21
リアリムと一緒に廊下の端に寄り、頭を下げた。
聖女であればする必要はないが、私は聖女候補であり聖女ではない。しかも落ち零れの。
大人しくマナー通りにしておくのが無難と言えた。
「……」
コツコツという靴音が聞こえる。そのまま通り過ぎてくれればいいなと心から祈っていたが、残念なことに目の前で音は止まった。
――ちっ。
どうして止まったのか。行きすぎてくれれば良かったのにと思いながらも、じっとしている。
ノア王子が口を開いた。
「頭を上げろ」
「……はい」
命令に従い、顔を上げると、ノア王子が感情のこもらない目で私を見ていた。
「……聞いているぞ。今度の聖女候補はずいぶんな落ち零れだと。何ひとつ碌にこなせない。さっさと失格の烙印を押した方が良いのではという話も聞こえている」
「……そうですか」
内心、グッと拳を握る。
どうやら私の駄目っぷりは城まで噂が届くくらいになっているらしい。
――やった。予定通りだ。
笑いたいのを堪え、俯く。傍目にはショックを受けているように見えるだろう。
よしよし、良い感じだとほくそ笑んでいると、ノア王子は私に質問してきた。
「それについて、お前はどう思うのだ?」
「どう思うか、ですか?」
最高に喜んでますけど、という本音は心の内側に仕舞い込み、私は困った顔を作ってみせた。
「残念ですが私の力が及ばないのは事実です。皆様に迷惑を掛けるのは心苦しい。失格だと皆様がおっしゃられるのなら、きっとそのとおりなのでしょうし、それならばここを出て行くだけです」
よよよ、と悲しげに告げると、ノア王子ははん、と鼻で笑った。
「力が及ばない、か。俺たちにあれほどの力を見せつけたお前がよく言ったものだ」
最初の顔合わせ時、ノア王子に煽られてガンガンに力を使ったことを言っているのだろう。それは分かったが、私は儚げに笑って見せた。
「あれはまぐれです。事実として、あれから私は聖女としての力を発露できておりません。たかが一度のまぐれで、神殿においていただくのもどうかと思います」
「ほう。まぐれか。それにしては、ずいぶんと自信満々な顔で俺を睨み付けていたような気がするが? 出し惜しみをしているのではないか?」
「何かの思い違いでしょう。出し惜しみなどできるはずがありません」
もう絶対にノア王子には乗せられない。喧嘩も買わないと決めたのだ。
何度も自分に言い聞かせながらノア王子に対応していると、カタリーナ様がこちらにやってきた。私の手を握りしめる。
「まあ、レティ。そんなことを言わないで。私はあなたが来てくれたことをとても嬉しく思っているのだから。確かに今は、力を上手く使いこなせないかもしれないわ。だけど修業をすれば大丈夫。きっとあなたも聖女としての自分に目覚めることができるから」
「……前向きに努力します」
カタリーナ様が本心から言っていると分かるだけに、申し訳ない気持ちになる。
だがどうあっても私は、ここに留まるつもりはないのだ。何故なら早く家に帰って、父の薬屋を継がないといけないから――。
私の答えを聞いたノア王子がニヤニヤと笑う。
「なるほど。努力するつもりはあるようだ」
「……もちろんです」
まるで心の内を見透かすような表情に、内心「きー!」と叫びながらも平然と返す。
しかしやはりノア王子と話すのは疲れる。
正体を知られないようにと気を遣うからか、精神に多大な負荷が掛かるのだ。
さっさと会話を止めて、目的地に向かってくれないか。そう願っていると、ノア王子に向かってカタリーナ様が文句を言った。
「ノア殿下。聞いていれば先ほどからどうしてレティに意地悪なことばかり言うんですか? あなたはそういうことをする方ではなかったはずです……!」
「そうか? 俺は元々こういう男だが」
「そんなこと……! ノア殿下は偉大な方です。意地悪なんて……」
「どうもちょっかいをかけたくなってしまってな。何せ俺のレティシアと同じ名前だ。気にならないという方が嘘だろう?」
「それは……そうでしょうけど。で、でも! レティシア様とレティは別人ですよ!」
「ああ、もちろん理解している。俺のレティシアがこんなちんちくりんなはずがないからな」
「……」
ちんちくりんと言いながらこちらをチラリと見てくるノア王子。反応を窺っているのは明らかだ。
以前までの私なら、きっと怒り狂って喧嘩をふっかけただろう。だが今は違う。
私は成長した。もう昔の私ではないのだ。
ここは口を閉じておくのが正解。何を言われても黙っておく。それが一番だと私は私に言い聞かせていた。
――ふ、ふふっ。腹は立つけど我慢よ。肉を切らせて骨を断つ。目的のためなら、ノア殿下の煽りくらい堪えてみせる……!
死ぬほど喧嘩を売りたいところを我慢し、ひたすら私は唇をかみ締め、口を噤んだ。
ノア王子が面白くなさそうに言う。
「なんだ。少しくらい言い返してくるかと思ったが、期待外れだな」
「……」
「……興が逸れた。神官長の元へ向かう」





