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◇◇◇
――ど、どうしよう。
まさかの早速テオにバレるという事態に、私は頭の中が真っ白になっていた。
何を言って誤魔化せば良いのか分からない。
ただ、その場で固まる私に、テオがコツコツと近づいてくる。
「衣服のご用意が早めに準備できたのでお声がけしてみれば、部屋には鍵は掛かっているし、返事もない。中に入ればもぬけの殻。さて、どう説明して下さるのでしょうか」
「え、いや、勝手に入ってきたんですか?」
ギョッとした。
女性の部屋に無断で入るなど許されることではない。だが、『居なくなっていたお前が言うか』みたいな顔をされ、私はうっと言葉に詰まった。
「聖女の付き人になった神官は、その聖女の部屋の鍵を持っているんですよ。もちろん普段、使うことはありませんが、有事の際には鍵を使っての入室も認められています」
それは知っている。
だが――。
「えっと、でも私にはまだ付き人はいないはずだし、そもそも私は聖女候補ですから。付き人なんていないんじゃ……」
そういうことなのだ。私の時代では聖女候補に専属の付き人なんてつかなかった。
聖女にのみ専属の付き人がつくと、聖女法でそう決められていたのだ。
だから鍵さえ掛けておけば、勝手に中に入って来られないだろうと踏んでいたのに。
愕然とする私にテオがにっこりと笑った。
「ああ、ご存じありませんでしたか。五年ほどまえに聖女法が改訂されたんですよ。聖女だけでなく、聖女候補にも専属の付き人をつける、と。何せ聖女の力を持つ方の数が絶対的に少ないですからね。大切に保護しないと。ですから、あなたが聖女候補だろうと関係ありません。そしてまだ担当が決まっていないあなたは、神官長である僕の管理下に置かれます。つまり、あなたの部屋の鍵は僕が持っているということになるのです」
「そ、そうなんですか……」
現役聖女だった頃ならまだしも、今の私が、現在の聖女法について詳しいはずがない。
しまったと思えど、後の祭り。
だが、これを乗り切れないと、私の今後が大変なことになってしまう。
「これで僕がここにいた理由が分かりましたね? それで? こちらの質問にも答えて下さい。今まであなたはどこに行っていたんですか?」
「え、えーと……その……あー、そ、そう! ちょっとその、出掛けていまして……!」
「どうやって? ここは二階ですよ? 普通の二階より高いですし、少々無理があるかと思います」
鋭く切り返してくるテオに、私は空回りする頭で答えた。
「そ、その……ロープを伝って下に降りて……?」
「今、あなたが空間転移してきた現場を見た僕にそれを言いますか」
「う……」
「もう少し頭を使った言い訳をして下さい」
転移した瞬間をばっちり見られていたと知り、狼狽えた。
「あ、あの……あのですね。これにはわけがありまして……」
「そうでしょうね。そうでなければ、あなたがそんなことをするはずがないでしょうから。とりあえずまずは髪と目の色をなんとかして下さい。……聖女にはなりたくないんでしょう?」
「あ、はい……って、え……?」
神官長から出たとは思えない言葉に驚いた。
目を見開くと、彼は泣きそうな顔で私を見る。
「……僕に言って下されば、いくらでも協力致しましたのに。お帰りなさい、レティシア様。ノア様からあなたが転生されていると聞いてから、ずっとずっとあなたのお帰りをお待ちしていましたよ」
「……」
テオを凝視する。
驚き過ぎて声が出ない。
ただ目を丸くする私に、テオが言う。
「バレないとでも思っていましたか? すぐに分かりましたよ。あなたの力の性質は以前と何も変わっていない。あの薬瓶に残された力。当時のあなたの力を知る神官が見れば、すぐに分かることです」
「……」
「まあ、神官長である僕くらいしか気づけないと思うので、心配する必要はありませんが。全く……まさかこんな形であなたに再会することになるとは思ってもみませんでした」
「……私もびっくりしたんだから」
ここまで言われてしまえば、誤魔化すのも無理だろう。
それにテオの声はとても穏やかで優しくて、もう全部言ってしまいたいような、そんな気持ちになったのだ。
私は髪と目の色を茶色に変えてから、テオを見た。
「……久しぶり、テオ。まさかあなたが神官長になっているとは思わなかった」
「僕もです。神官長に就任したのは十年ほど前ですが、前聖女の付き人をしていた功績で推挙されました。あなたのおかげですね」
「そうだったんだ」
私の付き人をしていたから神官長になったと言われ、驚いた。
「おや? この話は結構有名なんですけど。もしかしてこの二十年のこと、あまりご存じありませんか?」
「うーん。私、記憶が蘇ったの、ほんの数ヶ月前だから。正直神殿や城のことには興味がなくて」
「そうでしょうね。薬屋の娘だとお伺いしていますから」
「そうなの」
話しているうちに、どんどん昔に感覚が戻っていく。
以前の聖女とその付き人の頃だったように、私たちは語らった。





