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 ふっと私から視線を逸らし、ノア王子が廊下を歩いて行く。その歩き方に迷う様子はなく、彼が神殿内を知り尽くしていることがうかがい知れた。

 ノア王子が廊下の角を曲がり、その姿が見えなくなる。途端、カタリーナ様が心配そうに私に話し掛けてきた。


「大丈夫、レティ?」

「えっと、はい」


 首を縦に振る。カタリーナ様は眉を寄せ、ノア王子が姿を消した廊下を睨み付けた。


「酷いわ。聖女候補として日々頑張っているレティにあんな言い方をするなんて。ごめんなさいね、レティ。あの方、普段はあんな意地悪を言うような方ではないのよ」

「平気です。気にしていませんから」


 ノア王子を擁護するカタリーナ様に笑ってみせる。

 実際私は気にしてなどいなかった。むしろ、自分を今までになく褒め称えていたくらいだ。

 

 ――やった、ノア王子の煽りに負けなかったわ。

 

 私は勝った……よくやった。

 苦節●●年、初めて彼の煽りに耐えたのだ。これはもう、自分を褒める以外にないではないか。

 だから傷ついてなどいなかったのだが、カタリーナ様はそうは思わなかったようで、さかんに私を心配してくる。


「いくら殿下が相手と言っても、嫌なことは嫌だと声に出していいのよ? あなたはずいぶんと自分を卑下しているようだけど、私はあなたならきっと聖女の力に正しく目覚めると信じているから」

「……ありがとうございます」


 信頼が厚い。

 はははと乾いた笑みを零していると、リアリムも申し訳なさそうに目を伏せた。


「申し訳ありません。神官長様から自分がいない時はあなたのことを頼むと言われていましたのに……私は何も言えませんでした」

「い、いや、いいの……本当に、気にしてないから」


 リアリムにまで謝られてしまえばどうしていいのか分からない。

 どちらかというと私は上機嫌なくらいなのに、ふたりはすっかり私が傷ついたものだと思っている。その方が申し訳なかった。

 この居たたまれない空気をどうにかしたいと思った私は、少々無理やりではあるが、話題を変更することにした。

 変えやすい話題。それはいつの時代も恋バナと決まっている!


「……ところで、カタリーナ様はノア殿下のことがお好きなんですよね」

「えっ……!」


 どうしてそれをとばかりに、カタリーナ様が私を凝視してくる。その顔は真っ赤で図星を突かれましたというのが丸わかりだ。

 とても可愛い。

 私はほっこりした気持ちになりながら彼女に言った。


「すみません。でも、見ていたら分かりますから。それにリアリムにも色々教えてもらいましたので」

「あの、あのね……私があの方を好きって、そんなに分かりやすい?」

「はい」


 真顔で頷くと、カタリーナ様はしょぼんと項垂れた。どうやら本人的にはあれでも隠していたつもりらしい。


「どうしてかしら。いつもすぐに気づかれちゃうの。その……殿下には相手にしてもらえてないけど」

「……ええと、あの方のどこがいいんですか?」


 本気で不思議だったので尋ねると、カタリーナ様は「ふふふ」と楽しげに笑った。


「あなたにはあんな意地悪をする方でものね。でも、ノア殿下はとてもお優しい方なのよ」

「優しい……ですか?」


 ノア王子を表すのに一番相応しくない言葉が出てきた。

 とはいえ、否定するのは良くない。何も言わず続きを促すと、彼女は恋をしているのが一目で分かるような顔で言った。


「あの方は、決して無駄な期待を私たちにさせないの。女性が近づいてきても、絶対に頷かないし、手さえ握ってはくれない。自分は、待っている女がいるからって。その女以外は要らないんだって、だから自分に近づくな、無駄だってはっきり言って下さるの。それって、中途半端に期待させられるより、よっぽど優しいと思わない?」

「……優しい……んでしょうか」


 どちらかと言えば、残酷な気がする。だが、カタリーナ様は笑うばかりだ。


「優しいわ。だって、そこまで言われれば、さすがに諦めることができるもの。特に殿下が待っておられるのは、元大聖女であるレティシア様。そんな方に勝てるわけないじゃない。傷が深くなる前に諦めさせてくれるのってすごく優しいことなのよ」

「? でも、カタリーナ様は諦めていませんよね?」


 実際彼女の態度は、恋をする女性そのもので、辛い恋を諦めた……ようには見えなかった。

 私の指摘に彼女は顔を真っ赤にする。


「そ、それはその……も、もしかしたら私がその、彼の待っている人かもしれないじゃない?」

「……」


 なるほど。

 先ほどリアリムから聞いた話を思い出し、腑に落ちた。

 どうやら彼女は、自分が転生した元大聖女かもしれないという可能性に賭けているようだ。


「私に当時の記憶なんてないわ。でも、私こそがそうだと言ってくれる人たちはいるし、私も……そうだと嬉しいなって思うの。だって、私がレティシア様なら、ノア殿下は私を見てくれるということでしょう?」

「……そうですね」


 苦い気持ちになったが、それを隠して頷いた。

 彼女は、自分が転生しているという元大聖女であることを願っている。そして、ノア王子に愛されることを望んでいるのだ。


 ――なんかややこしいことになってきたぞ。




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お尋ねの元大聖女は私ですが、名乗り出るつもりはありません
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