聖女の祈り
第十回ネット小説大賞 期間中受賞させていただきました。
ありがとうございます!
私が聖女候補としてやってきてから半年以上が過ぎた。
一日も早く追い出してもらおうという気持ちは変わらないが、元々居た場所ということもあり、馴染むのは早い。
相変わらず、神官たちによる虐めは続いていたが、蚊に刺されたほどにも感じないので、平穏な日々を送っているということができる。
というか、半年も経ったのだからいい加減見切りを付けて欲しいところなのだけれど。
ここに来てから、皆の前で一度も奇跡らしい力を使っていないのに、未だ神殿に留め置かれているのが本当に信じられない。
役立たずはさっさと追い出してくれないだろうか。
私の生活は思ったより平穏で、あれからノア王子にもキャシーにも会うことはなかった。
神殿でカタリーナ様から聖女について学ぶだけ。
あとは早く家に帰れればと祈るばかりだ。
◇◇◇
「え、聖遠ですか?」
ある日の午後、カタリーナ様から呼び出しを受けた。彼女に招かれて入ったのは、私が聖女だったころ使っていた部屋だ。
部屋の中にはカタリーナ様だけではなく、彼女の付き人であるリアリムとテオがいる。
今では彼女の私室となっている部屋は、以前と全く変わっていなかった。
見覚えのある薄い緑色の壁紙にベージュの絨毯。家具類も私が愛用していたものをそのまま使っているようだ。
普通なら、聖女の好みに合わせて模様替えがなされるはずなのにと思ったが、理由はすぐに判明した。
どうやらカタリーナ様は私をリスペクトしすぎて、部屋の模様替えを断ったらしい。
レティシア様のお部屋をそのまま使いたい! と言い、それが現聖女の希望ならと皆も許してしまったようだった。
そんなある意味、懐かしすぎる部屋に呼び出された私は、カタリーナ様にソファに座るよう勧められた。
そうして告げられたのが先ほどの『聖遠』という言葉だった。
私の正面にあるソファに座ったカタリーナ様はにこにこと微笑み、両手を可愛く合わせながら私に言った。
「そうなの。昨日、正式に決まったばかりの話なんだけど、是非、あなたにも一緒に来てもらいたいと思って」
「はあ……それは別に構いませんが……」
聖遠というのは、聖女が求められて、その地まで出向くことを言う。
聖女が遠征するから、聖遠。とても分かりやすい言葉だ。
聖女の仕事は、人々の願いに応えること。
もちろん私的な願いに応じることはできないが、神殿がこれならと認めたものに対し、動くことはできる。
分かりやすいもので言えば、自然災害などがそれに当たる。
そして今回は、その自然災害系だった。
「もうふた月、雨が降っていないのです」
詳細を説明してくれたのは、カタリーナ様の付き人であるリアリムだった。
王都の東部にある、十ある州のひとつ、ビドウ州。
ビドウ州は平野部が多く、小麦などがよく取れるとして知られている。
だが、ここのところ全く雨が降らない日々が続き、作物の収穫に問題が出そうだという話になってきたのだ。
「小麦の収穫量が落ちれば、価格が上昇します。国民の生活にも影響が出るでしょう。そこで、聖女様を派遣して欲しいと依頼が来たのです」
ビドウ州を担当する外神官からの要請。それを受け、今回の聖遠が決まったとリアリムは語った。
話を黙って聞いていたテオも頷く。
「ビドウ州の穀物地帯に雨を降らせる。それが今回の依頼です。僕たちも同行することになりますので、それならレティシア様にも来ていただこうかという話になりまして」
「レティは聖遠は初めてよね。勉強になると思うわ」
嬉しそうにカタリーナ様に言われ、頷いた。
「はい。お供致します」
昔何度も駆り出されたなと思い出しながら、了承の言葉を告げる。
問題解決のため、聖女が各地に派遣されるのはよくあることなのだ。その中でも雨を降らせるは、一般的なもの。だけど。
――ビドウ州かあ。
ビドウ州の穀物地帯は広大だ。
私も昔、今回と同じように乞われて訪れたことがあるが、雨を降らせる場所は広範囲に亘っており、かなりの力を使わなければならなかったことを覚えている。
幸いにも私は多くの力があったので、問題なく雨を降らせることができた。だが、正直、カタリーナ様の有する力で足りるのか。微妙なところだと思った。
「カタリーナ様……その、大丈夫ですか? ビドウ州はかなり広いですし、かなりお力を使うことになるのでは」
心配になり声を掛けたが、カタリーナ様はやる気に満ちていて、不安は感じていないようだった。
「大丈夫よ。こういう仕事はよくあるし慣れているもの。久しぶりの聖遠だから頑張らないとね」
「そ、そうですか」
私としては不安が残らないでもないけれど、聖遠すると決まったのなら取りやめることができないのは知っている。
求めに応えるのが聖女の仕事だからだ。
「出発は三日後よ。早朝に出るから、寝坊しないでね」
彼女の言葉に私は「はい」と返事をするしかなかった。





