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◇◇◇
私が聖女候補として扱われるようになって、また少し過ぎた。
私は順調に落ち零れを演じ、周囲はどんどん私に対し、期待を持たないようになってきた。
中には直接私に「いい加減、神殿を出て行け。この役立たず」と言ってくるような神官もいて、それを聞いたカタリーナ様は目に涙を浮かべながら私を庇ってくれたのだが、私は「いいぞ、もっとやれ!」と内心おおはしゃぎだった。
神経が図太くて申し訳ない。だけど仕方ないではないか。
何せ十年もの間、大聖女なんて位についていたのだ。そこに至るまでには色々なことがあった。図太いくらいの神経がなければやってはいけないのだ。
――まあ、文句をいわれるだけなら可愛いものだよね。
こんなものは気にした方の負けなのだ。
そんな感じで、日々をそれなりに平穏に過ごしていた私は、ある日、カタリーナ様から、城にいるテオに届け物をして欲しいと頼まれた。
「これ、今日、城で行われる午後の会議で必要な資料なの。どうやらテオ、忘れていったみたいで。私が届けられれば良いんだけど、お勤めがあって行けないから持っていってくれないかしら」
「分かりました」
カタリーナ様の頼みに快く頷いた。
聖女が忙しいのはよく知っているし、今、テオは私の付き人ということになっている。
他の神官たちに任せればとも思うが、ちょうど暇だし、特に断る理由もなかったので、私は彼女から資料を預かり、城へ向かった。
ちなみに、聖女や聖女候補はひとりで歩くことを推奨されていないので、一応、近くにいた神官に一緒に来てくれるか聞いてみたが、見事に断られた。
なんでも、落ち零れと一緒にいると、自分の格が落ちるのだとか。
断られるとは思っていたが、まさかそんな理由とは思わなかった私は、思わず「それはすごい」と言ってしまいそうになった。
格が落ちる、とはまた凄まじい理由である。
とはいえ、断られるとは予想していたので、しつこくは頼まず「そうですか、分かりました」と言って、引き下がった。
私としても、私に好意的ではない人と一緒にいるのは苦痛なので、断ってもらえるのはありがたい。
規則だから形式的に声を掛けただけで、「良いですよ」なんて言われた日には私の方が困ってしまうのだ。
「ひとりの方が気楽よね~」
気を遣う必要もないし、聖女の頃、城には何度も足を運んだので道に迷う心配もない。
ひとりで動ける方が、ストレスフリーで快適なのである。
「えーと、テオの居る場所は、二階の神官長用の部屋だから……」
城で寝起きすることもある神官長には、城内にも専用の部屋が用意されている。これは私の時代の時もそうだった。カタリーナ様に聞いたところ場所も変わってなかったので、私はさくさくと城の廊下を歩いた。
今使っている道は人通りはあまり多くないのだが、二階への近道となっている。一番奥の階段を上れば、テオの部屋からわりと近い場所に出られるのである。
「あ……」
回廊に差し掛かった時だった。少し先で、うずくまった女性が数人の女官に囲まれているのが見えた。その女性も女官服を着ていたのでおそらく同僚なのだろうが……多分、虐めの現場なのだと思う。
だって囲まれた女性は今にも泣きそうな顔をしていたのだから。
――うわ、最悪。
女性たちは皆、私と同じ年くらいだった。女官服こそ着ているが、おそらくは貴族の家の娘だろう。行儀見習いとして城に上がっている貴族の娘は少なくない。
爵位の高い男性や王族に見初められれば万々歳。それが叶わなくても城で勤めたというのは一種のステータスになるからだ。
もちろん、きちんとした教育を受けている貴族の子女が虐めなどするはずない……のだが、現実に目の前で行われている。というか、昔からこういうのは変わらない。
他人を妬んだり、意味もなく攻撃したりする人間はどこにでもいるのだ。
平民だろうと貴族だろうと、その辺りは一緒。
――前も似たような光景を見たなあ。
彼女たちを見ていて、ふと、転生する前にあった出来事を思い出した。
その時も私は、虐めの現場に遭遇したのだ。
虐められていたのは、当時外国から嫁いできたばかりの第一王子の妃。
彼女は若くして政略結婚で嫁いできた人で、うちの国の言葉をほとんど話すことができなかった。
それを馬鹿にされたのだ。
馬鹿にした本当の理由は、皆の憧れだった第一王子と結婚した彼女に、女性たちが嫉妬したから。
もちろん王子は妃の味方だったし、彼女の国の言葉も話せた。だから結婚生活自体に問題はなかったのだが、連れてきた侍女以外に味方のいなかった彼女は、昼間、ひとりになった時に、よく陰で虐められていたのだ。
そんな現場に偶然遭遇した私は、最初はかかわるつもりはなくスルーしようとしたのだが――結局黙っていられず彼女を助けてしまった。
だって、虐めって格好悪いじゃないか。
それに、目の前で行われていることを無視はできない。
腹を括った私は、こうなったらと容赦なく虐めの現場に乱入した。
結果。
国の誇る大聖女として君臨し、国王とほぼ同等の権力を持つ私に、貴族の娘程度が逆らえるはずもなく、彼女を虐めていたものたちは悔しげにその場を去って行くことになった。
当然の結末だ。
そして加害者を追い払った私は彼女に手を差し伸べ、彼女の国の言葉で話し掛けた。
外国語の習得は聖女の義務。彼女の出身国の言葉を私は話すことができたのだ。





