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◇◇◇
私が聖女候補として神殿に住むようになって一週間ほどが過ぎた。
思った通りと言おうか、私の聖女候補としての地位は低く、神官見習いやリアリム以外の内神官たちには、「あれが聖女候補? 嘘だろう?」という目で見られている。
それはなかなかに居心地が悪く、普通なら病んでしまってもおかしくないのだろうが……私は元気だ。
何故なら彼らがそんな顔をするのを見るたびに、神殿からの追放、つまりは聖女候補脱落の日が近づくからである。
――最高。もっと言ってくれていいのよ。
皆に良い顔をされていない私を見たテオは最初はものすごく怒っていたが、私がニマニマしているのを見て、呆れた顔をした。
「……心配して損しました。もっと傷ついていらっしゃるかと思っていたのに」
「え? だって、皆で私は『相応しくない!』って言ってくれてるんでしょ。有り難い限りじゃない」
私としてはできるだけ自然な流れで神殿を追い出されたいのだ。
誰もがなるほどと納得するような形で。
それには『力が足りなくて、失格の烙印を押された』という理由はちょうどいい。
私がこうして神殿に来ることになってしまったのは、最初から最後まで自業自得であり身から出た錆。
聖女になりたくない。ノア王子にバレたくないと思っていたのに、色々と考えなしの行動を取ったり、カッとなって冷静でない馬鹿な行動を取ってしまったりと、正反対のことばかりした己のことを深く反省しているのである。
テオに身バレしてしまったのはもう仕方ないが、これ以上はひとりだって昔を知っている人に正体を知らせる気はない。
テオの協力を仰ぎつつ、神殿から追い出されるその日まで大人しく劣等生として過ごすのだと私は固く決意していた。
ははは。者ども、さあ私を虐めるがよい!
そういうわけで、今日も私は元気に聖女の力を使いこなせない劣等生を演じているのである。
「さあ、レティ。今日もお祈りの時間に行きましょう?」
「はい、カタリーナ様」
昼食が終わったあと、カタリーナ様に声を掛けられた。
場所は聖女専用の食堂。あれから私は聖女候補として、主に彼女と行動を共にすることになった。
聖女の勉強をするのなら、実際の聖女を間近で見た方が良いだろうという親切心からである。
聖女の仕事など説明されなくても一から百まで分かるが、何も知らない態を装っているのだ。
助かりますと素直に答え、有り難く彼女と一緒にいさせてもらっている。
カタリーナ様は私とは違い、心の綺麗な優しい方で、まさに『聖女』というような性格をしていた。
落ち零れである私もいつだって優しく接してくれ、神官見習いたちが私の文句を言っているのを聞けば庇ってくれた。
こちらとしてはわざとしていることなので傷ついてもいないのだが、本気で庇ってくれる彼女を見れば、『ああ、カタリーナ様は本当に優しい人なのだな』と思うより他はなかった。
内面だけではない。美しい銀髪を緩く結い上げ、裾の長い聖女用の衣に身を包む彼女は、外見も文句なしに綺麗だ。
ただ、残念ながら彼女は聖女としての力が強くなく、そのせいでかなり苦労しているようだが、それにめげることもなく、一生懸命努力している。そんな彼女に対し、私が好意的な感情を抱くのは当然のことで、最初はあまり近づかない方がいいかなと思っていたのに、気づけばずいぶんと彼女に絆されていた。
……ちょろいという自覚はある。だが仕方ないではないか。
基本的に私は頑張る女性に弱いのだ。……昔から。
今日も私は彼女に付き従い、聖女の義務である『午後の祈り』というノルマをこなすべく、食堂から神殿の中にある祈りの間へと一緒に移動した。
もちろんリアリムもいる。彼は正式に聖女付きになったので、カタリーナ様の側に四六時中いるのだ。
聖女や聖女候補に付けられる専属の神官。
もちろん私も例外ではなく、きちんと担当が決められた。
その神官というがなんとテオで、彼曰く、「落ち零れだからこそ、自分が見ておかなければならない」ということらしい。
「基本はカタリーナ様と一緒に行動していただきますから、その際はリアリムに見てもらえばいいでしょう。別行動する時は僕がレティシア様につきます」
それをテオが言った時、カタリーナ様は意味が分からないという顔をしていた。
「……神殿の仕事に集中したいから、私の付き人を止めると言っていなかった? それなのにレティの付き人に? 意味が分からないわ」
「あなたと一緒の時はリアリムにお願いしますと言ったでしょう。問題ありませんよ。それに僕にしておいた方がいいのです。何せ彼女はまだ聖女の力が安定しない、髪色も変わっていないような状態です。そんな彼女を快く思わないものは多いでしょう。神官長である僕が目を掛けているというのを分からせる必要があるのですよ」
つまりは虐めに遭いそうだから、権力トップの神官長が後ろにいて守ってくれるというわけである。
テオの話を聞き、カタリーナ様は納得したように頷いた。
「……そうね。心ない者はどこにでもいるもの。レティのことを考えれば確かにその方が良いわ」
「……」
ふたりの会話を、私はただ微笑みを浮かべながら聞いていた。
神官長と聖女ふたりが話しているのだ。ただの聖女候補である私がまじるとか、普通にあり得ない。でしゃばると碌なことにならないのは今まで山のように経験している……というか、つい最近も大いにやらかしたばかりである。
とにかくそういう流れから私の付き人はテオ。ただし、カタリーナ様と離れている時だけ、ということに決まったのである。
確実に、私のために立候補してくれたのだろうなと分かるだけに、テオには申し訳ないと思ってしまう。
でも、私の付き人がテオと聞き、ホッとしたのは事実だ。
何せ彼とは十年の付き合いがある。しかも今に至っては協力者だ。心強いことこの上なかった。





