーナ様。結局、夕食の席にも来なかったし……」


 部屋の間取りを確認しながら呟く。私と一緒にいたテオも心配そうに言った。


「聖女様、思い詰めてなければ良いんですけど。レティシア様、確認させていただきたいのですが、やはり先ほどの聖女様の奇跡、あれは失敗したということで間違いではないんですよね?」

「……うん」


 テオの言葉に頷いた。

 普通、聖女の奇跡に失敗はあり得ない。

 だけど、力が足りなかった時にだけその現象は起こるのだ。

 寿命を削られる覚悟があれば、奇跡は起こせる。だけどそれがなければ、力は足りないままで奇跡を起こすことはできない。


「……多分、カタリーナ様は寿命を削られることを本能的に恐れてしまったんだと思う」


 自分の考えを告げる。


「足りない力を寿命で補うのはよく知られている話だけど、一応ね、本人の同意なくは削られることはないの。アイラート神は聖女を愛おしんで下さっている。聖女本人が望まないのなら奇跡を起こすことはなさらない」

「……そうなんですね。知りませんでした」

「あまり知られた話じゃないから。私も、経験があるから感覚として知っているだけだし」


 アルバ侵攻で結界を張った時、私は足りない力を自らの寿命で補ったが、あれはそうする覚悟があったからできたことなのだ。


「多分、カタリーナ様は寿命を持って行かれそうになった時、反射的に拒んでしまった。だからアイラート神は奇跡を行わなかったのだと思う」

「そう……ですか」

「寿命を削られるのは怖いもの。よく分かる」


 しかも自分の為ではなく他人の為に差し出さなければならないのだ。カタリーナ様が尻込みした気持ちは良く分かる。

 私だって親友のためだったから命を差し出すことができたが、見ず知らずの他人のためだったら……うん、無理だと思う。


「命なんて、簡単に差し出せないわよ」

「そう……ですね」

「でも、皆は聖女はそうあるべきだと思っている」

「……」


 テオが黙り込む。

 でも実際そうだと思うのだ。

 皆、聖女は自己犠牲精神に溢れた存在だと思っている。皆のためなら迷いなく命を差し出せると、差し出すべきだと思っているのだ。

 そんなわけないのに。

 私たちにだって意思はある。それが聖女としての正解の行動と分かっていたって動けない時だってあるのだ。


「……レティ、いる?」


 テオとポツポツと話していると、控えめに部屋の扉がノックされた。声の主は自室に閉じこもっていたカタリーナ様だ。


「カタリーナ様?」

「その……入っても良い?」

「もちろんです。テオもいますけど、それでも良ければ」


 返事をすると、しばらくして扉が開いた。様子を窺うようにしてカタリーナ様が入ってくる。

 彼女は私とテオを見ると、ホッとしたような顔をした。


「レティ……」

「カタリーナ様、大丈夫ですか?」


 酷く顔色が悪いことに気づき、声を掛ける。カタリーナ様は儚げに微笑み、「ありがとう」と言った。そうして私たちの座っていたのとは違うソファに座り、「話を聞いてくれる?」と告げた。


「もちろん私は構いませんが、その、なんでしたら何か口に入れますか? お腹、空いているでしょう?」


 結果として夕食抜きとなったことを告げると、彼女は首を横に振った。


「ごめんなさい。まだそんな気持ちになれなくて。どちらかというと、気持ちを吐き出したい方が大きいの。誰かに話を聞いてもらいたくて。テオもいたのならちょうど良かったわ」

「僕が聞いても宜しいので?」

「ええ」


 気遣うように尋ねるテオに、カタリーナ様は頷いた。

 彼女は手を組み、キョロキョロと視線を彷徨わせ、所在なげに話し始める。


「それでね、話というのはさっきの……奇跡の話なんだけど」

「……はい」


 ゆっくりと返事をする。

 急かすような真似はしない。カタリーナ様のペースに合わせようと思っていた。

 カタリーナ様が意を決したように言う。


「情けない話だけど、私……怖くて……」


 先ほどのことを語っていく。

 彼女の話し方は比較的落ち着いていて、理路整然としていた。

 基本的には私が思った通りで、彼女は寿命を削られる感覚に恐怖したと告白した。


「雨を降らせて下さいと願おうとした時、自分の命が削られそうになる感覚に気づいたの。この州に雨を降らせるには私の力は足りないんだって。それはリアリムからも言われていたし分かっていたから、寿命を力として使うことも覚悟していたんだけど……」


 駄目だった、と彼女は俯き、首を左右に力なく振った。


「怖かった。怖かったの。寿命を削るような奇跡を使うのはこれが初めてで、今までにない感覚に驚いたし、ただひたすら怖かった。己の寿命全てを使って王都を守った大聖女レティシア様。彼女のような聖女になりたいと思ってきたし、私が彼女の生まれ変わりかもと聞いてからはより一層そうあろうと努力したわ。力が足りないのも理解していた。だから底上げするべく頑張った。リアリムから聞いた時は、もしかして寿命を使わなければと言われていたけれど、これだけ頑張ってるのだからきっと何とかなるはずって、そう……思ってた」




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お尋ねの元大聖女は私ですが、名乗り出るつもりはありません
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