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ひととおり、自らの置かれた状況について話すと、テオが確認してくる。
「レティシア様。お聞かせ下さい。レティシア様は今日、ノア様に対しても僕に対しても正体を隠していらっしゃいましたね。……それはやはり、昔のことを知られたくないから、ですか?」
真剣な顔をしているテオ。私も正直に告げるべきだろうと表情を引き締めた。
「……うん。前世で、死ぬまで聖女として働いて、もうこれ以上は嫌だなって思っちゃって。今の私の望みは、早くここから解放されて、家族の元に戻ることなの。……今世の私には家族がいるから」
「そう……ですか。では、力は? 先ほど、ずいぶんと簡単に空間転移を使っていらっしゃったようですが。失礼ながら今のあなたからそのような大きな奇跡を使えるような力を感じません。その……まさかとは思いますが生命力を削ったわけではないですよね?」
心配そうに言われ、慌てて首を横に振った。
「使ってない、使ってない。今、限界まで力を絞って隠してるから。だから感じないだけで、力自体は前よりも上がってるみたいなの」
「え、そうなのですか? 以前も大概ではありませんでした? それがもっと?」
ギョッとした顔をされ、気まずく思いながらも私は語った。
「うん。ほら、私、自分を犠牲にして国を救ったってことになってるでしょう? それがアイラート神に善行とみなされたのか、その分力に上乗せされちゃってるみたいで」
「……ああ、なるほど」
納得した顔をし、テオは私に言った。
「分かりました。協力致します」
「え」
「あなたは、今世は聖女としては働きたくないと思っているのでしょう? それなら僕も協力すると言っているのです。今すぐにあなたを家に帰すというのは無理ですが、『使えない候補生』として数年以内には何とか解放できる方向へもっていきましょう」
「い、いいの?」
驚いた。
まさか、テオが協力してくれるなんて。
思わずどもってしまった私に、テオが優しい顔で言う。
「ええ、構いません。それがあなたの意思ならば。……僕はね、レティシア様。ずっと後悔し続けていたんですよ。あの日、あなたと殿下を最初に発見したのは僕です。冷たくなったあなたを見て、聖女としてしか生きていけなかったあなたを見て、僕は思ったんです。ああ、僕はなんて罪深いことをしてしまったんだって」
目を見開く。テオはその時のことを思い出すように言った。
「僕があなたを見出さなければ、あなたはあそこで死ぬことはなかった。全ての生命力を注いでまで、国を守るような真似、しなくて済んだはずだったんです。聖女として、あの行動は誰もが正しかったと絶賛しましたし、事実そうだったのでしょう。でも、僕はそういう風には思えなかった。どうしてまだ若い、未来があったはずのあなたが自らを犠牲にして、ひとり死ななければならなかったんだと思ってしまったんです。……あなたがあそこで死んだのは、全部僕のせいだって……」
「テオ……違う。それは違うの。あれは私が自分で納得してやったことなんだから」
魔物から友人を守りたくて奇跡を発動させた。
あの最後を選択したのは私なのだ。誰かに命じられたわけでは決してない。
だからテオに責任を感じて欲しくはなかった。
だが、テオは頑として頷かない。
「いいえ。あれは、僕の責任です。あなたをここに連れてきた僕の。……僕が神官長に就任することを頷いたのは贖罪のためでもあるんです。次の聖女に、あなたのようなことになってもらいたくないから。いざという時に、命を投げ出せなんて言いたくないから。……逃げたいと言われた時、構わないと言って、逃がしてあげたかったんです――」
「馬鹿ね。そんなこと許されるはずないじゃない。聖女が聖女と崇められているのは、いざという時、命を賭けて守ってくれるからなんだから」
義務を放棄して逃げ出すなんて許されない。
いや、逃げても良いのだろうけど、そのあと、多分聖女はものすごい罪悪感と、そして人々の「どうして守ってくれなかった」という糾弾に苦しむことになるのだ。
命を捨てるのとどちらがマシか。それは聖女本人にしか分からない。
まあ、私は命を賭けるのは馬鹿らしいと思っていたけど。
友人のことがなければ、逃げるのもアリかと本気で思っていたけど。
クズと言われようが、自分の命は大事にしたい。大体、どうして聖女だからって自分の命をその他大勢の為に賭けられるというのだ。私には無理だ。
……だから聖女には向いていないと思っていたのだけれど。
「できるわけないって、分かってます。現実はどこまでも残酷で、夢物語でしかないと。だけど、何もせず諦めたくなかった。僕が神官長になれば何か変えられるかもしれない。それなら頑張りたかったんです。何かしたくて足掻いて……。はは、でも結局、何もできていないんですけどね。情けない限りです」
「そう思ってくれるだけで、十分よ。少なくとも私は嬉しいって思った」
そういう風に考えてくれる人が神殿内にいる。それは私だけでなく、全ての聖女にとって幸せなことだ。
聖女は、聖女であることを常に求められるから。
それをしなくていいよと言ってくれる人がいるのは、聖女からただの人に戻れるような気がする。





