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私としては、ノア王子が誰とくっつこうが構わない。
だが、さすがにこういうのは違うと思うのだ。
「……記憶がないのなら違うのでは?」
「ある日突然戻ることもあるって言う話よ。それなら私にも可能性があるわよね」
「……」
それを言われてしまうと、黙り込むしかない。
何せ実際私も記憶を思い出すまでは、自分が元大聖女レティシアだったなんて思いもしなかったからだ。
とはいえ、彼女の願いは叶わない。何故ならもう、私がいるから。
――ノア王子だけなら、喜んで譲るんだけど。
私のものというわけではないが、婚約者の座くらいなら、むしろぜひもらってくださいレベルだ。
知らない間に婚約者にされていたこと、ちょっと本気で怒っているのである。
カタリーナ様は本気でノア王子を好きみたいだし、それならふたりが上手くいってくれればいいと思う。
――実際、ノア殿下が私のこと、どんな感じで好きなのか、全然分からないし……。
彼がする昔の私の話は、それ誰のことと言いたくなるようなものばかりで、やはり本当に好かれているのか怪しいと思っている。
いや、テオが真顔で忠告してきたくらいだから、多分、舐めていてはいけないのだろうけど。
だけど、こちらとしては全く実感がないのだ。人から聞いた話だけでは、どうもピンとこない。
そして今のノア王子はさっきみたいな感じなので……やはり好感を抱きようがなかった。
――無理無理。やっぱり無理だわ。
改めてノア王子と結婚なんて不可能だと頷き、照れた様子を見せるカタリーナ様を見る。
うん。文句なく可愛い。これはもう、ノア王子には彼女とくっついてもらうしかないのではと思う愛らしさだ。
それに、それにだ。
もし私が『私』だと知ったら、カタリーナ様は傷つくのではないだろうか。
何せ、今の彼女は自分が『元大聖女』かもしれないという期待だけで、恋心を離さずにいるのだから。
そこに、私が現れたら?
間違いなくショックを受けるだろうし、なんならしばらく聖女として使い物にならなくなってしまうかもしれない。
……それはさすがにまずい。
聖女には、毎日やらなければならないことが目白押しなのだ。それらはできないで許されることではない。
「……」
「なあに?」
じっとカタリーナを見つめていると、視線に気づいたのか彼女が首を傾げてくる。
そうしてハッと気づいたように言った。
「あ、もしかして、私ごときが大聖女レティシア様の生まれ変わりなんて巫山戯るな、とか身の程を弁えろ、とか思ってる? わ、私もね、確かにそれは思うのだけど、でも、皆もそう言ってくれるし、期待は持ちたいなって――」
「え、あ、違います。そんなこと思っていませんけど」
むしろ、私よりよっぽど聖女らしい聖女だと思う。
そう思い、否定すると、カタリーナ様は胸を撫で下ろした。
「よ、良かったわ。でもね、勘違いしないで欲しいの。私は、私があの偉大な大聖女レティシア様だー! なんて思ってはないのよ。だって全然記憶にないんだもの。だから彼女が国を守って死ぬ時、何を思っていたかも分からないし、ノア殿下と交わした約束の詳細だって知らない。私が知っているのは、とても偉大で尊敬するべき方だってことだけ。私ね、幼い頃からずっとレティシア様を尊敬しているの。私の前の聖女で、国の危機を我が身を呈して守った方。だから嬉しかった。私が彼女の生まれ変わりかもしれないって言われて。私のこの恋心が救われるかもと思ったのも本当だけど、自分の中に、尊敬する彼女がいるかもしれないって思ったら本当に嬉しくて……」
両手で自分の胸を押さえ、微笑みながら話すカタリーナ様を私は複雑な思いで見つめた。
――な、なんかつらい。
彼女から尊敬されるような聖女ではなかった自覚があるだけに、カタリーナ様が純粋に慕ってくれていることが辛かった。
「ノア殿下がおっしゃられるように、きっとレティシア様は私なんかよりもっとずっと素晴らしい方に決まってる。もしその方の記憶が蘇る……なんてことになったらどうなるのかしら。私の今の記憶は消えてしまう? でもそれでもいいと思ってるの。彼女が本当に私の中にいるのなら、私という存在を全部食べてくれて構わないから、早く出てきて欲しいとさえ思っているわ」
激しすぎる思いに、私はただただ、申し訳なく思った。
彼女にそこまでして求められるほど、私はすごい女ではないし、現在絶賛落ち零れ演技中で、絶対に聖女になるものかと頑張っているからだ。
クズな女で申し訳ない……。
こんな私が聖女なんて、世の中は絶対に間違っている。
――うう、ごめんなさい。
自分にはないと思っていた良心がチクチク痛む。
何が一番申し訳ないかと言うと、ここまで言われても私の『逃げてやる』という気持ちが微塵も揺らがないことだ。
私が今世で選んだ道は聖女ではない。
期待されるほどの女ではないのだ。ただの薬屋の娘であることを望んでいる。
――ああ、本当に申し訳ない。
もし、自分が元大聖女だったらという話を目を輝かせながら語るカタリーナ様を、見つめる。
彼女に私の記憶が蘇る日がくることはないけれど、いつか彼女の想いが報われる日は来て欲しいなと心から思った。





