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「……」
彼が何を言っているか理解した瞬間、カッと頭に血が上った。
この男は、また私を侮辱したのだ。
ルイスウィーク王国唯一の聖女にして、世界中の聖女を束ねる大聖女の地位に就いているこの私、レティシアの力など不要だと言っている。
「あらあら、あらあらまあまあ!」
そんな場合ではないと分かっていたが、どうしても聞き流せなかった。
私はこめかみに青筋を立てつつ、冷徹な笑みを浮かべた。
「第二王子はずいぶんと自信家でいらっしゃるのね。知っていましたけど」
「冗談で言っているわけではない」
「まあ、だとしたら傲慢ですこと」
王子の言葉にますますカッとなった。
元々私はけんかっ早いところがあるというか、馬鹿にされることを殊の外嫌う傾向がある。売られた喧嘩は買わなければ気が済まない性格なのだ。
しかも相手は、大っ嫌いな第二王子。
馬鹿にされたまま引き下がるわけには絶対にいかなかった。
すっと表情を消し、彼に言った。
「……逃げろと言われて、『はい、分かりました』と、この私が答えるとでも思いましたか」
「……」
「時間がありませんので、今の暴言は聞かなかったことにしてあげます。ですがいくら第二王子といえども、この私を侮辱することは許さない。私は私にしかできないことをします。それを不要だなんて、たとえ陛下にだって言わせませんわ」
強い力を込めて王子を睨み付ける。彼は驚いたように私を見て――そして何故か満足げに笑った。
「……ああ、そうだった。そうだったな。お前が、戦場を目の前にして逃げるような女ではないことを誰よりも俺は知っていたというのに。……レティシア聖女。先ほどの言葉は撤回する。是非、お前の力でこの国を守ってくれ」
「言われなくても。まったく、なんなんですの。余計な時間を取らせないで下さいませ」
「すまない。俺も突然の魔物襲来で冷静さを欠いていたらしい」
「は? あなたが謝るとか、槍でも降ってくるんじゃありません?」
基本、唯我独尊な第二王子は人に謝ったりなんかしない。その王子が謝罪を口にしたのが珍しくて怪訝な顔をしてしまった。
私の言葉を聞いた王子が破顔する。
「それはいい。槍が降ってくれれば、魔物に当たる。攻撃する手間がなくていい。――ああ、いや、駄目だ。我が国を攻撃する奴らはこの俺自らの手で殺してやらなければ気が済まない」
後半の台詞を酷く好戦的な表情で言い、第二王子は身を翻した。
「時間を取らせた。それではまた、あとで会おう」
「私は会いたくありませんが。まあ、戦勝報告くらいは聞いてあげますよ」
「約束したぞ。大丈夫だ。――俺の勝利は揺るがない」
勇ましく去って行く王子を見送り、私もまた、自らの目的地に急ぐ。
王都に迫っている魔物たちは、強さもその量も普通ではない。
いくら強いと言われている彼でも、無傷ではいられないだろう。
だがそれはお互い様だ。
私たちはそれぞれに与えられた役目を全うしなければならない。
彼は第二王子としての、私は聖女としての使命を果たさなければならないのだ。
歩く速度を速める。
私は決して聖女になりたくてなったわけではない。
天涯孤独の身の上の中、聖女の資質を見出され、高額の給料をチラつかされて、他に選択肢もなかったから仕方なく就任しただけだ。
生きていくため。ただそれだけで聖女になった。
聖女らしくあれと、私付きの神官テオドアに言われ、そう振る舞うよう心掛けてはいるけれども、聖女なんて自分には似合ってないと、昔も今もずっと思っている。
お高くとまったような口調も優雅な身の振る舞い方も、その方が『らしい』からしているだけで、本来の私とは全く違うもの。
それを知っているのは、テオドア――テオだけ。
そのテオは、どこにいったのだろうか。いつもなら、私の側から決して離れないのに、先ほどから全く姿が見えない。
とはいえ、予想くらいはつく。
今は、未曾有の緊急事態だ。
神官である彼は癒やしの魔術が使える。
傷を癒やすことのできる癒やしの魔術は、神官クラスにしかできない。
だから戦いで傷ついた者たちの傷を癒やすよう、国王に命じられ、戦いに出向いたのかもしれない。
それならそうと言って欲しかったけど、魔物が出現したのは本当に急だったから仕方ない。
皆、慌てながらも国を守る為に自分ができることをしようとしているのが、現状なのだから。
「テオも頑張っているのかな。じゃあ、私も、お給料もらってる分くらいは働くかあ」
働かざる者食うべからず。
これが私の座右の銘であるから。
だから私は己のプライドのために、聖女の任を果たさなければならないのだ。